第41話 そして少年は英雄になる

 制圧が完了した城から、神羅はアドラーを引きずり出し、街へと連れて来る。


「離せ島猿風情が! 汚い手をどけろ! 汚らしい劣等民族が!」


 そこは、街の民家から出て来た住人のホビット達が、東和軍に保護されている広場だった。


「神に選ばれしエルフをこんな目に合わせてどうなるか解っているのかぁ!?」


 皆、ホビットに引きずられるエルフを見て、何事だと驚いている。


「お前ら! こいつが長官のアドラーだ、ほらよ」


 皆の前に投げ捨てられて、アドラーはもがきながら上体を起こした。


「両腕を切断したから、もう魔術は使えない。お前ら、こいつが一番偉いトップ様だ。お前らの国に攻め込んで、殺して、犯して、奪って、弾圧して虐待して差別して迫害した連中を指揮した奴だ」

「!? ま、まさか貴様!?」

 神羅のやろうとしている事に気づいて、アドラーは瞳を震わせる。


「お前ら、俺が許す、好きにしろ」


 神羅の、世界で一番残酷な笑みにアドラーは戦慄した。


 周囲からは怒りと憎しみで目をギラつかせたホビット達が歩みを進めてくる、やがて小走りになり、走り、全力疾走でアドラーに殺到した。


 袋叩きにされてアドラーは悲鳴をあげる。

「ぐあああああ! ああああああ! やめ、やめろ! ぐあっ! この猿が! 森猿ごときがこの私を! あぐっ! エルフ様に、この欠陥品共が! 魔術も使えず世界でもっとも劣ったクズが、あ、あっ、あああああああああああああぎゃああああああああああああああああああああああ! ひぎぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 ホビット達を止めて、神羅が死体を確認する。


