魔力0の天才魔術師 〜魔法使えないけど弟子の公爵令嬢を最強賢者に育てます〜

すかいふぁーむ

第1話

「こんなところで何してるの?」

「これかい? これは魔法の研究だよ」

「魔法?! おじちゃん、凄い魔法使いなの!?」

「あはは……残念ながらおじさんは魔法が使えないんだ」

「え……? じゃあなんで魔法のお勉強なんてやってるの……?」

「そうだなぁ……」


純粋無垢な幼い少女の瞳には、なんとも楽しそうに語る自分がいることに気づいた。


「魔法が好き、だからかな」

「そうなの! それは良いことね!」

「ああ、そうだね」


そんな他愛無い、相手からすれば覚えてもいないだろう一つの言葉に救われて、今があった。



「あの時のおじさまは私のことを覚えてくれているだろうか」


きっと覚えていない。それでも、もしかしたら、少しでも記憶に残るものがあるとすれば……。


「私の活躍をどこかで聞いてくれるかもしれない」


天蓋付きのベッドに沈み込みながら何度も見た夢を見る。


「あの時教えてもらった魔法……あれのおかげで私は……」


持てる術を全て使い尽くしても、あの時教えてもらった、あのおじさまにとっては「とても簡単な」魔法の正体は、見つかることはなかった。


「どこにいるんですか……? おじさま」


その声はいつもどおり、誰にも届くことなく広すぎる部屋に寂しく響くだけだった。






「いやぁ……まさかね……」


 やって来たのはビレイム公爵邸。ずっと森の中で一人寂しく生活して来た自分にとっては、その壮観すぎる景色にただただ呆気に取られるしかなかった。


「貴方は命の恩人です。特別なことは出来ませんが、お礼くらいはさせていただきたい」

「いや、大したことでは……」

「何をおっしゃいますか。あのような森の中で長年研究されてきたともなれば、さぞ高名なお方に違いない」

「いやいや、本当に才能もなく……」

「またまたご謙遜を……まぁそこは深く詮索はしないでおきましょう」

「ははは……」


 ダメだ。完全に勘違いされてしまっている。

 なんでこんなことになった……。


 ◇


 今日もいつもと変わらない。住処になった森を巡回してその日の食い扶持を稼ぐ生活を送っていた。

 もうこんな生活を続けて何年も経つ。幸い森の中は俺の研究を邪魔するものはいないし、それまでに集めた文献と道具で様々なことができる。

 消耗品だけはたまに買いに行くことがあるが、それ以外は人を見ることも少なかった。街に出れば森でとれたものを持ち込んで消耗品のための日銭にしていた。


 だというのに今日は、久しぶりに人に出会ってしまった。


「なんでこんなところに……」


 俺の嘆きでもあるし、おそらく目の前にいる身分の高そうな人間とその護衛たちの嘆きでもあっただろう。

 人里から離れた山の中ではあるが、ここは一応俺でも生活ができる安全な森のはずだ。

 だというのに彼らを追っていたのは、細長い身体を漆黒の鱗を纏うリザード。ただのリザードなら護衛がいれば問題はないのだが、これが普通のリザードでないことは明らかだった。


