第37話 あやかし相談所へ帰りましょう!
少し町はずれにあるが品ぞろえと手ごろな価格で地元から愛されているスーパーマーケット、ヴィレッジガーデン。そのひとつに私と幽玄さんは足を運んでいた。
スーパーは、休日ともなればかなりの客が押し寄せ、駐車場は満杯、入り口では人がひっきりなしに行き交っているのだが……。
今は休日のお昼時だというのにもかかわらず客足はまばらで、閑古鳥が鳴いているほどではないが、やはり寂しい印象はぬぐい切れなかった。
間違いなく食中毒事件が残した爪痕は、まだまだ大きい様だ。
しかしそれを弾き飛ばそうとでも言うかのように、大きな男の人の声が響く。
「ただいまご家族でいらして下さったお客様には駄菓子の詰め合わせを一袋サービスさせていただいております!」
それを追いかける様に、女の人の声が「ありがとうございますっ」と続いた。
スーパーの入り口近くで台の上に立ち、メガホンを持って必死にお客さんに呼びかけているのは浩一郎さんで、その下でお菓子を配っているのは奥さんの雅美さんだ。
彼らにどこまで記憶があるのかは分からないが、夫婦二人三脚で立て直そうと努力しているのだろう。
駄菓子を配っているのは、消したはずのおばあちゃんの記憶が影響しているのかもしれない。
二人が今現在幸せかどうかは分からないが、少なくとも瞳は活き活きと輝いているように見えた。
「良い方に向かっていると思いますよ」
隣に立つ幽玄さんが、私に囁く。
「だといいですね」
ちなみに幽玄さんはいつものスーツ姿で、しかも魔貌を晒している為、周囲に後光を放ちまくっていてちょっとだけ眩しかった。
封印用のクソダサファッション嫌だっていうんだもん……。
あ、スマホ取り出して盗撮しようとしてる女が居るっ。
がるるるっと牙を向いて威嚇すれば、失礼なメス犬を一応は追い払えたのだが、まだまだそういうのは湧いてきそうだった。
「ゆーげんさん、自覚してください。今はみんながカメラ持ち歩いてるのと一緒なんですからね」
「あははは……すみません。時代の流れは早いですね」
「これから人混みを歩くときはハナ眼鏡を必ずかけてくださいね」
「それは逆に目立ちませんか?」
そういうちょっとしたやり取りを続けながら最後の人物を探したのだが、どうやら外には出て来ていないようだった。
もしくはこのお店に――。
「お客様、ひとところに留まられますと他のお客様の迷惑になりますので移動願えませんでしょうか」
背後から知った声がそう話しかけて来る。
今までは、捨て鉢で荒々しいケンカ腰だったことが多かったのだが、こうまでよそ行きの猫を何重にも被られると、なんだか別人みたいな気がして笑いがこみ上げて来てしまう。
私は背後へと振り返ると、そこには警備員の制服を着て、黒く染め直された髪の毛を制帽に押し込み、手に誘導用のカラー棒を手にした誠一さんが立っていた。
「オッス、オラ妖香。せいちゃんさん君元気してた?」
「いくつ付けるんだよ」
おお、やっぱりこのぶっきら棒な言い方の方が安心する。
「お久しぶりです、誠一さま」
「一週間も経ってねえだろうが」
不満そうに言っているものの、内心ではまんざらでもないことは分かっていた。
実は誠一さんは座敷童子ちゃんたっての希望と、整合性を合わせる為にも誤魔化してくれる協力者が居た方が良いとのさとりん先輩からの援護も相まって、記憶をほぼ消されなかったのだ。
「それで、座敷童子ちゃんとの関係はどうです? このこの」
私がからかうと、誠一さんの頭から瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で湯気が噴き出した。
うむ、さすがラブハンター妖香。
ラブコメの波動は逃さず感知するぜぇ。
「お、おね――あの人はそんなんじゃねえよ、バカ」
赤くなって怪しいなぁ……とか突っ込んだら確実に拳が飛んできそうだったのでお口にチャックをしておく。
元ヤンだしね。
「俺がガキの頃によく遊んでくれたんだよ。そんだけだ」
「座敷童子はその家の子どもと一緒になって遊ぶと言います。彼女もそうだったのでしょう」
「なるほど、座敷童子ちゃんとはただの遊びだったのね」
「誤解を生む様な言い方するんじゃねえっ」
はい、わざとです。
ぬふふふ。
さて、それでは目的を果たしますか。
「それで~、なんだ。せいちゃんさん君。最近どうだ? ん? なんか不都合とかないか?」
「なんで俺との距離を測りかねてる親父そっくりな聞き方なんだよ」
「そう意識してるからデェス!」
呆れた様になんだお前はと呟かれてしまったが、それからぽつぽつと現在の状況を教えてくれる。
まだぎこちないけれど話しかけてくれたり、食事を一緒に食べたりと、色々頑張っているらしかった。
「仕事があるからこの辺でしまいだ」
全てを話し終わった誠一さんは、聞こえるか聞こえないかギリギリの小声で世話になったなと呟き、仕事に戻っていったのだった。
私はそんな誠一さんらしい素直じゃない感謝の言葉を胸に納めると、ひとつ、大きく息を吐いた。
