第36話 座敷童子も幸せになっていいんじゃない
とにもかくにも事態は収束した。
いい方向に行くかどうかは……これからの努力にかかっている為、これからも我が取材班は追い続けることでしょう……的な?
あー……浩一郎さん土下座させられてーら……。
焼きが土下座の前に入らなかっただけマシかもだけど。
「雅美さん、どうかしら? まだ締め方が足りないなら言ってちょうだい」
言葉と共に浩一郎さんの首根っこが床に押さえつけられ、ぎゅぅっと空気が肺から漏れた空気が変な音を出す。
そんな浩一郎さんは、おばあちゃんに頬を張り倒されたせいか、痛々しく真っ赤に腫れ上がっていた。
「いえっ、その、お義母さん。もう結構ですから」
不倫されまくって腹が据えかねていた雅美さんだったが、あまりにもボコボコにされすぎた浩一郎さんに、もはや同情の念を抱いている様だ。
「そう? まだ足りないんじゃないかしら」
まだやるつもりかいっ。
「いえいえさすがにこれ以上はっ。この人も反省したでしょうから……」
「ましゃみ……」
「……私も、悪い所はありますし」
「無いわよ」
無情っ! おばあちゃんめちゃくちゃ無情っ!!
いや確かにそうだけどもぉっ。
「いえその……この人にではなく、誠一にです。母としてやるべきことを何もしませんでした」
雅美さんは、お金に余裕が出来てからは引きこもりがちになり、やるべき家事は家政婦に任せ、かといって誠一さんの面倒を見るかと思ったら一切関与せずに放置してしまった。
そうやって、家族が家族でなくなってしまう一因となっていたのは、確かに彼女の責任だろう。
「ですから、お義母さんが叱って下さったこの機会に、もう一度やり直したいと思うんです。誠一が許してくれるなら、ですが」
「お袋……」
「ごめんなさい、誠一。私がもっと叱るべきだったのにね」
おばあちゃんがこれほどの勢いで浩一郎さんを叱りつけたのは母であってこそだ。
浩一郎さんを心から愛しているからこそ、ここまで怒り、その道を正そうとした。……めっちゃ苛烈すぎる方法だったけど。
そんなおばあちゃんの情熱は、ほとんど消えかかっていた雅美さんの母としての感情を揺り動かすことが出来たのかもしれなかった。
「もう一度、私は母親をやり直してみるから、浩一郎さんも、もう一度父親としてやり直してみない?」
子どものために。
家族のために。
違う道もあるだろうに、雅美さんはその道を選んだのだった。
「遅いかもしれないけど、ね?」
最後の言葉は誠一さんに向けてのものだ。
悪いのは自分と浩一郎さんで、あなたは何も悪くないのよ。そんな言外の言葉が聞こえてくるような気がする。
それだけで、雅美さんはお母さんに戻ったんだなぁなんて、私は感じたのだった。
「……ああ」
浩一郎さんが頷き――。
「あぁ? 返事がおかしいんじゃねえんと?」
怖えよ、おばあちゃん。
「はいっ。お願いします、雅美さんっ!」
震え上がった浩一郎さんは、居住まいを正してもう一度頭を床に擦りつけた。
「雅美さんって……なんだか新婚の時みたいねぇ」
「そ、そうかな?」
雅美さんは少し笑いながら土下座している浩一郎さんの肩に手をかける。
もう許したから起き上がってくれという事なのだろう。
おずおずと浩一郎さんが顔をあげ、雅美さんの手を握る。
そんな浩一郎さんの目は確かに反省している様に見えた。
そして……。
「えっと、なんだ。俺も、真面目にやるから……その、頼むよ。親父、お袋」
「ええ……」
そんな夫婦の間に、誠一さんも入っていく。
雅美さんは一瞬だけためらったのだが、意を決したように体を捻ると誠一さんを抱きしめる。
母に戻るために、こうして一歩を踏み出したのだ。
今はまだ少し歪かもしれない。壊れて砕け散ってしまい、本心からそう望めないかもしれない。
でも時間をかけて三人が共に同じことを強く望めば、きっとこの三人は仲の良い家族に戻れるのではないだろうか。
