侵入

混沌加速装置

侵入

 若い税関職員の男に呼び止められた。


「すいません、ちょっとよろしいですか」


 わずかながら困惑の色が若い職員の顔に浮かんでいる。


「何ですか?」


「持ち込み禁止品ですよ。それ」


 若い職員は不躾ぶしつけに指を差してきた。


「これですか?」


「植物は持ち込み禁止と書いてあるでしょう」


「ああ、これは植物ではなく」


 説明を試みようとしたところへ、背後の待ち合いロビーにある大型モニターから緊迫したニュースキャスターの声が聞こえてきた。


「ただいま入りましたニュースをお伝えいたします。ユー・エー・イー、アラブ首長国連邦のアブ・ダビにあるアブ・ダビ国際空港で、現地時間の今日午前七時二十分頃、細菌兵器を使用したと思われるテロが発生した模様です。空港内には多くの人々が倒れているとのことですが、まだ詳しい状況はわかっておりません。繰り返します。ユー・エー・イー、アラブ……」


 行き交っていた人々の多くが、足を止めて大型モニターに見入っている。


「物騒だなぁ」


 若い職員はニュースに気を取られていたらしく、そんな言葉を漏らしていた。彼はふと我に返ると、決まり悪そうに一つ咳払いをして私に向き直った。


「とにかく、それはこちらに渡してもらいましょうか」


 鉢の縁に手を掛けて、若い職員が持ち上げた。さっきまで宿主だった男が力無くその場へくずおれる。素早く引き抜いた髪の毛よりも細い地下茎ちかけいが垂れる。


「え? どうしました。大丈夫ですか? だ、だれか、ぁ……?」


 指先の末端神経組織から入り込んで脳と呼ばれる中枢へ到り、言語野を刺激して言葉を喋らせる。


「植物ではなく、食物なんですよ」


 新しい宿主を得た私は、職員用の出入り口へと向かった。

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侵入 混沌加速装置 @Chaos-Accelerator

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