第3話 Who is Jericho? 1

Jericho 記憶1

今日は、何故か隣人のテレビの音がやけにうるさく聞こえた。キンキンした女タレントの金切り声で頭が痛む…。俺はせめて気分だけでも落ち着けようとガラステーブルの上に置いてあったはずのポリ袋を探す…拍子に手が当たって煙草の吸殻すいがらで溢れた灰皿がカーペットに落ち、衝撃で飛び散った吸殻が床を汚す。…ああ、汚しちまった…掃除しないと…でも、面倒だな。そんなことを考えながらぼんやりと床を見ていたがまだテーブルの上にあった右手だけはポリ袋を探し続け、ようやく目当てのポリ袋を掴むと中から注射器を取り出して服の袖を捲り、腕に注射針を刺し、中の液体を注射する。白い液体が身体に流れ込むたびに少しだけ気分が楽になっていくのを感じた。その後冷蔵庫の扉に手を伸ばして酒の瓶を掴み、乱暴に蓋を飛ばしてから瓶に直接口を付けて飲み干す。空になった瓶をそこら辺に投げ捨てた後煙草の箱から煙草を一本取り出し、ライターで火を点けてゆっくりと白煙を揺らした。灯り一つない暗い部屋の中、煙草の微かな赤い炎だけが金髪の男の手元を照らす。

「………煙草…買わないとな。」

今の一本が最後だったらしく空になったセブンスターの箱を見つめながら金髪の男はぼそり、そう呟いて煙草を灰皿で揉み消した。アパートの狭く暗い部屋の中、カーテンも閉め切ったまま静寂の中で薬物とアルコールに手を出す長身ではあるが細く貧弱そうな金髪の男。彼が部屋の中でぼんやりとしていると、いささか乱暴に部屋の扉がノックされた。

「……はい…」

扉にチェーンを付けたまま少しだけ開け、顔を覗かせると外にいた黒いレインコートの二人組が顔を突き合わせて喋り始める。

『お、クズいたじゃん。ロベルト~、どうする?』

『…どうするって、クズは殺すに決まってるじゃないか。キミには脳味噌が詰まってないのかい?』

理解が追い付かない。この二人組は一体…?クズ…?俺を殺す…?何も言えずに金髪の男が玄関で立ち尽くしているとレインコートの隙間からでもよく目立つ朱髪の男が明るい調子でひらひらと手を振りながらチェーンが付いたままの扉を腕力で無理矢理こじ開けようとする。

『ムカつく~…何で開かねーんだよ!』

『…本当に馬鹿だね、キミは…チェーンが付いてるンだよ。こンなクズの小細工なんて…よっ、と。』

苛立った声を上げる朱髪を嘲るように鼻で笑いつつレインコートと同化している濡れ羽色の髪をしたサングラスの人物がチェーンカッターをレインコートのポケットから取り出し、扉のチェーンを捻じ切る。

「…?」

理解の追い付かないまま、何だか嫌な予感を感じて俺は部屋の奥までじりじりと後退してその二人組を床に座り込んだままで見上げた。

『…な~ロベルト。コイツ多分何で殺されんのか分かってねーぜ。』

『……はン。クズなんて大抵そんなもんだ…。ほら、疲れる仕事はキミに譲ってあげるからさっさとやりなよ。』

サングラスの人物はやる気無さげにため息を吐き、朱髪の男にちらりと目を遣ると我関せずといった様子で部屋の中をがさがさと探し始めて女から貰ったブレスレットや指輪などの数少ない貴金属を漁る。

『…あ~…えっと。お前、名前…ま、いいか。さよなら…』

朱髪の男は困ったように頭を掻きつつトンファーを装着して殴打の構えを取る。…まずい。こいつ、本気で殺す気か…このまま殺されるのは何だか癪だ。ふと目に入ったSAAを掴んで構えるがアルコールのせいで手が震える…が、狙いはぴたりと正確に合った。とりあえず目に入った朱髪の男の両脚を撃つ。

『……っ…!』

銃弾は見事に両弾とも朱髪の男の太腿を貫通し、朱髪の男がバランスを崩してぐらりと揺らぐ。貴金属を一通り漁り終わったらしいサングラスの人物はどこか興味深そうな瞳をこちらに向け、一度こくりと頷くと呻く朱髪の男の肩を掴んで『…この役立たず。』ぼそりと低い声で耳元に囁くとあからさまに怯えた様子になった男を後ろに引き戻した。

『…へぇ。キミ、面白いじゃないか。アルコール依存症なのによく撃てたね。それに照準もまともに定められるなんて中々の腕前だ…キミ、うちに来ないかい?人員が足りなくてね…』

サングラスの人物は穏やかな調子で滔々と話しながら俺に握手を促すような手を差し出す。相変わらずこの状況に理解が追い付かないが死の危機がとりあえず今だけ去ったことは何とか理解できた。

「……あんたらは一体…」

『キミに分かるように言うとだね…どうしようもないクズを専門に始末する始末屋ってところかな。つまり、キミもさっきまでは僕たちに始末されるどうしようもないクズだったって訳さ。…ああでも、キミは違うよね?キミは話が分かるはずだよ。』

サングラスの人物は中々握手をしない俺に苛立ったのか手を軽く揺すりながら尚も語る。

「……つまり、あんたらの仲間になれって?」

『そう。そうすればキミの命は安全だ。』

俺が手を握り返しながら聞くとサングラスの人物は満足げにそう答える。…どうせ、元々こんなクズの俺に生きる意味なんて無いのだから。それなら精一杯楽しんでやればいいか…もしかすると可愛い女の子に出会えるかもしれないしな。

「……分かった。」

『はン。キミは中々賢いじゃないか…僕の役立たずとは大違いだね。ああ、そうだ…キミの名前は何て言うンだい?』

「…俺は…」

ー ジェリコ、だ。ー

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