第37話 王都解放戦⑥

 戦徒達が見たのは、巨大な銅像、というよりも甲冑だった。


 身長五メートルはあろうかという巨体で、そして全身が太く、厚みのある鋼のボディがガシャガシャとうるさい音をを立てながら戦徒達を見据えた。


 兜の奥で赤く光る光源が、不気味な恐怖を駆り立てる。


「なん……なんだあれは?」


 小島中隊長に返答するように、鋼の巨人の背中から生えた二本のパイプから蒸気が噴き出して、鋼の咆哮のようにも感じた。


 そして、

『馬鹿めが! 蛮族はゴーレムも知らないと見える! まぁ魔術を使えない貴様らでは当然だろうな!』


 鋼の巨人が喋った事に誰もが驚く。

 戦徒は気付く。

 違う、あれはあの鎧に誰かが乗っていて、そいつが喋っているんだ。


「元々我がエルフ民族には人形を操る術があったのだが、これはドワーフ共に作らせた特別製。蒸気式鉄巨人! ライドメイルだ!」


 刹那。

 ライドメイルが突貫。

 その巨漢からは想像もできない弾丸疾走で、小島中隊長達をはね飛ばした。


 今の一撃だけで三〇人以上の兵が死んだ。


 そのまま間髪いれずに両手を振るうライドメイル。

 その無骨な拳の甲には、戦徒の身の丈ほどもある大剣が装備されている。


 一振り一振りで、軽く二、三人が下半身から胴体を失った。


 落石に押し潰されたような小島中隊長の死体を見て、戦徒は歯を食いしばる。

 全身に闘志をみなぎらせて、両手の刀を握った。

 なのにこう思う自分がいる。

 ――あんなのに、勝てるのか?


「槍兵部隊は前へ!」

 中隊長は死んだが、すかさず小隊長である橋本連夜が指揮を執る。


 前線は槍を持った兵が対応し防御戦を展開。


 九六式小銃を持った兵は援護に回る。


 槍兵の何人かが隙を見て、腰の手榴弾を投げつけると、それなりのダメージを与えられたように感じるが、こちらの不利は変わらない。


 そもそも手、榴弾は全員が大量に持っているわけではない。


 銃兵の腰は予備の弾が主だし、槍や刀を持った白兵も、ここに来るまでにいくつか使ってしまっている。


 手榴弾だけで倒すというよりも、白兵戦と銃撃戦で作った傷を広げる形で手榴弾を使ったほうがよさそうだが……。


「来るぞ!」


 ライドメイルがその場でコマのように高速回転しながら突っ込んでくる。

 一撃で槍兵が壊滅。


 皆、逃げ回る。

「喰らえ!」

 戦徒は死体から奪った手榴弾を、回転が止まった瞬間を見計らってライドメイルの頭に投げつける。


 炸裂した手榴弾でライドメイルがよろめいたが、またすぐに態勢を立て直してしまう。


 背中のパイプから蒸気を噴きだし、また弾丸疾走。


 今度は銃兵に突っ込んだ。


 回避が間に合わず、数十人の兵士がひき殺される。


 同時にライドメイルの拳の甲の大剣が九〇度回転。


 剣を体の外側に向けて、ライドメイルはゴリラのようなナックルウォーキングで高速接近してくる。


 城の床が軋み地響きを鳴らしながら迫る圧倒的な質量に、本能的な恐怖が呼び起こされてしまう。


 戦徒は、死に物狂いで横に跳んで逃げた。


「腕力も使ってスピードアップ……確かにあの巨体なら剣が無くてもぶつかっただけで十分脅威だ」


 そういえば、と戦徒は仲間の姿を探す。


 愛花、和太郎、成美は離れた場所からライドメイルの顔面に射撃を続けている。


 中のエルフがどうやって外の様子を見ているかは解らないが、とりあえずゴーレムの目を潰せば視界が効かなくなるのでは? という狙いだ。


 宗重と、そして兄である戦也は死んだ仲間達から刀を抜きとり、自身の腰に挿しまくってから戻って来た。


「おっし、じゃあ行くぜ宗重」

「ああ」

 太郎左衛門も二人の様子に槍を構え直した。

「おっ、やるか?」

 戦也率いる第二分隊きっての武等派三人が、ライドメイルを三方から取り囲んだ。

 そして、

「おらららららららら!」

「おおおおおおおおお!」

「…………………………」


 戦也が、太郎左衛門が、宗重がライドメイルの膝に斬りかかる。


 元から身長が違い過ぎる為、上半身が狙いにくいのは当たり前だが、三人は執拗に膝を狙う。


 三人の攻撃に、鋼の装甲がみるみる傷付き、装甲には幾重もの切傷が生まれる。

 これぞ武士のお家芸、斬鉄だ。


 しかし刀剣類最強と言われる東和刀だが、鋭利さを追求して刀身が薄いため、消耗が激しい。


 戦也と宗重が刀を拾って来たのはその為だ。


 二人は刀の負担も考えず激しく斬りつけ、刀身が欠けたり曲がる度に捨て、新しい刀を腰から抜いた。


『くっ、聞いたことがあるぞ、極東の島国には世界最強のソードマスター、サムライがいるとな。いいだろう。貴様ら猿共の剣術と我が魔術。どちらが上から勝負してやろう!』


 ライドメイルは背中のパイプから蒸気を噴きあげ大剣を振るう。

 剛腕が荒々しく振り下ろされ、振り回される。


 大木も薙ぎ倒しそうな攻撃の嵐を、三人は巧みな得物捌きで見事に受け流しながら戦い続けた。


 戦徒の目には、その神話のような光景が焼きつけられる。


 すごい。

 その一言しか言えない。

 とてもではないが自分が入り込む余地があるとは思えない。

 身長五メートルの鉄の巨人。


 そんな異形の怪物相手に刀と槍で肉薄する三人の戦いは拮抗して、だが次の瞬間破られる。


 横薙ぎの一撃を、太郎左衛門は槍で防御して受けた。


 殺し切れなかった運動エネルギーで彼の体は人形のようにぶっ飛んで、壁に柔道の受け身を放つハメになった。


「ゴホッ!」


 咳き込みながら着地した太郎左衛門の槍は、柄が半ばかりからへし折れていた。

橋本連夜小隊長が口を開いた。


「場所を変えよう! 全員僕についてきて!」


 言いながら、橋本は広い謁見の間から駆けだした。

 皆もそれに続いて、ライドメイルが方向転換する。

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