私はそう感じていた。
「えっと、それじゃあそろそろ私の出番かしら?」
やや申し訳なさそうに呟きながらさとりん先輩が進み出て来る。
心を読むことのできる彼女が出て来たという事は、村田一家は間違いなく心の底から家族に戻ろうと決意できたのだろう。
そして、さとりん先輩が出て来る理由はもう一つあった。
「すみませんほんっとうにお見苦しい所を。なんとか終わらせましたから。すみません~」
幽玄さんからそこまでは説明されていなかったのだろう。パワフルおばあちゃんはぺこぺこと頭を下げながら浩一郎さんの頭も下げさせる。
浩一郎さんはもう完全に操り人形と化してしまっていた。
「佐代子さま。そろそろお時間ですのでこちらへ来ていただけますか?」
おばあちゃんは既に死んでいる。
それが超常の力で刹那の時間この場に居る事を許されただけだ。
幽玄さんの言葉で全てを察したのか、おばあちゃんは本当に口惜しそうな顔をする。
本当はもっと別のことが言いたかった。でも、それを言うべきではないと理解している、そんな顔だった。
だっておばあちゃんは過去の存在だから。
幽玄さんがこの場に呼んだのは、過去を断ち切らせて前に向いて貰うためで、過去に縛ってはならないから。
死者の国で振り返ってはいけない。それには多分、そんな意味も込められているのではないだろうか。
「ええ、誠にありがとうございました」
おばあちゃんはもう一度、今度は一人だけで深々と頭を下げると、こちらへと歩いてくる。
それと入れ替わるように、さとりん先輩がキッチンへと入っていった。
「失礼いたします、村田家の皆さま。私、
覚というあやかしは人間の考えていることを読み取る力があるが、実はもう一つ別の力も持っている。
それは、記憶を消す力。
そんな力を持っているからこそ、私や幽玄さんがいくらでも平気で関わる事が出来たのだ。
もちろん、全て消して今までの騒動を無かったことにするわけではない。
私達が関わったところや、おばあちゃんが現実に居たという記憶を消すのだ。
そこら辺はさとりん先輩がうまくやってくれることだろう。
じゃあ、私もお手伝いをば。
「あっ、窓の外でチュパカブラが盆踊りしてるっ!」
ふふふ、なんて完璧なフェイント。
私でも引っ掛かっちゃうね。
さあさとりん先輩、今の内に処置をっ。
「妖香くん、それはさすがに無理がありますよ」
「な、なしてみんな引っ掛かってないのぉ!? チュパカブラがボン・ダンスしてるんですよぉ!?」
めっちゃ見たいでしょぉ!?
死霊のボン・ダンスは愛すべきクソ映画だけど。
「チュパカブラってなんだよ」
うぅっ、誠一さん知らないとか遅れてる……。
今を時めく都市伝説の大スターのなのに。
「じゃ、じゃあなんなら引っ掛かったっていうんですかぁ」
「引っ掛かるも何もそんな唐突に言われたところではぁって思うだけだろ」
「うぇぇぇんっ。誠一さんがいじめたぁぁぁっ」
「なんで今ので俺がいじめたことになる――」
言葉の途中で誠一さん……だけでなく、浩一郎さんや雅美さんまでもが糸が切れた様にその場にくずおれた。
原因はもちろん、さとりん先輩。
「ご苦労様、妖香ちゃん」
さとりん先輩から気を逸らせばいいのだから、別にチュパカブラに注目してもらわなくても構わない。
私が騒いで私に注意を集めればそれでいいのだ。
「はいっ。ところでさとりん先輩、私に何か手伝えることってありますか?」
さとりん先輩はこれから結果が変わってしまわない様に記憶の選定をして、ひとつひとつ消していくことになっている。
さとりん先輩の仕事はこれからだっ。
でもご愛読ありがとうございました! ってならないのが辛い所。
「大丈夫よ。妖香ちゃんは幽玄さんと一緒に報酬の準備をお願いね」
「ふぁいっ!」
さとりん先輩は驚かしてもらうことが報酬なのだが、今回は特に大変だったので、特大の驚きを用意しないといけないだろう。
