第36話 王都解放戦⑤
「ちょっと戦徒、あんたどこ行くのよ!」
「悪い愛花、こいつが勝手に」
ワイバーンは先頭を走る囮部隊と激突。囮部隊は槍でワイバーンに果敢に立ち向かい、小銃で援護する。
ワイバーンの尾や翼に打たれて多くの兵が落馬するが、鈴木四兄弟を含めて全員勇敢に立ち向かう。
ワイバーンが矮小な小動物に過ぎない人間達の予想外の勢いに押されて横に逃れる。
その間隙をついて、四季男達はエルフ達に突撃するのだが、戦徒を乗せた紅丸は一気にその先頭に躍り出た。
二〇〇人のエルフが次々攻撃魔術を放つ中、紅丸は信じられない程に綺麗な足捌きで全魔術を避けて走る。
師団長である四季男の横に並ぶようにして走る紅丸。
四季男も気付く。
「おう龍道の次男か。いい馬だな」
下っ端の戦徒からすれば、師団長である鷺澤四季男は神にも等しい存在だ。
戦徒は肩を跳ね上げて緊張した。
「はは、はい!」
「ちょうどいい、手榴弾を持て」
「了解です! て、え、まさかまた」
「そのまさかよ!」
四季男が手榴弾を両手に一つずつ持って投げつける。
だが、投げた手榴弾は戦徒が投げた分も含めて、全てエルフ達の攻撃魔術で撃ち落とされてしまう。
虚空で空しく爆発する手榴弾を見て、戦徒は嫌な汗をかいてしまう。
「どど、どうするんですか師団長! このままじゃ」
「いや、これでいい、これが合図だ」
不敵な笑みを浮かべ、四季男は満足そうに手綱を握り直す。
エルフ達は攻撃の当たらない戦徒目がけてさらに攻撃魔術を放とうとして、背後の異音に気付いた。
『!?』
なんと、城の門が開き始めているのだ。
重々しく、だが確かに門は開いている。
指揮官らしきエルフが叫ぶ。
「この門は合図があるまで開けないはずだろうが! 一体誰が!」
四人がかりで門を開けていたのは、男女二人ずつのホビットだった。
その中の一人は戦徒の良く知る涼宮涼香だ。
「涼香!?」
エルフ達が目を見開く。
城内エントランスのレッドカーペットに倒れるエルフ兵達。
全てはこのホビット、そう、東和軍忍者部隊の仕業だ。
腹立ちまぎれにエルフ達は涼香たちに手の平をかざした。
すかさず涼香は艶然と笑う。
「そんな事してていいんですか?」
ハタと気付いた時、エルフ達の頭上を東和騎馬隊が一斉に飛び越えた。
エルフ達が驚愕に目を開いている間に、城内から現れた忍びを含め、二〇人の忍びはエルフ達に襲い掛かる。
目にもとまらぬ速度で、エルフ達の頸動脈だけを正確に切り裂いて行く忍びの動きは、まさしくプロフェッショナル。
戦闘ではなく殺す事に特化した暗殺者の動きだ。
エルフは最強。
エルフ一人でホビット兵一〇人分。
だが肉体強度は同じで、急所も同じ。
忍びにとって、他に意識がいっていればエルフだろうがドワーフだろうがゴブリンだろうが同じだ。
刹那で殺せる自信がある。
その反面、忍びは正面対決に弱い。故に。
「…………」
涼香は視線の先、ワイバーン相手に肉薄する仲間を見つめた。
五〇人いた兵はもう三六人にまで減っている。
それでも彼らは戦うのをやめない。
ここで背を見せれば一瞬でブレス攻撃を浴びて終わりだ。
なら逃げ出す隙をうかがっているのか、それともここで討ち取らねば他の部隊が犠牲になると命を張って殺そうしているのか、涼香には彼らの心境は推し量れない。
「…………」
「行くぞ涼香」
黒沢黒男が、無表情無感動な声で呼んだ。
「俺達には俺達の仕事がある」
「……はい」
涼香は、黙って命令に従った。
◆
「王と女王は見つけ次第保護しろ! 捕虜を取ろうとするな! エルフは降伏したものを除き全員殺せ!」
四季男率いる三〇〇〇の兵は馬で城内を疾走。奥の巨大なホールに出ると、四季男達は次々馬から降り、四季男の部下達は二階への階段を登っていく。
「我々は二階から上を制圧する。小島中隊長!」
「は、ここに!」
「お前は一〇〇〇人を引き連れ一階の制圧を頼んだ」
「お任せ下さい! 鷺澤師団長殿!」
四季男達が二階へ上がるのを見届け、小島という四〇歳ぐらいの男性が皆を指揮する。
貫禄からして、おそらくは二〇年前の内乱経験者だろう。
「全員私に続け!」
戦徒達を含めた一階制圧部隊は馬から降りて、一斉に城内を駆けた。
広く長い廊下を走り、奥へと進む。
「貴様らは東和の、くたばれ!」
途中の侵入者迎撃用の広い空間で、エルフ達二〇人の一斉攻撃を受けた。
こちらの兵が一度に五〇人殺されて、だがその後に続く射撃戦でなんとか倒す事が出来た。それからも途中、何人ものエルフと遭遇しその度に戦闘を繰り広げる。
その度に味方は徐々に減っていった。
戦徒は、仲間達の死から目を背けず、その死体を確認したうえで足を進め続ける。
この王都解放戦では多くの東和兵が死ぬだろう。
数えきれないほどの兵が死ぬだろう。
だが戦徒には勝利の確信があった。
油断を捨てた本気のエルフ。南小国群を一年とかからず平らげた世界最強の軍団本隊が守るこの王都は、どれほど鉄壁の守りなのだろうと何度も想像した。
もしかすると王都に侵入することもなく撤退という事もあるのではないかと、考えなかったわけでない。
だがこれが現実だ。
多くの犠牲は出たが、東和軍は野戦で勝利し、市街戦で勝利し、今こうして城内へと侵攻している。
今は自分達だけだが、後から続々仲間が駆けつけるだろうし、自分達よりも先に到着している部隊がいるかもれしない。
――それに。
と、戦徒は自身の周囲を見渡す。
エルフがホビット一〇人分の戦闘力というのはあくまで平均値。一流のホビット戦士ならばその限りではない。
兄の龍道戦也。一人でワイバーンを殺す程の豪傑、エルフ相手でもまず負ける事は無い。
村上宗重。剣の達人であり彼の腕は一息で巨大な扉を細切れにしてしまう程だ。
田中太郎左衛門。戦場を愛する槍兵で、戦場で討ち取ったエルフは数知れない。
許嫁の朝倉愛花。百発百中の射撃の腕前は連射性狙撃性共に一流だ。
他にも、一見すると強そうには見えない和太郎や成美、麻美、勝也の銃や刀の腕は戦徒も良く知っている。
斎藤広だって…………うん。
勝てる。
冷静に現状を、現実を見て戦徒はあらためてそう確信した。
「おそらくあそこが謁見の間だ」
小島中隊長の指示で、先頭の部隊が前方の大きな扉を蹴破った。
東和兵の死体の山と血の海が広がっていた。
その中央で、両手で東和兵を一人ずつ握りつぶす巨人が、鋼の咆哮を上げてからこちらを睨みつけてきた。
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