第38話 王都解放戦⑦
『逃がすかぁ!』
またあの弾丸疾走態勢に入る。
「槍兵! 槍ぶすまを!」
橋本の声で槍を持った兵が、一斉に槍ぶすまを作り壁となる。
三六人がかりの槍ぶすまと鋼の巨人が激突。
体重差はどうしようもないが、槍が緩衝材となり、三六人の槍兵の体で運動エネルギーを相殺できた。
そう、槍兵三六人の体をミンチにして、ライドメイルは止まったのだ。
「くそ、みんなが」
「戦徒、早くいくわよ」
第三分隊の小林美紀に腕を引かれて、戦徒は歯を食いしばって駆けた。
最初は一〇〇〇人いた部隊は、もう三〇〇人にまで減っていた。
皆は謁見の間から外に出て、廊下を走る。
そして戦也達のおかげだろう。ライドメイルは歩くごとに膝からギチ、ギシと音がしているし、最初ほどの機敏さが無い。
美紀は足をゆるめて、戦徒より後ろを走って、
「みんなこっちよ!」
と後列の兵に呼び掛ける。
皆は廊下の横にある階段を上り始める。戦徒も階段に足をかけ、三段飛ばしで登る。
「なるほど、あの巨体ならこの階段は登れないよな?」
走りながら振り返ると、階段の下、今まで自分がいた一階廊下をライドメイルが弾丸のように疾走。
小林美紀の体を横からさらっていった。
階段を上り、二階に登ってまた階段を走りながら、戦徒は瞳を硬直させる。
今のはなんだ?
戦徒の頭が現実に追いつかない。
なんだ? 今のなんだ? 自分の後ろを美紀が走っていた。
一緒に勝也と麻美の告白未遂を見守っていた美紀が。
市街戦で、自分に愛花の事をちゃんと考えるよう注意してきた美紀が。
何度記憶を思い返しても、あの槍ぶすまごと槍兵達を殺した、ライドメイルの弾丸疾走の直撃を受けていたようにしか見えない。
走り続けていることを考慮しても異常なまでに強く打つ心臓の鼓動に汗を流し、奇妙な焦燥感に駆られながら戦徒は走り続けた。
階段を登るのが間に合わなかった兵は全員美紀同様、弾丸疾走の餌食になり死亡。部隊の数はさらに減った。
テラスのある広い場所に出ると、列はいきなり停止する。
橋本小隊長が声を張り上げる。
「よし、男は全員女に手榴弾を渡してくれ。女は最上階の鐘つき堂へ行って手榴弾を箱か袋にまとめてくれ。男は防衛戦を敷きながら、ゆっくりあいつを屋上鐘つき堂へ移動させるよ」
戦也はその話だけで理解したらしい。
「なぁるほど、よく考えたな。手榴弾ごと鐘の中に閉じ込めるんだな?」
「その通りだ」
「そんじゃ、せいぜい頑張らせてもらうぜ」
それから、橋本は皆に細かい指示を出してから尋ねる。
「僕以外にこの城の地図が頭に入っている人、鐘つき堂までの行き方が解る人は?」
和太郎が手を上げて、さらに窓から涼香がいきなり跳びこんで来て手を上げる。
「涼香、どうしてここに」
「王族の幽閉場所を手分けして探していたのですが、私はこちらについたほうが良さそうですね」
「ああ、じゃあ女達は和太郎と涼香を先頭に鐘つき堂へ行ってくれ、太郎左衛門も悪いけど槍が無いなら彼女達と一緒に頼む」
『了解!』
言われた通り、女兵は男達から残りの手榴弾を受け取ると、その場を後にした。
廊下の奥、階段の方からは、不吉な地響きが空気と床を伝わってくる。
戦也が笑みをこぼした。
「へへ、そんじゃあまぁ、防衛戦どころか勢い余って殺すぐらいの気持ちでいくぜぇ!」
橋本は皆から少し離れ、少しずつ後退する。
「僕は鐘つき堂に少しずつ移動するから、全員僕のいるほうを目指してくれ」
一〇〇人以上の男達が、ライドメイルを止める為に武器を構える。
