第4話 Who is Laddu? 1
Laddu 記憶1
「…!」
いきなり突き飛ばされて地面に伏せていたところを殴打されていた小柄な少女が素早く立ち上がりざま闇雲に蹴り出した右の踵が相手の顔にめり込んだ。鼻血を吹き出して相手がぐらつく隙を突いて彼女は素早く背後に回り込み、軽くジャンプして首に飛び付いて腕を巻きつけると太い首をぎりぎりと力一杯絞め上げる。首を絞められた相手の顔は赤黒く
『やっぱお前はこのスラム最強なんだなぁ。あんな大男にも勝っちまうんだから…』
『よう!相変わらずお前に賭けてて外れたことねぇな。』
彼女が口から血を吐いて息を切らしながら男の財布と指輪を回収し、その場にぺたんとへたり込むと周りで野次を飛ばしていた群衆の中から老人と青年が一人ずつ近寄ってきて彼女に励ましと感嘆の言葉を投げ掛ける。
「…はあ…そりゃどうも。」
彼女は生返事を返しながら指輪を懐に入れて財布の中身を数え、ぎっしりと詰まった札を中から数枚だけ抜き取ると後は老人と青年に向けてその財布をぽいと投げ捨てた。
『おお、こんなに…良いのか?』
『男前~!』
囃し立てる彼らの声を背に何も答えず、彼女はゆっくりと立ち上がって歩き出す。スラム街の入り組んだボロ小屋の隙間を抜けてお世辞にも綺麗とは言えない空き家に辿り着くと耳障りな音を立てて軋む扉を引き開け、中身の綿が飛び出ている上に薄汚れてはいるものの、一応革張りらしく鈍い光沢を放つ色褪せた茶色のソファーに崩れるようにして腰掛けた。
「……ああ…疲れた。」
懐から取り出した先程の戦利品である指輪を灯りに透かすとルビー、サファイア…純金に埋め込まれた大粒の様々な宝石が光る。中でも一際目立つのは大きなダイヤモンド。これは「上」で売ればいくらになるだろうか…そんなことを考えながら彼女は指輪をまた懐に仕舞ってソファーから立ち上がり、思い切り地面に擦れて出来た浅い傷口を滲みるのも構わず雑に消毒すると新品の包帯を取って抵抗で殴られた腕や脚にぐるぐると巻き付ける。適当に巻き付けたお陰で包帯の化け物のようになった自分の脚や腕をまじまじと見ながら彼女は微かに口角を上げ、ソファーに戻った。…と。
「ハァイ!」
やけに呑気で、軽薄で快活な場違いとも言える明るさを伴った声が無警戒に扉も閉めていなかった彼女の家に突然侵入してくる。咄嗟にそちらに目線を向ける…と、それは長身で、恐ろしいほどの美貌ではあるものの貧弱そうな体格をした金髪の男。
「…あんたは…」
彼女が何者だ、と問う前にその男はずけずけと立ち入ってきた上に彼女をじっと見つめて大きく頷き、その包帯で雑にぐるぐる巻きにされた華奢な腕をいきなり鷲掴んだかと思うと外へと連れ出す。
「ちょっ、あんた…」
彼女の声も聞かずに金髪の男はすたすたと歩いていく。一発軽く蹴ってやれば倒れそうなくらいに貧弱そうな体つきのくせに掴まれた腕が振りほどけない…ここまで誰にも負けないくらいに鍛えてきたのに、初めて男女の生物学的なパワーの違いを恨んだ。金髪の男に連れていかれた先はどことなく事務所のような場所で、そこには朱の髪をした軽そうな男と濡れ羽色の髪をした性別の分からないレインコートの人物が待っていた。
「パートナーの子見つけてきたぜ~。」
その声が聞こえたのかじろじろと無遠慮な二つの眼差しが彼女を見つめ、濡れ羽色の人物が先に呟いた後朱髪の男も眉をひそめて呟く。
『ふぅん…中々強そうなパートナーじゃないか。キミはスラムで最強…なんだろう?』
『ひぇ~…怒らせるとヤバそ~。』
「…いや、あんたら…パートナーって俺、何も…」
訳が分からず漏らした彼女の困惑した声は聞き入れられずに二人は細々とした文字が綴られた書類に何かを書き込み始める。
『おめでとう。これでジェリコ、キミの命は確実に保証されたって訳だ…この子のお陰でね。』
濡れ羽色の人物が重みのない乾いた拍手をぱちぱちと鳴らし、ジェリコと呼ばれた金髪の男に向けてそう言葉を投げ掛ける。…コイツの命の保証がされた?俺のお陰で?この二人は何を言ってんだ…。
「…あの!」
彼女が痺れを切らして声を上げると反応した濡れ羽色がふと振り向く。
『…何だい?』
「…俺、了承とかしてないんすけど。」
『それはご愁傷様。もう登録したから今更取り消せないよ。』
『ああ、そういえば…まだキミの名前を聞いてなかったね。名前は?何て言うンだい?』
彼女は諦めたように肩を落とし、深呼吸をしてからせめてもの抵抗とでも言いたげに濡れ羽色と自分をこんなところに無理矢理連れてきた金髪の男に真っ直ぐ目線を向け、顔を上げてはっきりとした声で言い放つ。
「俺の名前は…」
ー ラドゥ、です。ー
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