 今まで虐げられた民族の憎しみを全て受け止め、アドラーの死体は原形をとどめていなかった。


 白い肌と金の瞳は潰れて赤く染まり、金色の髪は全て頭からはぎ取られていた。

 それでも、アドラーはこのフィンガー王国民の苦しみの万分の一も味わってはいなかったろう。


 神羅はその死体の頭をつかみ、引きずって運びながら一言。


「あーあ、くだらね」


 この王都解放戦では、投入した七〇万の戦力のうち、四六〇〇〇人の東和兵が死んだ。


 一日で街一つ分の人口が消え、その家族全てを悲しませる事になる日となった。


 フィンガー王国は解放。だが、これはまだ序章に過ぎない。


 南小国群解放の為にはあと三つの国を解放しなくてはならないのだ。


 ましてこの戦果で、残る三国のエルフ軍は全員油断なく、全戦力を以って東和軍を殺しにかかるだろう。


 南小国群が解放されるまでに、どれほどの武士の死体を積まねばならぬのか。それは神羅にもわからなかった。



   ◆



「はっ はっ はっ はっ」


 王都の病院の廊下を走り、戦徒は勝也の指輪を握りしめる。

 人生の中のどの時よりも真剣に神に祈りながら、戦徒はその病室のドアを開けた。


「麻美!」


 高橋勝也の想い人、佐々木麻美はベッドにいた。

 病人服を着た上半身を起こして、下半身に布をかけた状態で窓の外を見ていた。


「あ……戦徒」

「…………よかった」


 頬を涙がつたう。

 戦徒は神に感謝した。

 彼女が、彼女だけでも生きていてくれた事を神に感謝した。


 でも、戦徒は言わなくてはならない。


 戦徒は、意を決して口にする。


「麻美……勝也は、駄目だった……ごめん」


 麻美は穏やかな顔で、被りを振った。


「ううん、いいの……なんとなく、そんな気はしていたから……でも、そっか……」

「麻美に渡したいものがあるんだ!」


 戦徒は右手に握りしめた指輪を見せる。


「ほらこれ! 勝也が用意したものなんだ! 麻美が大陸式の結婚式が綺麗だって言ってたからって、だから用意したんだ! あいつの気持ちを受け取ってくれ!」


 一気にまくしたてて言う戦徒に、麻美は大粒の涙を流した。


「ありがとう戦徒、うれしい……でもね」


 下半身を覆うかけ布から出した左腕は、手首から先が無かった。


「手榴弾をみんなで運ぶ時、一人のエルフ兵と会って、その時にね……だからそれははめられないの……だから」


 麻美の目から、滂沱のごとく涙が溢れた。


「ごめんね戦徒! あたし! 勝也の指輪はめられない! もうはめる指がないの!」


 子供のように泣きだして、麻美は喚き散らした。

 戦徒も堰を切ったように涙を流してその場に崩れ落ちた。

 病室の外では、愛花が八重の胸で声を押し殺して泣いていた。


 こうして戦徒は、一日で友を殺され、自分を守る為に兄が死に、自らの手で友を殺し、友の想いを成就させる事すらできなかった。


 龍道戦徒。激闘の一四歳の年であった。



   ◆



 ―― 一〇カ月後 ――

「イィイイイイイイイイイイイイイイイヤッホォオオオオオオオオオオオイ!」


 南小国群最後の国、北のアーム王国の重要城塞都市、フォレスエールを一陣の風が疾走した。


 両手に刀を握った二刀流、左耳の無い特徴的な容姿のホビットを見て、敵のエルフ達は目を丸くして叫ぶ。


『と、東和の片耳魔王だ!』


 言ったそばからエルフ達の首が片っ端から飛んだ。

 前方の魔術師部隊が一斉に攻撃魔術を放った。


「あらよっと!」


 スライディングでかわして勢いをそのままに突撃して全員の首をまとめてはねる。

 刀は、一年前よりも長いものを使っている。


「小癪な島猿が! 我がワイバーンのブレスで」


 風が跳躍。

 通り過ぎざまにワイバーンの首を重厚なウロコと強靭な筋肉、堅牢な骨ごと切断して、ついでに騎手の首も落とした。


 万のゴブリン兵も、エルフの魔術師部隊も、ヒポグリフ騎兵もグリフォン騎兵もワイバーン騎兵ですら風を止められない。


 風は一切の抵抗なく走り続けて、通り過ぎざまに全ての首を落とすだけだ。

 砦の中に突入して三〇分。


 奥の広い部屋で、見上げるような鉄の巨人が待っていた。


『フハハハハ、戦場の一騎駆けとは感心な奴だ。しかし貴様の武勇伝もここまでだ』


 ライドメイルは両肩のパイプから蒸気を噴きあげながら両手の大剣を振り上げ、弾丸疾走を発動する。


『我が愛機の前にその儚き命を散らせるのだぁあああああ!』


 風は左手の刀を鞘に収めると、両手で一本の刀を握り、全神経を集中して腰を落とした。


「奥義……」


 ライドメイルの巨体が目前に迫る。


「斬鉄一閃‼」


 エルフの視界から風が消えた。


 背後で風が刀を鞘に収めると、ライドメイルの胴体から血が噴き上がり、中のエルフは絶命した。


 ライドメイルは積み木の城のように脆く崩れた。


「やれやれ。今回も手ごたえないなぁ」


 風は嫌味に笑って舌を出した。



   ◆



「やぁ戦徒くん、今回もお疲れ様」

「お疲れ様です、橋本大隊長」


 第五師団第二旅団第一連隊第一大隊本部のテラスで、第一中隊の第三小隊第二分隊の分隊長、龍道戦徒は大隊長である橋本連夜に挨拶をしながら、彼の向かいのイスに座った。


「この調子なら今年の桜が咲く前には南小国群を解放できそうですね」

「ああ、あとはこのアーム王国の王都だけだからね、それも君がいれば安心だろう。でも悪いね戦徒くん。本当はこの一年間の君の活躍を考えれば大隊長でもおかしくないのに、まだ分隊長なんてやらせて。僕は是非君を次期小隊長にって推しているんだけど、みんながまだ若過ぎるって」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる橋本に、戦徒は手を顔の前で振って答える。


「いやいや、俺は戦えれば階級や役職なんてどうでもいいですよ」

「あー戦徒、ここにいたんだ」


 振り返ると、愛花と成美、それに麻美がこちらに手を振りながら歩いてくる。


 麻美は勝也の形見である指輪を右手の指にはめ、手首から先を失った左手には短刀の義手をはめていて、普段は刀身にカバーをつけている。


 愛花は二本の刀を戦徒に手渡す。


「はいこれ八重から。来週王都奪還戦でしょ。新しく打った刀、自信作だって」

「おう、ありがとうな愛花」


 左手で受け取り、戦徒は右手で愛花の頭をなでた。

 愛花は嬉しそうに目を細めて、顔を赤らめた。


「戦徒、これでとうとう南小国群を解放できるわね。最後までしっかり頼んだわよ」

「おう、当たり前だろ」

 どんと自分の胸を叩いて、

「だいいちよ」

 と前置きして、戦徒は歯を見せてにかりと笑う。

「生き残らないと、お前と祝言あげられないからな」


 成美と麻美が『祝言には呼んでね♪』とひやかし、愛花は赤面するのだった。


―———―———―———―———―———―———―———―———―———―


 ここまで読んでくれてありがとうございました。


 なんとか900PV近くはいきました。


 フォローしてくれたかた、応援マークをくれたかた、評価の星をくれたかた、ありがとうございました。


 こちらとは別に、【闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵】という作品も投稿しているので、もしよろしければそちらも一読ください。


    

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勘違いエルフ国家に鉄槌を下すホビット武士団 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