第40話 王都解放戦⑨

「戦徒……」


 愛花は泣き崩れる戦徒の側にいたかったが、鍛冶方の八重に肩をつかまれ止められた。


「やめときな。男が、許嫁に泣き顔なんて見せたくないだろ。あんたも女なら今は見て見ぬふりして、あとで思い切り胸を貸してやれ」

「……うん」

 愛花は黙って頷いた。

「さ、あたしらも行こう」



   ◆



 皆が徐々に階段から降りはじめ、戦徒は涙を拭いながら立ち上がった。


「じゃあ行くぞ戦徒」

「ああ、行こう兄貴! 広の分まで俺、戦うよ!」

「その意気だ」


 変化は、その時に起こった。


 突如大鐘が引き避けて、中からライドメイルが転がり出した。

 全身が黒く焦げ、爆発の衝撃で全身の装甲がズタズタの、見るも無残なソレがみじめにもがきながら、戦也と戦徒を睨む。


「なんだこいつ、最期の悪あがきか? ならトドメは未来の大英雄、龍道戦也様が」

『ふざけるな……』

 刀を抜いた戦也の言葉を、エルフが遮る。

『この私が……エルフが島猿風情に負けるなどありえぬ……この勝負は、戦いは……』

 狂気じみた声で、エルフは咆哮を上げる。

『無効だぁあああああああああああああああ!』

 何かを察知した戦也が、戦徒の名を呼ぶ。

「戦徒!」

「え?」

 刹那。巨大な光と音が世界を塗りあげた。



   ◆



 遠のいた意識が戻ると、周囲には東和兵の死体が散乱していた。


 激痛に顔の左側を触ると耳が無い。


「なん……で? 兄貴!?」


 戦徒を抱きしめ、体重を預ける戦也に呼び掛け、戦徒は彼の背を見てしまった。


 鎧を貫通して、ライドメイトの破片が深々と突き刺さった背中。


 子供の頃から見続けた兄の背から、生命のみなもとが流れ出している。


「兄貴!」

 返事は無い。

 顔を確認するがその顔に生気はない。

 両肩を力いっぱいつかみ、戦徒は喉を潰すようにして叫ぶ。


「何してんだよ兄貴! 兄貴英雄になるんだろ!? あの神羅みたくなるんだろ!? なのになんで! どうして!?」


 死体は、何も言わなかった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」



   ◆



 生き残った仲間と一緒に下へ降りて、戦徒は勝也の死体の前に腰を下ろした。

「…………」

 解っていた。


 勝也の傷は助かるような傷ではなかった。

 鎧が砕け、アバラが滅茶苦茶になって、どう考えても余命いくばくもない状態だった。


 けれど、もしかしたらという希望もあった。

 兄を失った悲しみが大き過ぎて、勝也の死に上げる声が無かった。

 それでも潰れた喉でしゃくりあげるようにして戦徒は泣いた。


 勝也は優しい少年だった。

 本当は戦争に向かない優しい少年だった。

 ただ麻美の事が好きで、麻美と平和に暮らしたいだけの少年だったのだ。

 みんな知っている、麻美だって勝也の事が好きだった。

 なのにその麻美に想いを伝えられないまま、勝也は死んでしまった。


「?」

 ふと、勝也の変化に気付いた。


 戦徒が最後に見た時と違い、今の勝也は右手に銀色に光る指輪を持っていた。


 それは、かつて勝也が見せてくれた、麻美にあげるという結婚指輪だった。


 大陸式の結婚式が綺麗でステキだと言った麻美のために、用意したものだ。


 最後に勝也は『あさみ、ちゃんに……』と呟いていた。


 もしかすると、と戦徒は勝也の言いたい事に気付いた。


「安心しろ勝也」

 戦徒はその指輪を拾い上げて、懐に入れた。

「お前の想いは、麻美に届ける……あ……」


 麻美を最後に見たのはいつだったか?

 戦徒は慌てて思いだそうとする。

 橋本小隊長の作戦。女は手榴弾を持って移動。その時はいた。

 だが鐘つき堂の女兵の中に、果たして麻美はいただろうか?


「まさか……」

 戦徒はチリチリと頬を焼く焦燥感を否定する。同時に、城中に戦闘終了の笛、勝利を告げる太鼓が鳴った。


 喜び湧き上がる皆を通り過ぎて、戦徒は走った。

「麻美!」



   ◆



 戦徒達が攻略した北側の反対。


王都の南側から城までの道のりには、ヒポグリフやグリフォン、ワイバーンの死体が転がっていた。


 城の南門の前にはライドメイルが転がっている。全身をズタズタに切り裂かれ、搭乗者が乗るコクピットが大きく口を開いて中のエルフは胸を貫かれ死んでいた。


 城の入り口からまっすぐのびる死体の跡を辿った先は、アドラー・ボーフェンの執務室だ。


「ぎゃああああああああああああああああ!」


 肉厚な大刀を持った神羅に、両肘から先を切断されてアドラーは悲鳴をあげる。


 のたうちまわるアドラーを、神羅は容赦なく頭をつかんでひきずる。


 アドラー自身が放った火炎魔術で燃える机に腕の切断面を押しつけて、またアドラーが断末魔の様な叫び声を上げた。


 焼いて無理矢理止血。


 アドラーはあまりの痛みに意識を失いそうになりながら、床で悶えた。


「手がなくなった以上、もうお前は一生魔術が使えないな。っで、お前は劣等民族になったのか? 魔術の使えないアドラーさんよぉ」

「ぐ……う……くそが、くそがぁあああああ、醜悪な劣等民族が……いいだろう、私を殺すがいい! エルフのようになぁ!」

「なんだと?」


 アドラーはヨダレをたらし、錯乱した。

「そうだ、正義の味方気取りの偽善者野郎が! なにが南小国群解放だ! これは戦争だ! 領地を奪い合った戦いだ! さぁ殺せ! 我々がホビットを殺したように、私を殺せ! そして私と同じになるがいい! 貴様も私も変わらない、エルフがホビットを殺し、今度はホビットがエルフを殺すだけだ!」


 神羅は見下した目をやめた。

 もう見下しもしない、まるで地面を歩くアリを見るような、まるで無関心の顔だ。


「俺はお前を殺さねぇよ」

「はっ、なんだ許すのか?」

「いや、もっと相応しい奴らがいるからな……」

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