第74話

 樫雄は鉄壁のスポーツ写真。だが、美乃里にはちょっと目を覆いたくなる事情があった。


「被写体を写し獲る」


僕は現在スポーツカメラマンとしてそれなりの評価をいただくまでになっています。それには小学生の時のリトルリーグ経験が大きく関係しているとも言えるのですが、それよりも僕が将来的にも写真で名を成して行こうと思うまでになったきっかけの出来事がありました。それがここで一番最初に展示をしている写真なのです。本来ならば写真部として撮影したものではないので、ここに展示すべきではないのですが、高校を、そしてこの写真部を卒業する自分自身の写真の出発点として、ぜひともこの写真を展示したかったのです。


 一番最初の写真とは、そう美乃里の小学生時代のチアリーダーの写真だ。しかも四つ切写真ではなくひと回り大きな半切のサイズにプリントしてあった。美乃里はその写真の影響で樫雄の写真だけは落ち着いてみることが出来なかったが、やはり樫雄の写真はさすがとしか言いようがなかった。被写体となっているのはもちろん競技中の選手がほとんどなのだが、選手の緊張感や気迫が伝わって来る迫真の写真ばかりだった。何人かのスポーツ選手から専属のカメラマンとして依頼があるというのもうなづける。素晴らしいの一言。



 藤香の写真はセルフポートレート。


「シンディー・シャーマンを求めて」


私はロシア系アメリカ人と日本人とのハーフです。そのことに起因する疎外感を子供の頃は抱いていた時期がありました。そんな私の閉ざした気持ちを救ってくれたのがシンディー・シャーマンです。彼女はセルフポートレートをコンセプトとする作品で八○年代から現在に至るまで活躍し続けている写真家です。私は彼女の写真から自分の身体を使って自分を表現するということを学びました。それまで嫌で仕方なかった自分の外見に自信を持つことを教えてくれたのです。私も自分の表現方法を身に着けられるようになりました。


 藤香の写真は圧倒的だった。写真の中には同一人物であることが分からないぐらいに変幻自在、自由奔放に変化を遂げる藤香がいた。

ある作品は幼女のようで、ある作品では妖艶で艶めかしく、そしてさらにはコスプレをして完全にアニメのキャラクターだった。藤香のはっきりとした目鼻立ちとシャープな輪郭が、被写体である彼女自身を際立たせ作品を決定づけていた。これは文字通り藤香にしか表現し得ない作品だ、と美乃里は鳥肌が立った



 そして康岳の写真は主に風景。


「逃げ去るイメージ」


アンリ・カルティエ=ブレッソンという写真家を知っているだろうか。まだオートフォーカスも存在せず、写真の明るさをもカメラのシャッター速度と絞りを操作して自分で決めなければならなかった時代に、決定的な瞬間を切り取ることにこだわっていたフランスの写真家だ。自分はこの写真家の作品に出逢って写真に興味を持ち、今も写真の真の意味を求め続けている。「逃げ去るイメージ」とは彼の決定的瞬間を捉えた作品集のタイトル。自分の永遠のテーマだ。



 康岳の写真は今までの全員の写真の中ではいちばん普通だった。要するに何の変哲もない写真なのだ。路地を横切りながらこちらを睨む黒猫、自転車で商店街を走り抜けていく小学生の集団、高い波の上で舞うサーファー、一陣の風で舞い散る川沿いの桜の花、獲物を捕らえて高く舞い上がる鳶、どれもその辺にある日常の風景なのだが、その時しか存在しない瞬間が確かに捉えられていた。そして美乃里が心奪われた写真『光溢』も展示されていて変わらず圧倒的な存在感が放っていた。



 ここまでで旧写真部の展示は終り、そこでまた康岳の挨拶文。

モノクロームにこだわり続けたフイルム写真。ここで松雲学園写真部の歴史はいったん立ち止まりますが、それは終りではなく新しい始まりです。デジタルカメラの特徴はいろいろありますが、今回の展示ではデジカメの持つ即時性と気安さと言うフイルムカメラよりもより進んだ点を紹介していきたいと思います。これからも光画部として、写真の持つ魅力を探求し尽くしていきたいと考えています。



 デジタル写真は撮影者で作品を分けるという訳ではなく、色彩で区分けがされている。赤系統の写真から始まってグラデーションになるようにオレンジ系の写真、黄色系の写真、緑系の写真、青系の写真、紫系の写真へと続き、次に黒系の写真、最後は白系の写真という感じで、色彩感覚を全身で感じられるようになっていた。

 フイルムとデジタルの展示の仕方をがらりと変えたのは、伝統のフイルム写真に対して感謝を表したかったのだと康岳は言った。

 


 展示のお終いには撮影者全員の名前が書かれ、最後に「明日へ」と書かれていて、そこに出口があった。


 デジタル写真の展示予定枚数が圧倒的な量なので美乃里も何枚かは提出することになって生まれて初めてデジタルのミラーレス一眼を手にした。すぐに撮った写真を確認できるのでシャッターを押す指が軽くなったし、撮った写真がすぐに確認できるので撮り損じを恐れなくなった。というよりも、今まではスマホで当たり前のようにそう撮っていたはずなのだが、フイルムカメラを操作したことで、よりデジタルの便利さが実感できるようになったのは、なんか不思議な感覚だった。 


 美乃里的には、デジタルは一○○パーセント撮影を楽しめるが、やはりフイルムに感じる緊張感も心地好くて捨てがたい。どっちもありだと思った。あと残り少ない高校生活の中、そして高校を卒業してから、自分はどんな写真を撮って行こうか考えるととてもワクワクしてくる。美乃里は写真部に入って本当に良かった、と思った。


 光画部は、松雲祭の部活動部門の今年度最優秀展示に選ばれた。


 そして、美乃里は後夜祭で康岳から約束通り『あの写真』を受け取った。それはある意味美乃里の勝利だった。


 藤香がとてもとても悔しがっていた。


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ガンレフ! 伊和 早希 @syatta

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