まずは白兵が後ろに、銃兵が前に並んで廊下を埋める。
横道からライドメイルが姿を現す。
同時に一斉射撃を慣行、弾を撃ち尽くすつもりで容赦なく弾を撃ちまくる。
弾丸疾走には回数制限あるのか、ライドメイルはナックルウォーキングで迫る。
すぐさま銃兵が下がり、白兵が突撃した。
だが戦わず、攻撃をかわしながら素通り。
ライドメイルが首を回して視線を右往左往させた。
その隙に挟み打ちの態勢を取り一斉攻撃。
弾を撃ち尽くした銃兵も銃剣を使い白兵戦を行った。
一見包囲戦をしているようで、後ろに回った兵は激しく攻めたてて、橋本小隊長のいる側の白兵はやや引き気味の姿勢で防御に徹する。
ライドメイルは必然的にそちらへ徐々に移動して、先導されていく。
激しく追い立てる側にはもちろん、戦也と宗重がいる。
そちらを突破されると困るので、ライドメイルが振り返って戦也へ襲いかかろうとすると、反対側がこれでもかとライドメイルの背中を得物でぶっ叩いた。
操縦するエルフはイラつきながら、まんまと先導されていく。
長い廊下を進み、階段は全員で一斉に上に逃げる事で一気に登らせた。
さすがに階段までゆっくり移動すると先導しているのがバレるからだ。
そんな中、戦徒は戦也と同じ攻め立てる側にいたが、身が入っていなかった。
先程の、小林美紀の死がショックなのだ。
だが壁を蹴って、三角飛びの要領でライドメイルの頭を斬りつけた時に見た。
橋本小隊長のいる側の奥、銃兵に混じる愛花が、不安そうな顔で銃を握っている。
愛花も怖いんだ。
無理も無い。
この大陸に来てからずっと戦いづめで、死体なら何度も見ているし味方が死ぬ事だってあった。
だけど、ここまで大量の味方が目の前で死ぬ戦闘は始めてなのだから。
戦徒の胸に、死んだ小林美紀の言葉が読み上げる。
『愛花との事、ちゃんと考えてあげないと駄目だよ』
戦徒は自分が情けなくて、一瞬で全身が熱を帯びた。
「はあああああああああああ!」
裂帛の気合と同時に振るった刀が、ライドメイルの膝裏を斬りつけた。
金属関節に、浅いが切れ込みが入る。
実戦での斬鉄に初めて成功した瞬間だった。
「俺は!」
仲間達と一緒にライドメイルを攻めながら、叫ぶ、血を滾らせる。
「愛花を守る! 守る為に戦う!」
ライドメイルの拳が、戦徒のすぐ隣の人間を殴り飛ばした。
放物線を描いて飛んで行ったのは、高橋勝也だった。
「勝也!」
慌てて後方へ下がり、駆け寄る。
見ただけで分かる。鎧は砕けてアバラは滅茶苦茶。
口から血を吐いて勝也は苦しむ。
「待ってろ勝也、すぐ起こしてやる」
吐血が気道を塞がないよう、勝也の上半身を起こして壁にもたれかけさせる。
口から血が流れ続けるが、呼吸はできているようだ。
「がっ、ごほっ……いく、と…………」
勝也は苦しそうに涙を流しながら、戦徒を見つめた。
「喋るな勝也、もういい、ここで休んでいろ。あとは俺らがやる!」
「あ、あさみ……あさみ、ちゃんに……」
「ああそうだ、この戦いが終わったら麻美と結婚するんだろ!? ここで死んだらお前安い三文小説まんまだぞ!」
「あ……、ぐ…………」
戦徒はその場に勝也を置いて、また戦闘に戻った。
もう焦燥感は無い。不安は無い。
友を傷つけた怒りと憎しみを力に変えて、戦徒はライドメイルに襲い掛かった。
「はぁあああああああああああああ!」
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