三
あったか亭に着いてみると、すでに数人が集まっていた。
そのうちの一人は柔らかい笑顔の背の高い青年。間違いなくトトリだ。
「トトリ!」
私が声を掛けると、嬉しそうに駆け寄って来る。
「コヤネちゃん、久しぶり! もしかして娘さん?」
「そうだよ。六歳なの。トトリ、今は何してるの?」
「保育師をしてるんだ」
私は驚いて話を聞く。
娘はと言えば、紅葉している店に喜んではしゃぎ回っている。
そこへ十五歳くらいの男の子が来た。男の子はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ここで合ってるわよ」
聞き覚えのある声が、男の子にそう言った。やって来たのはヤマツミさんだ。
「ヤマツミさん!」
「あら、コヤネちゃん。久しぶりね。なんとなく来てみたけど、他にも来ているのね」
「そうですね。もしかしてこちらは?」
「あの時の私の息子よ。それからね、もう一人」
ヤマツミさんがそう言うと、真っ黒に日焼けした厳つい男の人が歩いて来る。
その人が私を見るなり、深々と頭を下げるのだ。
「え⁉ あの、ちょっと! どちらさまですか? あの……」
驚いてワタワタしていると「あの節は大変、申し訳ありませんでした」と言うのだ。
その横でヤマツミさんが笑いをこらえている。
もしかすると、あの時の? と十五年前の事を思い出す。確か名前は……。
「もしかして、イヤさんですか?」
「はい。あなたを人質にしてしまったイヤです。本当に申し訳ありませんでした」
そうすると、男の子がイヤさんの隣に並んで頭を下げる。
「父から話は聞いています。申し訳ありませんでした」
「いえ! そんな。昔の事ですから。皆さんお元気そうで何よりです。それよりイヤさん、どうしたんですか? なんかだいぶ逞しくなって」
耐えきれずに噴き出したヤマツミさんが説明する。
「今この人ね、漁師してんのよ。真面目にやってるわよ。ビックリでしょ?」
十五年の月日は人をこんなにも変えるのかと、心底から驚いた。
それから厨房を見ると、澄んだ琥珀色のスープが火にかけられている。
ケンは今もここにいて、私たちを見ているのだろう。
もうすぐ会える。
そう思っていると更にもう一人やって来た。
大きなお腹を抱えて歩いて来るのはユラだ。
どこへ行ったのかと思っていたカラスも、ユラと一緒に飛んで来る。
「コヤネさぁん」
「ユラ! 久しぶり! 妊娠おめでとう。何か月なの?」
「臨月だよ! 予定日ちょっと過ぎちゃった」
「それなのに一人で来たの⁉ 何やってるの」
だって、と言うユラをカウンターの椅子に座らせると、娘がさっそく返って来た天狗さんと遊んでいる。
いや、遊んでもらっている。
娘が聞いた。
「ねぇ、あの扉なに?」
「あれは台所庭への扉だよ」
「台所なの? お庭なの?」
「台所のお庭だよ。神様と一緒にあとで行ってみようね」
ヤマツミさんの息子が「あの……」と言う。
「もう日付が変わります。あと一分」
それを聞いてトトリがスマホでニュースを流す。
『カウントダウン、行きますよ! 十! 九! 八! 七! 六!』
その場の全員の目が厨房を向いている。
『五! 四! 三! 二! 一!』
娘の目の前で、カラスの姿が光り輝いて天狗に変わっていく。
声を出すことも忘れて口をポカンと開ける娘を愛おしいと思った。
そして私たちの前には宝石のような緑の瞳の、茶碗の付喪神様が立っている。
「ケン!」
「久しぶり、コヤネ。それから皆さんも」
すると呆けていた娘が突然「あ!」と大きな声を出した。
「ケン! お祖母ちゃんがね、よろしくって言ってたよ! あたし、ちゃんとケンによろしく言えたよ! ママ!」
「ありがとう」
「うん!」
そしてまた、新しい七日間が始まる。
ワールドネス エンドロウ 小林秀観 @k-hidemi
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