第73話

 壁一面に黒いラシャ紙が張られ、旧写真部員六人の四つ切写真が各人毎にバランスよく展示されていった。順番は理々子が最初で、麗佳、美乃里、樫雄、藤香、康岳の順。

 

 旧デジカメ同好会との間は扉一枚分の通り道になる通路が廊下寄りに開けられた状態の一面の壁で仕切られ、それまでのモノトーンの世界を通り抜けたら、今度はカラー写真が飾られているカラフルな展示に切替わる演出だった。


 旧デジカメ同好会側はサイズが小さいキャビネ大の写真が同じように壁とパーテーションで仕切られた通路にびっしりと貼られていて、一枚一枚の写真はすべてパネル仕立て、そのそれぞれにタイトルと撮影者の名前が記入されてはいたが、白黒写真のように撮影者毎という訳ではなく、みんなの写真が入り混じって貼られている。


 授業の時には教室の後ろの扉に当たる入り口から入ると、最初にあるのは主将である康岳の挨拶。


「新生『光画部として』」

松雲学園高校写真部はちょうど創部五○年を迎えました。今まで数少ないフイルム専門の写真部として活動をしてきましたが、この度今年の春に設立されたデジカメ同好会と活動を統合して『光画部』として新しい一歩を踏み出すことになります。本年の松雲祭の展示は今までの歴史とこれから創っていく歴史の融合を表現しました。ぜひ今回の展示から何かを感じ取っていただけましたら幸いです。



 理々子の写真は路面電車だった。


「わたくしの原点回帰」


わたくしは電車通りにある写真館の娘として生まれました。学園祭の展示テーマを決めなければならないと言われて何にすればいいのかと迷ったのですが、せっかくこうした発表の場を与えていただいたのだから自分の原点を見直してみようと思いました。ところが、今度は自分の原点が何なのか分かりませんでした。ですが店の前を走る路面電車を見ていて気がついたのです。わたくしは生まれた時から、このゴトンゴトンという路面電車の音と一緒に育って来たのだと。ですから、この路面電車はわたくしの原点の風景なのです。


 電車の写真とは言ってもよく見かけるような鉄道写真ではなく、理々子の視点から捉えられているように思えた。例えば遠くに走り去っていく電車に手を振る幼稚園児の肩越しから撮られた電車とか、停車中の電車のワイパーに止まっている油蝉とか、写真館の丸窓に映り込む車両とか、何気ない日常の電車の風景が切り取られていた。



 麗佳の写真は少し変わっていた。


「Hの法則」


私たち女子高生はHを持っている。それもふたつづつ。どこに? 心に? ううん。膝裏に。そう、私は膝の裏側にHの文字が見える。片足にひとつづつ、で、ふたつ。もちろん持っているのは女子高生だけではないし、まして女性だけでもない。でも、女子高生以外のHは見る機会がない。つまり隠れているのだ。中学生までスカートはほとんど膝下まであった。高校を卒業するとほとんどが布で覆い隠される。男子であればなおさらのこと、膝裏を見た記憶がない。ということは取りも直さず膝裏のHこそ女子高生の象徴なのである。


 こじつけにも思えたが、それが麗佳の写真だった。写真は挨拶の通り膝裏の写真のみ。少し見えるスカートの柄から判断するとそのほとんどは違う高校のようだ。しかし麗佳らしいのは下手をすると盗撮になりかねない撮影がそうはなっていないところだ。四つ切の写真の端の同じ位置に手札サイズの写真が一枚貼ってある。写真の中には多分膝裏の主だと思われる女子高生がその制服のそのままに笑顔でピースサインをして収まっているのだ。美乃里は前に麗佳が自分らしい写真だと言っていたのを思い出す。

 確かに麗佳らしい。



 美乃里の写真は応援部の写真だった。


「青春まん真ん中」


まったく写真には興味のなかった自分が、ある写真に心を奪われたことをきっかけに写真部に入部しました。写真部に入って分かったのは写真を撮るのは楽しいし面白いということ。そして、自分も人の気持ちを動かせるような写真を撮りたいと思うようになりました。自分は応援部にも在籍しているので自分でしか撮れない写真があるのではと思いチームメイトにレンズを向けてみることにしました。

そうしたら、こんなに素敵な写真が撮れました。協力してくれた友には感謝感謝です。どうぞ私たちの青春まん真ん中をご覧ください。


 正直、この挨拶文は写真を撮るよりもよほど難しかった。今からでも消しゴム持って訂正したいぐらいだと、美乃里は思う。


 美乃里の写真は躍動感に溢れていた。今にも動き出して笑い声や号令が聞こえて来そうだった。応援部の練習風景、一生懸命な実際の応援、華やかなチアのコスチュームの一団からは歓声がしてくるのではないかと錯覚が起きそうだった。それにあれだけ死角を見せなかった応援部主将の紺太のオフショット撮影にも成功していた。

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