第72話
「うん、朝比奈さん。キミんちや」
「はい?」
「実はな、キミのお父さんにお願いしてフイルムの現像処理をしてもらうことになってるんや。基本は持っていったフイルムを現像してプリントまでしてもらうんを松雲高校特別価格でやってもらえるようにお願いしてるし、希望があれば暗室も使わしてもらえるようになっとる。それこそ写真館でも特別な時以外はフイルム現像を店ではせんようになってるのは知ってることやろうけど、実はキミのお父さんもフイルムの火は消したないと思てる人なんや。せやからこの話を相談しに行った時にすごい乗り気になってくれてな、けどそこにチカラ入れ過ぎたら店の経営がややこしなる可能性もあるからって店の営業を息子さんに譲って自分はフイルムの現像処理する別会社を立ち上げてくれることになったんや。そんなんまでしてもろて悪い言うたら『いつかは自分もフイルム現像とプリントを専門にするこじんまりした会社をやりたいと思てたからちょうどええんや』て言うてな、結局はそんなことになっとる」
「えっ! そうなんですか? 全然知りませんでした」
「今日まで内緒にしておいてくれるように頼んでたしな。まさか俺もこんなんになるなんて思てなかったしな。朝比奈さんが入部した時に『たまには顔を出せ』て言うてるて言うたやろ。せやからあのあと行ったんや、何日かして。すごい世話になってたんで写真部の近況を言うて、もうフイルムの写真部はおしまいにするつもりやて報告みたいなこともしたんや。そしたら『実は自分も考えてることがあるんや』言うてな、なんか知らんうちにとんとん拍子や。俺はフイルムの写真部を潰すことばっかり考えてたんやけどな、写真部の伝統のこともちゃんと考えててくれてて、キミが写真部に入ったこともたぶん関係しとるとは思う。表情が明るくなったて言うてて嬉しそうやったからな」
「そうですか? 父が? そうなんですね」
小さな声で応えた理々子もどこか嬉しそうだった。
「取り敢えず何をすればええんかは、まだ具体的には何も言えん。せやけどキミらのフイルムの写真をやりたいと言うてくれた気持ちの受け皿はどうにか用意出来るとは思う」
翌日、留美がデジカメ同好会を招集した。部活ではないため部室はなく視聴覚教室に康岳が藤香と樫雄も伴って同様の話をするためだ。まず康岳が元写真部員に今回の顛末を説明して写真部員にしたように頭を深く下げて詫びた。
学園祭前の繁忙時期でクレームも噴出する中、臨時で生徒会総会が催され写真部とデジカメ同好会の統合が承認され、『光画部』として動き出すことになった。
ほとんど残された日にちもないため、とにかく準備が急ピッチで進められた。
それこそ連日午後の一○時を回るほどの作業で鬼のように忙しかった。
そして、迎えた松雲学園高校『松雲祭』前日、九月第四金曜日の朝八時。
「ふ~、もう死ぬかと思ったわよ。何度途中で逃げ出してしまおうと思ったことか。でも、何とか形にはなったわよね。ありがとう」
礼を言われた元デジカメ同好会副会長 田室興和は手の平を顔の前でパタパタと振る。
「いえそんなことないです、高千穂先輩。先輩方が引っ張ってくれたからこそここまで来れたんだと思います。僕なんて、先輩に言われたことを単純にこなすだけでよかったんですから。なんにもしてないのと一緒ですよ。高千穂先輩と学祭の準備に関われて光栄です。僕こそいろいろ教えてもらってお礼をいわなけりゃなりませんよ」
「またまたぁ、そんなお世辞言ったって、何も出ないわよ」
「違いますよ! 本心ですって、なぁ」
興和は横にいた阿久和小篠と長谷瑠璃子に同意を求める。二人は康岳の個展を見て写真部に来て、そしてデジカメ同好会に入ったのだった。二人ともが一年で恐縮しながら同意する。
「せっかく熱心に誘っていただいたのに、申し訳ありませんでした。私たち二人ともあの匂いがどうしてもダメでデジカメの方に入ってしまったので・・・・・・」
「なに言ってるの、今は同じ『光画部』なんだし、あの匂いは慣れてても臭いのは臭いんだから仕方ないわよ。それに今度からは匂いは関係なく朝比奈写真館でフイルム写真も焼いてもらえるんだから、その内にフイルムにも興味持ってくれたらうれしいわ」
「あ、はい! ありがとうございます」
小篠と瑠璃子は今にも泣きださんばかりに喜んだ。
「じゃあ、最後の追い込みやっちゃいましょうか。観に来てくれた人たちをアッと言わせちゃいましょう」
藤香は遠くで作業する美乃里たちを見ながら三人を鼓舞した。
当日の展示はというと、文化部の中には部室を使う部もあったが、新生光画部が展示会場に選んだのは教室の中でも一番大きい視聴覚教室だった。これは康岳が早くから根回しをした成果だった。
展示の全体的な構成としては、二部構成仕立てになっていた。
まずは今までの歴史に敬意を払うという意味でも、入ってからの前半部分には旧写真部の白黒写真が展示されてあった。
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