「妖香くん、ご苦労様でした」
終わった……とは言い難いが、一区切りついたのは確かなのだ。幽玄さんは優しく労ってくれる。
ある意味一番の立役者は幽玄さんだというのに、誇りもしなかった。
「じゃあ私からも。幽玄さん」
「はい」
真正面から幽玄さんの精緻な顔を見つめる。
マツゲは長く、目元が涼やかで、唇は薄く、桃色に色づいている。至高の芸術品と言っても、決して嘘にならないくらい美しい顔に向かって頭を下げながら……。
「ゆーげんさんも極道様でしたっ! おっしゃっしゃっす!」
「妖香くんは相変わらずですね」
「それが私ですからっ」
幽玄さんは少しくすぐったそうに笑うと、
「ありがとうございます。一番のご褒美になりました」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
感謝が報酬。
実際そうなのだろう。
だって幽玄さんはまったく座敷童子ちゃんなどから金銭だとかそういう報酬を受け取っていないのだから。
完全ボランティアでこんなことを気の遠くなるような時間続けているのだ。
幽玄さんマジお人好し。
「そ、それじゃあ帰りましょうか」
幽玄さんを意識してしまったせいか、ちょっとだけほっぺたが熱くなって来たので、慌ててそう言ってから歩き出す。
一応私には幽玄さんの顔には免疫があるのだが、こうも深く接触されれば影響が現れてしまうのだ。
「待ってください、妖香くん。私が先を歩かなければ帰れませんよ」
私がこの場所に来られたのは、殺人鬼が歩いているだけで先回りしちゃう謎力的なもの(例えが悪いかもだけど)を幽玄さんが使っているからなのだ。
確かに私が一人でさきさき歩いてしまえば結果は迷子にしかならない。
「そうでしたね。幽玄さんお先にお越し」
「私はべとべとさんではありませんよ」
幽玄さんはツッコミを入れながら私の先に――行かなかった。
幽玄さんにしては珍しく強引に私の手を取ると、熱くて硬い物を押し付けて来る。
「……鍵?」
手を開いて覗き込むと、そこには古めかしい真鍮製の鍵が乗っかっていた。
しかも私の家の鍵みたいな板を整形して作るものではなく、大昔からあるウォード錠を開けるための鍵――細長い棒の先端に様々な切れ込みが入った長方形の板がくっつけられている鍵――だ。
「それを握り締めて道を歩けば、あの事務所につきます」
「え、それって……」
今まで私はずっと幽玄さんに電話を入れるか幽玄さんと一緒でなければあの事務所に行くことは出来なかった。
だから必ず幽玄さんが居る時でなければお邪魔できなかったのだ。
でもこの鍵があれば自由にお邪魔できる。
よりあやかしさん達と交流出来たり相談に乗ったりできる様になるのだ。
「はい、これで妖香くんは私の正式な……えっと、弟子です」
「――――っ」
今までずっと認められていなかったわけではない。
疎外感も感じなかった。
でも、これでもう一歩認められたんだなって思ったら……。
「っしゃぁ! このまま突っ走っていきますよぉ! 目指せ大妖怪、緑のきつね!!」
嬉しくてたまらなかった。
たまらず両手を高くつきあげ、大声をあげる。
それでも嬉しさを表現しきれなかったので、更にぴょんぴょん飛び跳ねながらなんの儀式だってくらいに幽玄さんの周りを回ってみた。
それでも足りないくらい、本当に最高のご褒美だった。
「人間は捨てなくていいんですよ、妖香くん。といいますかその狐は食べ物です」
女狐から進化できそうな気がしません?
さとりん先輩に教えてもらったらなれると思うんですけど。
「え~、でも最終的には染まりたいって言いますか~。正しくミイラ取りがミイラになる? 的な?」
「まあ、確かに妖香くんならどんな状態でも妖香くんでしょうけれど……」
幽玄さんは困ったなと言いたげに眉根を寄せるが、それでも幽玄さんらしく否定はしなかった。
「……とりあえず帰りましょう、私達の事務所に。話はそれからですよ」
「はぁ~い」
今幽玄さんは意識して言ったのだろうか。それとも無意識だろうか。
さとりん先輩のような力を持たない私にそれを知る術はない。
でも……私はとても嬉しかった。
幽玄さんは今、私たちと言ってくれたんだ。
私の居場所は間違いなくそこにあるんだ。
「幽玄さん! 事務所ってなんだか物足りなくないですか?」
「それもそうですね。私一人の時であれば私の個人名で良かったのですが、今は妖香くんと一緒ですし……」
「じゃあですね、こんなのとかどうでしょう?」
私たちがどんな存在なのか。どういうことをしていくのか。
それを表す名前は……。
こちらあやかし相談所!~妖怪怨霊どんな方からでも年中無休で受け付けます~ 駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ @helpme
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