第35話 王都解放戦④

 普段から砲音に慣れさせていた東和の軍馬でなければ、きっと怯えて騎手を振り落として逃げていただろう。


 被害を受けたのは直接光弾を受けた騎兵だけのようだ。

 それでも、一発で一〇〇人以上の騎兵が死んだだろう。


 前衛の騎兵は一斉射撃を慣行。

 数十人のエルフを撃ち殺して、残りのエルフ達は防御魔術である光の壁を形成して銃弾を防ぐ。


 そこからは激しい撃ち合いだ。

 東和軍は馬の足を止めてその場で銃撃戦を行う。


 エルフ側は二人一組になって、一人が防御魔術を、一人が攻撃呪文を撃ち続ける。


 大陸に上陸する前、戦艦の防御呪文を突破するのに何百発もの砲弾を叩き込む必要があったが、今回は違う。


 エルフの戦艦には防御用の特別な術式が幾重にも組み込まれ、巨大な魔法陣が中に形成されている。


 エルフ一人がエルフ一人分の魔力で作った防御魔術ならば、近代兵器の力で破れない事はない。


 騎馬隊を先行させたため、ここに大砲やガトリングはないが、とっておきの火薬兵器があった。


 騎馬隊の後方から棒火矢を持った兵が次々着火。城門前のエルフ達に撃ちこんで行く。


 近距離用の棒火矢はエルフの防御呪文に当たるや否や爆発。


 さらに前衛の兵達は腰につけた手榴弾を投げつけた。


 東和の子供たちの一般的な遊びの一つに石投げがある。

 手の平大の石を出来るだけ遠くに、できるだけ正確に投げるこの遊びが一般的な東和男児の強肩、命中率、飛距離たるや絶大の一言に尽きる。


 投擲兵ではない騎兵でも、七〇メートル先のエルフの顔面目がけて正確に手榴弾を剛速球でカッ飛ばす技能は、大陸の投擲部隊顔負けの神業だ。


 負けじと火球を放ってくるエルフの攻撃呪文で東和の騎兵は一人、また一人と討ち取られていく。


 だが戦徒の乗る紅丸は、戦徒が手綱を操らなくとも自ら判断し火球を避ける。

 かろやかな足取りでエルフの攻撃魔術をかわしつつ、周囲の様子をうかがっているように見える。


「こいつ本当に優秀な馬だな……」

「お前ら!」

 師団長である鷺澤四季男が振りかえり、戦徒達を見回した。

「このままでは埒があかん! 一気に突破するぞ! 作戦桜越えだ!」

『了解!』

 四季男はいい師団長だ。


 彼の声は大きく、そしてよく通る。


 声の大きさは一つの才能だ。

 無線の無いこの時代、大きな声は周囲の部下に一瞬で指示を伝達する手段であり、混乱の中、部下をまとめる最大の道具でもある。


 四季男の指示一つで棒火矢と手榴弾の射角が突然やや上がった。


 エルフ達は銃撃に備えて防御魔術は張ったままだが、自分達の頭上を超えて棒火矢と手榴弾が飛び越えていくのを見て、慌てて背後にも防御魔術を張った。


 爆発しても、魔術のおかげでエルフ達は軽傷で済んだが、城門はそうはいかない。


「なっ、まさかあいつら!」


 エルフ達が気付いた時には遅い。

 次々投げ込まれる手榴弾と撃ちこまれる棒火矢で北城門は爆破炎上、そして瓦解。


 続けてエルフ達の前に一発の手榴弾が投げ込まれたが、爆発したそれは忍びの煙幕弾だった。


 尋常ではない煙でエルフ達の視界が奪われた中、彼らは頭上の気配に気づく。


「もしや!」


 見上げた時にはもう遅い。


 長方形に展開した三〇〇人のエルフ部隊の頭上を、無数の騎馬が飛び越えている。

 馬の武器は足の速さだけではない、恐るべきはその跳躍力。

 馬は練習すれば、人の背丈など軽く飛び越えていく。


 馬の腹に視界を、空を奪われたエルフ達が息を吞む間に、二〇〇〇騎以上の騎兵が城内に突入した。


 慌てて攻撃魔術で迎撃。飛び越え祭りは終わりを迎えたが、三〇〇〇近い騎兵が城内に入りこんだだろう。


 だが追撃はできない。


 エルフ達は城内に進入できなかった残りの東和軍を相手にしなくてはならないのだから。


 しかし、騎馬隊が作った道を辿って歩兵や砲兵が次々に到着して、戦力差は開くばかりだ。


 その時、頭上から空軍のヒポグリフ隊、グリフォン隊、ワイバーン隊が救援に駆け付けた。


 エルフ側は数三五〇人のエルフとモンスター達。


 対する東和側は万軍と火薬兵器。


 この北城門前の戦闘は、ここからが本当の戦争だった。



   ◆



 城内に進入できたのは戦徒達と師団長鷺澤四季男率いる一個大隊。それに他の大隊や中隊を含め約三〇〇〇人。


 城壁と城を繋ぐ庭園で、四季男が目を細める。


「城までの距離二〇〇メートル! エルフ二〇〇人! 全軍突撃!」


 上空からひと際巨大なワイバーンが、魔術師隊と東和軍の間に降り立った。


 ワイバーンは東和軍に向けて扇状にブレスを吐いて威嚇。


 自身を倒さねば城には入れないという宣言だ。


 城内には大砲やガトリングは持ちこめていない。


 九六式小銃は弱い。手榴弾で殺すのが一番だろう、が、四季男の指示よりも先に動いた男達がいた。


「師団長さん」

「ここは俺達に」

「任せちゃくれねぇ」

「か?」

 鈴木四兄弟だ。

「あのワイバーンは」

「俺達が引きつけるから」

「そ」

「の隙に城へ入ってくれよ」


 四季男が逡巡すると、とある小隊の隊長が進み出る。

「鷺澤殿。我が部下四六名も加わります。我らがワイバーン騎兵を引きつけますのでその隙にどうか」

「よし、頼んだぞ! 引きつけるなんて言わず殺していいぞ! 他の者は全軍突撃‼ 散って走り、数でかく乱させながら突入する!」

『了解!』


 皆が力強く応えて走る中、戦徒の兄であり第二分隊の分隊長である戦也が鈴木四兄弟を振りかえった。


「おいお前ら、なんであんな事言ったんだ?」

「へへ、そいつを聞くのは」

「愚問だな」

「俺らもワイバーン殺しになってみたくなった」

「のさ」


 戦也は、前の戦いで自分が一人でワイバーン騎兵を殺した事を思い出した。

「そうかよ、じゃあ俺らは行かせてもらうぜ、ワイバーン殺し四兄弟」

「「「「がってんだ!」」」」


 戦徒がその姿に頼もしさを感じると、紅丸が勝手に走り始める。


 その速度はそこらの駿馬よりも上かもしれない。


 あとから走ったのに、紅丸は他の騎兵を次々追い抜かしていく。


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