檸檬中毒者
第6話 真のクズ
『この度は我々のパーティーにご参加いただき、誠にありがとうございます。ごゆっくりとお楽しみを。』
今回の始末対象がグラスを高く掲げて開会の挨拶を述べ、パーティーの参加者たちから歓声にも似たような声が次々に上がる。
「…………」
ラドゥも周りを見倣って無言でグラスを高く掲げ、他の客に紛れた後耳に付けていたピアスをこつこつと叩く。その様子をバーカウンターから眺めていたロベルトが静かに首を横に振った。始末はまだだ、と言うことだろう。
『…おや、そこのご令嬢。』
「……!」
対象から声を掛けられ、思わずラドゥの身体が強張った。声に敵意は見えない…警戒はしていないようだが、ラドゥは普段ジェリコ以外には動かすことがない表情筋を何とか動かして表情を作ってから相手に答える。
「何でしょう?」
『それ、とても美しいドレスだ…どこで買われたんでしょう?是非行きつけにしたい…教えていただけると嬉しいのですが。』
「…このドレス、ですか?これは、確か…母から貰ったものですから…母がどこで買ったかは知りません。」
『そうですか…では失礼。』
ラドゥが貴族の令嬢らしく眉を下げて軽く謝意を述べると相手も興味を無くしたのか別の参加者の方へと歩いていく。相手が別の参加者と話し始めたのを確認してからロベルトにちらりと目線を飛ばすと、ロベルトは客と世間話をしつつラドゥの目線に答えて瞳を伏せた後グラスを静かに床へと落とした。がしゃん、とガラスが割れる音を聞いたラドゥはドレスの裾を素早く破り捨てて獣のように相手へと飛び掛かっていった。
『…なっ…!』
突然飛び掛かってきたラドゥに慌てた様子で拳銃を構えた相手がラドゥ目掛けて引き金を引く。
「…」
相手がラドゥに向けた銃口から銃声と共に弾丸が飛び出す。その銃弾を気だるげな表情のまま目視で避けてから相手の足を引っ掛け、無駄の無い動きで素早く相手に馬乗りになって銃を蹴り飛ばし、腕には膝を乗せて体重を掛け、ほぼ一瞬の間に全ての動きを封じた。
『…初めて見た時より随分と大人びているけどその顔。君はランパート家のお嬢様の…
ラドゥ・ランパート様じゃないか。』
ラドゥに馬乗りになられ、圧倒的不利の中で相手が不敵な笑みと共に発したその一言を聞いた瞬間、先程までは冷静だったラドゥの脳がまるで湯が
「…俺を、その名前で…忌々しいランパート家の名前で、呼ぶな…ッ!」
ラドゥはテーブルの端に置かれていた果物ナイフを掴み、相手の喉に鋭く光る切っ先を当てて普段ジェリコに対して以外感情の起伏が乏しい彼女にしては珍しく声を荒らげ、
『初めて見た時は…3才くらいだったかな?
母上のドレスに隠れて裾を掴んでいた…あの内気なラドゥ嬢がここまで強くなるとは。』
「…黙れ…!」
『ああでも、皮肉だな。「あの」ランパート家のご令嬢が俺を殺しに来るなんてさ…寧ろランパート家こそが』
「…とっとと黙れッ!!」
『…君の言う「どうしようもないクズ共」の一家、なのにな?』
「………ッ!」
獣のような眼光を光らせるラドゥが歯をきつく噛み締め、歯が
「ラドゥちゃ~ん?ロベルトの指示に無いことしちゃダメだってば。そんなことしたら俺、ラドゥちゃんのこと殺さなきゃいけなくなるじゃん。それヤなんだけどさ~。」
ナイフを突き刺しかけていたラドゥの耳に、いつもの間延びした軽薄な声が聞こえる。ラドゥがその声に反応して思わず顔を上げるとそこには一人の男が立っていた。服装はいつものジャケットではなく高級そうな黒のタキシードをきちんと着込んでいたが、その貧弱そうな細い体格と軽く前髪がウェーブした金髪、そして軽薄な笑みを浮かべる口許はラドゥには見覚えがある。
「…ジェリコ…さん…」
ラドゥの動きがビデオデッキの停止ボタンを押されたようにぴたりと止まり、小さく呟くような声でその人物の名を溢す。
「ん、俺?勿論ラドゥちゃんのパートナーのジェリコだよ~。そういやこの服似合ってる?こういうの初めて着るんだけどさ。」
ジェリコはパートナーの豹変ぶりを見てもいつもと全く変わらない調子でラドゥに答え、タキシードを軽く引いて少し自慢げに見せつける。
「……ははっ…似合ってない、っすね。」
