第34話 王都解放戦③

「街にエルフが少ない。ほとんど素通りじゃないですか」

 分隊長の戦也が馬を橋本小隊長に近づける。


「連中、城で迎え撃つつもりなんじゃないっすか?」

「かもね、城門の前に魔術部隊が何百人もいると厄介だね」


 その後ろで、第三分隊の小林美紀が場違いな事を言い出した。

「ねぇ戦徒。勝也さ、結局あれから麻美に言ってないんだよ」

 言ってないとは、ようするに結婚の申し込みの事だろう。


 美紀と戦徒は、互いに二人の甘酸っぱい光景を見守った中である。


「あー、まーそうだろうな」

「この戦いが終わったらちゃんと告白するかな?」

「してくれればいいんだけどな。てかなんでこんな時にそんな事気にするんだよ?」


 戦徒は今、滾っていた。

 エルフ達の蛮行に、残虐性に、だから突然、色恋の話をされるのは不愉快だ。


「こんな時だからだよっ」

 美紀は、ちょっと語気を強くした。

「勝也だけじゃない、あんただって愛花の事ちゃんと考えてるの? 確かにあたしら結構強いかもだけどさ、でも流れ弾であっさり死ぬ事だってあるじゃない。なら言いたい事はちゃんと言っておかないと駄目だと思う。あたしには好きな人なんていないけど、でもだからあんた達にはちゃんとしてほしい。もし戦徒が死んだら愛花泣いちゃうよ!」

「……っ」


 ただエルフを倒すと、血潮を滾らせていた戦徒は考えてしまう。

 そして冷静に熱い言葉を口にする。


「心配すんなよ美紀。俺は生き残る、生きて愛花を幸せにする。愛花!」

 背後から呼ばれて、愛花は振り向く。

「何よ戦徒?」

「この戦争が終わったら祝言あげるぞ!」


 愛花の顔が赤く染まって、頭から湯気を噴いた。

「ななななななな、何戦場でどでかい死亡旗立ててんのよ馬鹿! あんた死にたいの!?」

「うるせぇなぁ! その方がなんかやる気出るだろ! この戦争終わって植民地解放に成功したらお前と祝言あげてお前と子作りしまくってやる! だから愛花も約束してくれ!」

「~~~~馬鹿馬鹿馬鹿! こんな時に何言ってんのよ馬鹿ぁ! うぅ……」

 馬上で両手を顔に当てて、愛花は涙目で言った。

「と、当然でしょばかぁ…………」

「よし! 絶対生き残ってやる!」


 その時、一発の業火が、背後の部隊を焼き尽くした。

 戦徒のすぐ横で美紀が悲鳴をあげる。


「ワイバーン!?」

 民家のせいで気付かなかった。

 右手の空から突然姿を現した一頭のワイバーンは、戦徒達の背後にブレスを二度、三度と吐く。


 戦徒達を正面から見下ろし、背後にホバリングするようにして後ろ飛びという器用な事をするワイバーンの背で、騎手のエルフが口角を上げた。

 焼かれたのは第四小隊だった。


 数騎の騎馬が死体に転んで、それより後ろの騎馬は焼死体を飛び越えたり横から避けて走った。


 同じ中隊に所属し、少なからず面識のあった人達の死に、戦徒は心臓が熱くなる。

 城へと続く広い大通りを、戦徒達はワイバーンのブレスをかわしながら馬を駆らせた。

「喰らえ猿共ぉ!」

 ワイバーンが口を開けて、次のブレスを放つ。

 その射線上には、戦徒がいた。

 戦徒はとっさに手綱を操り逃げようとする。


 間に合わない。そんな確信がよぎった時、一発の棒火矢が狙い澄ましたようにしてワイバーンの口の中に跳びこんだ。


 一発の炸裂音が空に汚い花火をまき散らしてワイバーンは墜落。地面に激突した。


「私がきまぐれで放った棒火矢が偶然たまたま当たってしまいましたね。ゲス侍を葬る機会でしたのに、残念無念」


 忍びの涼宮涼香が残念そうな顔で馬に乗りながら戦徒と並走する。


「助かった涼香!」

「いえいえ、お礼はのちほど私のおもちゃになって頂ければ」

「すっげーいやな予感しかしないなそれ!」

「ええ、ですから生き残って下さい。それも嫌なら帳消しにするだけの活躍をして下さい」

「?」

「私は城に忍びこんで裏から援護しますので、こちらの馬に乗り換えて下さい」


 涼香は自分の馬の首を慈しむようになでる。


「この子は私の忍び馬の紅丸です。必ず貴方の役に立ってくれるはずです。では」


 涼香は戦徒の馬に跳び乗り、後ろに座ると、戦徒を放り投げる。どこにこんな筋力があるのだろうか。


「え、ちょぉ!」

 涼香の忍び馬は走りながら、戦徒を背中でやわらかく受け止める。

「では」

 涼香は隊列からはずれて、どこかへと消えていった。

「なんなんだよあいつ。まぁいい」


 戦徒は態勢を整えて紅丸に座り直す。なるほど、名前の通り、ちょっと毛並みが赤っぽかった。


「頼んだぞ紅丸!」

 紅丸はちらりとこちらを見て『任せな小僧』と言わんばかりの人間臭い表情で視線を交える。

「見えたぞ! 城門だ!」


 指揮官が叫ぶ。

 前方の城門前には少なくとも三〇〇人の魔術師部隊が待ち構えていた。

 だが、その全身は光を帯びて、その光が一斉に頭上へと収束した。

 鷺澤四季男が気付く。


「全体魔術が来るぞ! 散れぇ!」


 エルフ達の頭上で成長した光の玉は、直径一〇メートルはあるだろうかという巨大なものだった。

 それが戦徒達の頭上へ放たれ、炸裂した。

 無数の光弾は地面や民家へ無差別に降り注いで騎兵達を焼き殺す。

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