第39話 王都解放戦⑧

 矮小なホビット達の猛攻に苦戦するライドメイル。


 中のエルフは息をのみ、冷や汗を流した。


 矮小で低能な劣等民族がここまでの団結力とチームワークを、高い士気と闘争心を以って戦う事に驚愕した。


 彼がこの南小国群を落とした時、ホビット達は誰もかれもが怯えて逃げまどい、命乞いをするだけだった。


 少ない軍隊も、ただ突っ込んできたり、個人個人が勝手に戦う事が多く、集団戦ができていなかった。


 だが彼らは違う。

 体が小さくとも、黒い髪と目、黄色い肌で、着ているものもエルフとはまるで違うのに、彼らは間違いなく勇敢なる戦士『勇者』だった。


「こっちだ!」


 戦徒達は一斉に移動を始める。

 ライドメイルもナックルウォーキングで後を追い、辿り着いたのは最上階の鐘つき堂だ。


 王都を一望できる絶景のその場所に、全ての兵が揃っている。

『この広い場所で決着をつけようというわけか? なら謁見の間と同じ事だと思うがな』


 ライドメイルは両手の大剣を振り回し、突撃する。



   ◆



 鐘つき堂でも戦徒達がやる事は変わらない。

 ライドメイルと戦いながら、目的の場所まで移動させる。

 頭上の巨大な鐘には忍者隊が待機。

 いつでも鐘を落とせるように準備している。


 女達はどこかで見つけたのだろう。手榴弾をいれた麻袋を抱えて、壁の裏に隠れて様子を見ている。


 だが廊下の時とは訳が違う。


 廊下は細長い為、ライドメイルは前後にしか動けない。

 対して今度は広い鐘つき堂。

 ライドメイルは三六〇度全方向に動ける。

 そんな場所で、目的の場所に移動させるのは至難の業だ。


 どうすればいいと、戦徒が焦った時、

「戦徒、右を頼む」

「え?」


 目的の地点まであと三メートル、というところで、宗重がそう言って自身の愛刀を水平に構える。


「噴っ!」


 左足の裏を、長刀が曲るほどの勢いで斬りつけた。


 今までで一番深く食い込んだ刀に、さすがの金属関節も悲鳴をあげる。


 戦徒は弾かれたように飛び出して、背後からライドメイルに刀を振るった。


 両膝の裏を斬れば、背後へ大きく倒れるかもしれない。

 そう思って右足の膝裏に刀身を叩き込む。


 バギンッ

 不吉な音と一緒に、戦徒の刀はへし折れた。

 嫌でも思い知らされる。

 宗重と自分との差。


 ――そう、だよな……これが現実だよな。


 ライドメイルの横を通り過ぎて、戦徒の目に涙が浮かんだ。


 ――いくら気持ちがあっても、俺じゃ……


「よくやったな戦徒。あとは兄ちゃんに任せろ!」


 僅かにのけぞり、だがのけぞりきらないライドメイルの両肩に着地した戦也が、刺突の構えから、一気に刀の切っ先をライドメイルの目に突き刺した。


 巨大な鎧の、目とおぼしき穴の奥で光る赤い発光体を貫く確かな堅い感触。


 無論搭乗者は痛くもかゆくも無いが、この目を通して世界を見ているならば、いきなり視界を刀で貫かれたという映像的体感はしたはずだ。


『うおわっ!?』


 情けない声をあげて大きくのけぞるライドメイルは、そのまま後ろに大きく倒れた。

 戦也は素早く跳躍して逃げる。


 だが誰もが、次の瞬間に自分達の失策に気付く。


 確かに後ろに転ばせて目的の地点には移動させたが、仰向けに転ばせたということはつまり、搭乗者の目には頭上の大鐘が映っているのだ。


『!? それが狙いかぁ!』


 忍者隊が大鐘を落とす。

 蒸気を噴きあげライドメイルが素早く起き上がる。

 女達が手榴弾の入った袋を数人がかりで放り投げる。

 大鐘が落下する。

 ライドメイルが逃れようと一歩踏み出す。


 斎藤広が飛びかかる。


『なに!?』

 斎藤広は跳び両足蹴り。大陸風に言うところのドロップキックを、ライドメイルの顔面におみまいした。


 当然利くはずもない貧弱な攻撃。

 だが。

 背の高い物体の頂点に力を加えた事。

 ライドメイルの両膝が限界だった事。

 貧弱なホビットとはいえ、四〇キロはある広の全体重をぶつけた事。

 そして何よりも、広の執念が、ライドメイルにたたらを踏ませた。

 大鐘が石床に激突。


 中からは尋常ではない炸裂音がして大鐘はひしゃげ、いくつもの避け目と小さな穴が空いた。


 そして、両ももから下をもっていかれた広がうめき声を上げてもがいていた。


「広!」


 戦徒は広にかけよった。

 ライドメイルの顔面にドロップキックをした、つまり広はすぐ近くにいたのだ。

 大鐘が落ちてきた時、その端に太ももが当たり、石床との間に潰されて千切れている。


 おまけに、空中から勢いよく石壁に叩き落とされた事で右肩は潰れ、右側頭部が陥没している。


「広! なんで! どうしてお前!」


 涙を流しながら、戦徒は声を嗄らさんばかりに叫ぶ。

 広は消え入りそうな声で言う。


「だってよ、誰かがやんなきゃ……だめじゃん? 俺、馬鹿だけど、それぐらいわかる」

「広……」

「わりぃ、戦徒……殺してくれ……」

「!?」


 太ももの大動脈を切断され、余命いくばくもない体。

 潰れた右肩と側頭部。

 本当は泣きだしたい程痛いだろう。

 それを一秒でも早く終わらせる方法は、戦場の習いは一つだ。


「戦徒」

 戦也に肩をつかまれて、戦徒は顔を上げる。

「介錯してやれよ」

 戦徒は涙を流しながら歯を食いしばった。

 心の中で泣き叫び、血を吐き出さんばかりに声を張り上げた。

「くそったれがぁ!」

 戦徒は脇差を抜いて、広の首をはねた。



   ◆



 ライドメイルを倒したからと言って、戦徒達の戦いが終わったわけではない。


 残ったおよそ二〇〇名の兵は下へ降りてエルフ兵の撃破、王族の捜索、そうして最終目標である、この城の奪還と王都解放を成し遂げなくてはいけない。


 一〇〇〇人の兵のうち八〇〇人近くが死んだなら、彼らの戦友は皆、戦徒と同じ気持ちだろう。


 だから、部隊が編成しなおされ、下へ移動する準備をする中、広の死体の横で涙を流す戦徒は、自分が情けないと思いながら、だが立てなかった。


 兄の戦也が戦徒の前に立った。


「この戦争で仲間を失った奴はいくらでもいる。でもお前の年で仲間の介錯までやった奴はそう多く無い」


 情けないと叱責するかと思ったが、戦也は優しい声で戦徒に語りかけ続ける。


「だから三分だけ泣け。思い切り泣け。そんで泣いたら、みんなと一緒に下へ降りるぞ」


 皆が隊を組み直し、装備の点検しながら呼吸を整える中、戦徒は小さく頷いた。

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