「変異種……しかも黒竜……」


 知識のある人間であれば誰もが死を覚悟する相手だ。

 危険度B級。武装した兵士およそ100人に相当する戦力が必要な魔物。数人しかいない護衛にそのような力はないだろう。

 誰もが死を覚悟する相手。まさに命からがら逃げてきたことがその姿からうかがえた。


「見てしまった以上……助けないのは寝覚めが悪いな」


 収納石からスクロールを一つ取り出す。

 予め魔力と術式を組み込んでおくことで私のような魔力のない人間にも魔法を使わせてくれる便利な道具だった。

 もっとも、魔力があればかからない金を毎回かけて魔力を充填してもらう必要があるというのは如何ともしがたいものがあったが。


「まあ、魔力があればこんなこともしようと思わなかったか」


 スクロールを準備してからもう一つ、収納から液体を取り出す。


「当たってくれよ!」


 放り投げたビンは綺麗に黒竜の背に命中した。良かった。日々の狩猟の成果だな。的がでかいだけという話もあるがそれはそれだ。


「当たりさえすればあとは……」


 火の魔法の応用。

 火属性の持つ能力のうち、温度を司る分野にのみ特化させたスクロール。


「ギャウッ!?」

「引いてくれよ……」


 液体の中身と合わせ、黒竜にとっては信じられない寒気を味わっているはずだ。それこそ、冬眠に遅れたと錯覚するくらいには。


「なんだこの魔法は?! 一体どこから!?」

「このような魔法見たこともないぞ! 見よ! 黒竜が慌てて逃げていくではないか!」

「凄まじい……黒竜をたった一人で……」


 妙に熱のこもった視線を向けられてしまった。

 本当にすごいやつは逃したりせずに仕留めるんだが、命からがら逃げおおせてきた彼らからすればそのような発想には至らないのも仕方なかった。


「助かりました……」

「いえ、ではこれで」

「そんな! せめてお礼をさせてください。このまま命の恩人に何も持たせず帰ったとなればビレイム家末代までの恥にございます」

「そんな大げさな……ん?」

「どうかなさいましたかな?」


 改めて追われていた男を見る。

 ハゲ上がった頭に片方が焼け落ちているがいかにもなカールした髭。そして何より、ボロボロになりながらも存在感が消えない高価そうな衣服。


「ビレイム家……?」

「いかにも。この周囲を治めさせていただいております公爵家のものにございます」

「公爵……」


 どこかで聞いたことがあると思ったら……。王家の血筋だぞ、それ?


「さぁさ、馬車も失いまして足もございませんが、是非屋敷まで……」

「いやぁ、私は……」

「我が家は王家から独立した魔法使いの一族です。貴方様のような高名な魔法使いをお呼びできたとなれば一族の誉れ。代わりと言ってはなんですが、蔵書もそれなりのものです。是非ご自由に見ていただければ」


 蔵書……。

 なるほど……それは気になる。


「では参りましょう」

「あ、あぁ……」


 なし崩し的に屋敷についていくことになってしまった。



「さて。この度はなんとお礼を申してよろしいか……」


 馬鹿でかい屋敷の馬鹿でかい部屋に招かれてしまった。久しぶりにこんな美味しい菓子を口にした気がする。

 いけないな。最近は食事を疎かにし過ぎていた。


「お気に召していただけましたか」

「ええ。とても美味しいです」

「何より! よろしければお持ち帰りください。一年分はございますので!」

「そんなに!?」


 数もそうだがよほど良い保存魔法具がなければそんなにもたないだろう。さすが公爵家だな……。


「ところで、お名前も聞いておりませんでした」

「ああ、失礼しました。メルクと言います」

「ふむ……メルク殿、すみません。私も魔法使いの家系におりながら寡聞にして貴方様の名を存じ上げませんでした。いやまぁ、明かせぬ名もありましょう。そこは詮索いたしません」


 そんなものないんだが勝手に話は進んでいく。


「お礼に必要なものがあればなんなりと」


 そういうと次から次へと宝具や金銭の話がポンポン飛び交う。苦労して手に入れていたスクロールも整うなぁとは感じるものの、そこまでのことはしていないので受け取るのも躊躇われる。

 やはり予定通り蔵書を見せてもらうとしよう。


「私は金品は求めません。蔵書を見させていただけるのであれば、それに越したことは」

「流石です……いやはやお恥ずかしい。確かにそれだけの実力をお持ちであれば私の持つ金品など些末なものでしたな」


 まったくもってそんなことはないんだけどな……。

 と、その時だった。


「おや?」


 強力な魔力の波動を感じた。屋敷の中だ。

 一応警戒はするが、屋敷の主人であるビレイム公爵に焦った様子が見られないので大丈夫だろう。答え合わせはすぐに行われた。


「娘ですな」

「娘さんが……これは、かなり優秀な」

「いやいや、メルク殿に比べればまだまだ……」


 いや、俺より才能のない子などこの世にいないぞ?