そのいつもと変わらないジェリコの態度に頭に昇っていた血がすうっと引き、ラドゥの昂っていた気持ちが冷静になっていく。ジェリコの軽口に弱々しい声で答えていると後ろから突き飛ばされたロベルトが痛そうに腰を擦りながら近寄ってきてラドゥの肩を軽く叩き、諭すような口調で呟く。
「…ラドゥ。君はどうしようもないクズ専門の始末屋で、ジェリコのパートナーだろ?それ以上でも以下でもない。キミがどんな生まれだろうが、僕たちには何も関係ない。…胸を張りなよ、ラドゥ。君は僕たちの仲間なンだから。」
ロベルトが話し終わってぶつくさと突き飛ばされたことに文句を垂れながら死体の方へと歩いていくとジェリコの後ろから同じようなタキシードに身を包んだモリスもひょっこり顔を覗かせ、うんうんと頷きながらいかにも感慨深いような様子で語りつつロベルトを追いかけて死体の方へと向かう。
「そうそう、チビは誰が何て言おうと俺らの仲間のチビでしかね~って。その…なんだ?チビが『ランパート家のお嬢様』でもチビはチビだろ。ジェリコのパートナーのチビってことにはなんも変わりねぇよ。」
モリスの言葉を聞いたラドゥは流石に腹が立ったが、それは先程までの我を忘れるような怒りではなく心無しか心地好い怒りだった。無意識の笑み混じりにモリスを睨み、いつもの調子の無感情ながら節々に怒りの混じったような言葉を返す。
「…チビチビうるさいっすよ、モリスさん。大体俺にはラドゥって名前があって…」
「お、いつものチビに戻ったじゃん!これで安心だな!ロベルト~、そっちの死体持ってくれよ。」
モリスはざわつく参加者を無視しつつ死体の足を持ち上げて快活に笑いながらラドゥの反論を聞き流し、資料と二つの死体の顔を見比べていたロベルトに指示を出す。
「…分かったよ。」
ロベルトも今日ばかりはモリスに小言を垂れることなく頷き、青年の死体の身体を横抱きに抱えてひょいと軽々持ち上げる。
「それにしても…ロベルトって励ましとか言えたんだね?俺てっきり人間に興味ないのかと思ってた。」
ジェリコのその言葉を聞いたロベルトは今日一番クラスに深く深くため息を吐き、苦々しそうな表情で言葉を返した。
「…あのね。前から思っていたけれど…キミたちは僕のことを一体全体何だと思ってるンだい。まさか残忍で冷血なロボット、だとでも思ってるのかい?」
「え、そうじゃね~の?」
「…モリス…君は後できっちりお説教だね、この役立たず。全く、馬鹿言うンじゃないよ…この僕にだって人並みに感情はあるに決まってるだろう?…ま、何はともあれ…あの組織は壊滅だろうね。組織には全員優秀なのとトップだけが優秀な烏合の衆があるけど…あの慌てようからしてあれは後者だ。後は君たち二人が地道に始末していけば跡形もなくなるよ。」
「……。」
モリスとロベルトは何かを言い争いながらラドゥたちの前を先導するように歩いていく。
何も言えずにその場に立ち止まっていたラドゥの肩にぽんと軽く手が置かれる。
「ラドゥちゃ~ん♪行かね~の?」
後ろからいつものにやけ面のままラドゥに軽薄な声を掛けてきたのはジェリコだった。
「……言われなくても行きますよ。…あんたこそ、遅れないようにしてくださいっす。」その態度に思わず口許が緩むがすぐに自分で気付き、急いで引き締めた後にいつもの調子を装った声を返してモリスとロベルトの後を追って走り出す。後ろから情けない声を出しながらジェリコも走って着いて来ていた。
四人の人影は事務所に向かって歩を進める。相変わらず主に濡れ羽色の方が口を開いて言い争いをしている朱髪と濡れ羽色の髪、何やら吹っ切れた様子の小柄な金髪と息を切らしながらその後を追う長身の金髪。
「…ああ、そう言えば…ロベルトさん。あのクズ、何やってうちに始末されることに?」
「…資料によるとあのクズは人身売買、臓器売買…その他麻薬なんかも売ってたみたいだね。今回のパーティーもどこぞのお嬢様を一族郎党皆殺しにして奴隷にしたことをお披露目する目的だったらしい…はン。見事なまでのクズっぷりに反吐が出るね、全く。」
檸檬中毒 匿名希望 @YAMAOKA563
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