第5話 ラドゥとロベルト
『お、金髪コンビのチビの方じゃん!なんか無駄にびっしょびしょじゃね?』
戻ってきた朱髪が先程の土砂降りに降られ、服や髪どころか下着までぐっしょりと濡れて濡れ鼠のようになった着替えかけのラドゥに手を振りながら馴れ馴れしい調子でラドゥの古傷が目立つ背中をばしばしと乱暴に何度か叩く。
「……モリスさん。…何回も言ってますけど俺のことチビって呼ばないでくれます?俺にはラドゥって名前があるんすよ。」
背中を叩かれたくらいでラドゥのパートナーであり、男にしては
『え~?だってチビはチビじゃんよ。あ、それはそうと…次のクズはいっつもチビとジェリコが担当してるどうしようもないクズより相当ヤベーみたいだぜ。
モリスは悪びれる様子もなく、かと言って睨まれて
「…潜入?俺が?ロベルトさんとっすか?」そう囁かれたラドゥは訝しげな表情を浮かべてモリスに問い返す。
『そそ。チビが、ロベルトと。スラム最強のチビと最凶バーテンの一日限定コンビ。』
モリスはラドゥを指差しながらそう言った後楽しそうに笑い、相変わらずそちらを敵意剥き出しで睨んでいるラドゥに特に怯えもせず『んじゃな~…あ、そうだ。俺はチビのパートナーのジェリコとやることあっからさ。詳しいことはロベルトに聞いてくれよ?』ひらひらと手を振り、快活な笑い声を上げながらその場を立ち去っていった。流石に疲れていたのでラドゥが言葉を挟む隙も無いままその場から逃げたモリスを追う気力もなく、モリスの言葉の通りモリスのパートナーであるロベルトの元へと重い歩を進める。
ラドゥがロベルトの仕事場へ着いた時、ロベルトはラドゥが殴り殺して土砂降りの中回収を依頼した死体をちょうど処理中だったようで、書類の束を片手に蓋が開いた焼却炉の前に立っていた…ロベルトがいつも掛けている色の濃いサングラスに揺らめく赤い
「ロベルトさん。」
ラドゥは仕事中のロベルトにも聞こえるように少し声を大きめにして呼ぶ…が、余程仕事に集中していたのかロベルトは返事を返さない。もう一度呼びかけるとようやく声の主に気付いたようで焼却炉からラドゥの近くまで歩み寄り、サングラスをずらして目線を合わせる。宝石のような美しい二つの濃い青が真っ直ぐにラドゥを貫き、黒いレインコートのフードを取ると濡れ羽色の髪を露にした。
『…ああ、何だ…誰かと思ったらキミか。僕に何か用?』
「次の始末、俺はジェリコさんじゃなくてロベルトさんとコンビ組むって聞いたんで。詳細聞いとこうと思って来たんすよ。」
ラドゥの言葉を聞いた途端、ロベルトが瞳を伏せて疲れたような口調で溜め息を吐く。
『…そのこと、誰から聞いたンだい?ああ、言わなくても良いよ…どうせモリスからだろう?あの馬鹿は本当に口が軽いンだから…。僕だけじゃ飽き足らずいよいよキミにもその馬鹿っぷりを披露するなンてね。やっぱりあの馬鹿には一回きつく釘を刺しておかないと駄目なのかな。』
「まあ、そうっすけど。俺、別に迷惑掛けられた訳じゃないですし…そこまでしなくてもいいっすよ。で、それって本当なんすか?」
ラドゥがフォローするように口を開くとロベルトは忌々しそうな、しかしどこか満更でもなさそうな表情を浮かべながら顎に手を当てて首を傾げつつ答える。
『…そうかい?それなら良いンだけど。ま、そうだね…次の始末は僕とキミがコンビを組んで対応することになるンだろうね。』
「あ、そういえば…ロベルトさんは勿論バーテンダーなんでしょうけど、俺って何の役目するんすか?」
その問いにロベルトは手にしていた資料をぱらぱらと捲りつつ答えた。
『確か、キミはね…ああ、これだ。貴族のご令嬢…とあるよ。…悪いけど、ご令嬢なンてキミに演じられるのかい?』
ロベルトから訝しげな目線を向けられたラドゥは仕方ないとでも言わんばかりに肩を竦めた。
「…俺、色々と雑っすからね。まあ、でもそれくらいなら演じれますよ。…何せ、貴族の令嬢は昔取った杵柄…っすから。」
『…?キミは何を言っているンだい?…まあ、いいか。精々ボロを出さないようにして欲しいものだね。…それじゃあ、着替えたらまたこっちに来てくれ。僕とキミで行う作戦の打ち合わせをしようじゃないか。』
ラドゥがぼそりと付け加えた意味深な発言にロベルトは首を傾げながらもマスク越しに目尻を歪に下げた皮肉な笑みを浮かべ、サングラスを目元に戻して濃い青の宝石を隠すと手をひらりと一度だけ振り、先程死体を燃やしていた焼却炉の方へと立ち去っていく。恐らく確実に焼却処理したことを確認して上にその事を報告するのだろう。
「………はぁ。気分乗らないっす…。」
ラドゥはロベルトと別れた道中文句を垂れながらも与えられているほぼ寝るだけの自室へと戻り、一直線にクローゼットに向かうとその扉を開く。クローゼットの中から仕事着である無骨でサイズの大きめな黒いジャケットたちに紛れて細やかなレースやフリルの装飾が施されている、このようなドレスによく有りがちな色とりどりの宝石が散りばめられたりはされていない、いささか豪奢さには欠けるものの品の良い青のドレスが覗いている。
「……封印するつもりだったんすけどね。」
ラドゥはぼそりと嫌そうな口調で呟き、そのドレスをクローゼットから引きずり出すと更に奥に隠されていたジュエリーボックスからブレスレットとネックレスを取り出し、鏡の前に立って青いドレスと高級そうなアクセサリーを身に付け、髪を軽く整える。途端にラドゥは普段のお洒落に気など遣わない無骨な雰囲気から一変、どこかの名門一家の貴族令嬢といった雰囲気へと変化した。ラドゥは相変わらず嫌そうなため息を吐きながら部屋を出、先ほどの焼却炉前へと歩を進める…ロベルトは表向きの仕事であるバーテンダーの衣装に着替えて既に来ており、火の消えた焼却炉に凭れ掛かってラドゥを待っていた。向こうから嫌そうな雰囲気ではあるもののやっては来たラドゥを驚いたような瞳で見つめる。
「これは驚いた…キミ、案外貴族令嬢が様になってるじゃないか。…じゃあ、作戦の打ち合わせだ。僕は見ての通りバーテンダーとして始末対象のパーティーに潜入する。キミはパーティーに招待された貴族の令嬢って設定だから堂々としていれば良い…タイミングを見計らって僕がグラスを落としてキミに合図をするから、キミが素早く始末対象に飛び掛かる…って寸法だね。分かったかい?」
「…っす。ロベルトさんの合図が出た時だけに俺が始末すれば良いんすね?」
「当たり前だろう、何を言っているンだい君は…僕の合図に合わせて始末すれば良いんだよ。勝手な行動は止めてくれ。じゃあ、また明日。お互い死なないようにね。」
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