 それはおいておいたとして、これだけの魔力、それも屋敷の中で大きな事故も起こすことなくやってのけられるのは、かなりの才能の持ち主だ。

 気になる……。蔵書以上に気になる存在だ。


「同世代の中ではまあ、それなりにやれておるようではございます」

「そうでしょう」


 何とかして一目見たいと思った。いまかんがえれば、なにがそうかきたてたのかよくわからないが。

 そのチャンスはビレイム公爵の側からもたらされた。


「もし、メルク殿が興味を持っていただけるというなら、娘に一つ指南していただきたいものです」


 だが……指南、か……。

 かれこれ長くやってきたが、魔力0、才能0の私に師事するものなどいない。これまでも、そしてこれからもそれはそうだろう。


「どうでしょう? 一度娘を見ていただけませんか?」

「娘さんが納得しないでしょう」

「流石はメルク殿……そこまで見破られておりましたか」


 やはり……。

 と思いきや話はそうではないらしい。


「その通りでございまして……かれこれもう50は指南役をあてがいましたが、どれも娘には気に食わなかったようでして……」


 我がまま娘か! いや、それほどに優秀なのかもしれないが。なおのこと気になってくるな。


「ですがメルク殿であればと……とにかく、一度あってはもらえませんか」


 貴族に頭まで下げさせてしまったわけだし、動かないわけにいかない。

 私も見てみたい。これだけの魔力の持ち主、私には与えられなかった才能の持ち主を。



「私に教えるつもりなら、このくらいのことができてからにしなさい」


 第一声がこれだった。

 明らかに高い白のドレスに身を包んだ少女、いやもう大人だろうか。この国は15で成人だしな。

 髪は短く見えるがアレンジが施されている。顔だちは王都でもお目にかからないくらい整っていた。まだあどけなさの残るものの、勝気な吊り目もチャームポイントになるくらいの美少女だった。


「これ! この方は高名な……」


 ビレイム公爵が言い終わる前に彼女の指先から光が漏れ出し、外にむけた瞬間森の木の枝が一本弾け飛んだ。

 まさかこれは……。


「この魔法、どこで」

「ふふ……貴方には出来ないでしょう? わかったら……」

「素晴らしい!」


 これだけの才能、どこで!?

 そしてあの魔法! 興奮が隠しきれない。


「そ、そうでしょう。私に教えることなんて何も」


 すこしたじろいだ様子の少女が何か言い切る前に思わず言葉を挟んでしまった。


「まさか光魔法、いや雷魔法か、いずれにしても第五属性、理論は組み上げていたがこうして目の前で他人が使うのを見ることができるとは! まさかもう外の世界ではこの魔法は一般化されているのか?!」


 興奮を隠すこともなく少女に詰め寄る。端正な顔を引きつらせながら距離を取られるが今はそんなこと気にもならない。


「してるわけないでしょ! これは私とあの人だけの魔法よ!」

「そうか……あの人というのも気になるが今はいい。そうだな……今の魔法はおそらくここが……これをこうすれば……」

「何をぶつぶつ言いながら……」


 少女が何か言っているがそれよりも大事なことがある。思いつく限りの情報を紙に殴り書いていき、組み上がった部分からスクロールに落とし込んでいく。


「何をしているのかわからないけれど、他所でやってもらえるかし」

「できたぞ!」

「本当に人の話を聞かないわね!」


 なんで起こっているのかわからないがとにかく今はこっちだ。


「わかるか?」

「一体何を見せようという……え……?」

「中心部がこの魔法の根幹になる魔法陣。これまで存在しなかった五つ目の属性。私は光と呼んでいるが広まるときは雷になるか?」

「嘘……これ……」


 少女に噛み砕くよう一つずつ魔法陣の意味を説明して行く。いや多分、私が話したいだけだろうな。

 少女は私の説明など聞くまでもなく理解した顔をしていたが、私が話すのを待ってくれていた。


「そして今君が使った魔法はおそらくこの部分まで改良がなされている。引き絞った魔力を離れた場所にのみ作用させる効果」

「ええ……」

「ここが新たなポイントだ。意味は……わかるかい?」


 少女が考え込む。この少女がどこからこの魔法を導き出したのかはわからないが、できるはずだ。


「まさか……」

「できる」


 一番外に記した新たな魔法陣。これにより木の枝どころか森を焼き尽くす極大魔法が完成する。

 ただし、この魔法は術者の魔力でなく、環境に依存する。雑な補足をするならそう、天気が悪い日の方が使い勝手は良さそうだ。


「やってみるかい?」

「ええ……はい!」

「よろしい。くれぐれも人の住むところに向けばいけないよ」

「もちろん。あの辺りなら誰も住んでいないはずです」


 そう言って森の一画を指差し、魔法陣に魔力を流し始める。ん? あの辺りは誰も……?


「待て!」

「え? あ……」

「あ……」


 強烈な爆発音。空から突如現れた巨大な光の支柱が森に降り注ぎ、そのまま森の一角を根こそぎ破壊し尽くしていた。おそらく私の住んでいた小屋も跡形もなく消しとんだだろう。


「何か問題が……?」

「いや……私の家がな……まあいい」

「ええ?! ごめんなさい私……」

「大丈夫だ」


 必要なものは収納して持ち歩いていたしな。小屋くらいまた、建てればいいだろう。

 そんな会話をしているとビレイム公爵がハッと我に返ったようにパタパタとこちらへやってきた。


「だ、大丈夫ですか?!」


 ビレイム公爵が窓から森を見下ろして目を白黒させていた。


「これは……メルク殿が?」

「いやいや……お嬢様の魔法ですよ」

「まさか?! こんな高度な魔法……もはやこれは神域魔法では……」


 ビレイム公爵の驚きようはまあ多分、大袈裟ではない。

 神域魔法、Sクラスの魔法の別名。要するに、天災レベルの規模という意味だ。

 この魔法には確かにそれだけの力はある。


「言い過ぎよ」

「まぁ、今はだいぶ威力を抑えていたからな」

「威力を抑えてこれだけの魔法を……? やはり貴方は賢者様でしたか」

「いやいや……」


 賢者が魔力0とか笑えない。それを言うなら娘が立派な賢者になるだろう。この歳でここまでなら。


「お父様。この方に正式に師事したく思います」

「おお! それは本当か?!」

「ええ。ようやく出会えました」

「そうか、それは……本当に何より……」


 嬉しそうだな……。相当この件で苦労させられていたことが伺える。

 ただ待て、俺はやるとは言ってないぞ?


「よろしくお願いします。師匠!」

「いや、えっと……」

「そうだお父様、この方にふさわしい住居も与えてください」

「それは構わんが……元の住居は良いのですかな?」


 今娘さんの魔法で壊れましたとは言えず、曖昧に頷いておいた。


「ではすぐに手配させましょう。それから、貴方のような高名な魔法使い殿を家庭教師に招いたことはお恥ずかしながらありませんが、一級の宮廷魔術師にお支払いしていた金額はご用意いたします」

「一級?!」

「そうよお父様、一級で足りるはずないでしょ。この方は特級クラスよ」

「失礼いたしました。すぐに特級クラスの金額をお調べいたします」

「いやいや……」


 一級に驚いたのは低すぎるとかそんな図々しい話じゃない。

 宮廷魔術師は三級から等級に分けられており、それぞれ莫大な報酬を受け取っている。三級でも伯爵と同じ給金に加え、戦争や国家依頼のたびに追加で報酬が得られる。一級ともなれば公爵家の資金力を持ってしても馬鹿にならない金額のはずだ。


「心配しなくても、あれでお父様は元々商才があるから」

「なるほど」


 ただの公爵の資金力ではないというわけか。領地も栄えているようだしな。いいことだ。


「と、いうわけで、よろしくお願いします。師匠」


 あれ……なし崩し的に決まってしまったぞ……? 大丈夫か? これ。


「わかってると思うけど俺は魔法の才能はないぞ?」

「知っています」

「そうか……」


 そりゃこれだけ才能のある子にならすぐに見抜かれるだろうな。


 魔法の才能。

 絶対に努力で埋められない呪い。

 俺には全属性に魔力適性がなく、また魔力の測定でも全く計測器を反応させなかった実績がある。

 もちろん魔法なしで生きることはできるし、ほとんどの人間は実践レベルで魔法を扱うことはできないわけだが、ここまで見事になんの才能もないケースは稀だ。


「才能なしでここまでこられたということが、師匠のすごいところね」


 屈託なく言い放つその姿が、なぜか俺を支え続けてくれたあの少女と重なる。


「師匠、覚えていませんか?」

「何を……?」


 突然そう少女が言った。

 ふいに、俺の顔を覗き込む端正な顔。悪戯な笑みを浮かべてすぐに距離を置き、こう続けた。


「魔法の才能がなくて、魔法が使えないのに、どうしてずっと研究しているの?」

「それは……」


 まさかと思う。

 だがその問いに聞き覚えがある。

 吸い込まれるように、そして、一文字ずつ噛み締めるように応えた。


「魔法が、好きだから、だね」

「そうなの。それはとても、いいことね」

「ああ。いいことだ」


 あの時の少女。

 全て繋がる。あの魔法を教えたのは後にも先にもこの子だけだ。だから彼女は、四つしかないとされていた魔法に新たな基本属性である光魔法を実現させた。紛れもない、私が教えた魔法。

この子はまさに私の唯一の弟子だ。


「師匠。私は優秀な弟子になれますか……?」


 つぶらな瞳を不安げに揺らし、上目遣いで尋ねる美少女。

 あの時の少女が重なる。

 私が教えたのは本当に簡単な、基本的な魔法だけだ。それをここまでのものに仕上げたのは紛れもなく、彼女の才能に他ならない。


「もちろんだよ」


 魔力の才能がまるでない私と、賢者の卵と言っていい才能が再び出会った瞬間だった。


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