今から考えるのが楽しみだった。
「じゃあ……こっちはさとりん先輩が受け持つから……」
残るはおばあちゃんと座敷童子ちゃんだ。
振り返ってみれば、二人共神妙な顔つきで俯いていた。
いや、おばあちゃんはどちらかといえば平気だろう。別れがたいのは座敷童子ちゃんの方だろう。
だって座敷童子ちゃんは、このおばあちゃんのためにここまで村田一家に関わって来たのだ。
「座敷童子さん。そろそろ時間ですよ」
幽玄さんからそう言われても、なかなか別れの言葉を切り出せないでいた。
「……あのっ」
そう言ったきり、座敷童子ちゃんは何度言葉を絞り出そうとしても失敗してしまう。
別れたくない。そんな想いがひしひしと伝わって来た。
だから私は……。
「座敷童子ちゃんっ。緊張をほぐすのには、人を三人呑むといいのっ。だから私を呑んでっ。さあさあさぁっ」
あなたと合体したいっ。
「近づいて来ないでよっ。鼻息荒いわよ! というか人って字を書いて飲むんでしょうが。私は人間を食べたりしないわよっ」
「そう? 私は人を食った物言いをするのが趣味なの。どやぁ」
「ぜんぜん上手くないからその顔やめなさい」
「しどいっ。じゃあ……」
おばあちゃんと座敷童子ちゃんの心配ごとを減らしてしんぜよう。
「幽玄さん、今どうなってます?」
「はい、そうですね……」
私の意図をくみ取って、幽玄さんがスマホをいじり始める。
「なに?」
「んふふ~、お楽しみ~」
私はかつて座敷童子ちゃんに言ったはずだ。
座敷童子ちゃんの力で幸せにしてあげるんだって。
これはその第一歩になるはずだ。
どうやら幽玄さんはそれを容易く見つける事が出来たのか、軽く頷くと、スマホの画面を私達が見える様にかざしてくれる。
そこにはこう書いてあった。
食中毒の菌、種類一致せず。
小さい文字を読み進めると、それが村田一家の経営するスーパーから出て来た食中毒の菌と、騒動の元になった原因菌の種類が一致しなかったことが書かれてあった。
つまり、スーパーは完全に濡れ衣だったと証明されたのだ。
これは偶然ではない。
座敷童子の居る家に住む一家は栄える。
そして今現在、村田一家はどこに住んでいるだろうか。
「あんた、これを狙って……」
「まあ、お金があるから幸せになるってわけでもないだろうけど、完全に無いよりはあるほうがいいよね」
そして家族はその傷を修復しようと努力し始めた。
何もかもではないけど元通りになって行くと思う。
その一歩にはもちろん、座敷童子ちゃんの力も一助となるはずだ。
「さ、話せるようになったし、心配事も減ったよ。じゃあどうすべきか分かるよね?」
「え……?」
私は笑いながら、座敷童子ちゃんの頬に手を添える。
「笑って送り出してあげよ」
両手の人差し指を座敷童子ちゃんの口元にあてて、うにょんっと吊り上げると、力の入っていない彼女の頬は、容易く私の力で笑みの形へと変わった。
不器用で、無様だけど。
「……あ」
座敷童子ちゃんの視線がおばあちゃんへと向く。
でも今度は先ほどまでと違って……。
「エリカちゃん、今はお友達が沢山居るんやねぇ」
「べ、別に……友達じゃない――」
「えーそんなぁ友達じゃないなんてあっもしかして将来を誓い合った仲とか言うつもりなの? ごめんなさい私にはべとべとさんっていう心に誓ったあやかしさんが居て――」
「えぇい、うるさいっ。分かったわよ! 分かったからやめなさいっ」
ってことは友達? やたー、あやかしの友達って実は始めて?
いいね、いいね。ともだちのわの威力をあげられたんじゃない?
私は心の中で思いっきりガッツポーズをとった後、座敷童子ちゃんの肩を掴むと、ぐるりと回転させておばあちゃんの方を向かせてから押し出した。
「はい、それじゃあ頑張って」
「…………ありがと」
やっべ、デレた。座敷童子ちゃんがデレた!
ツンツンな座敷童子ちゃんがとうとうデレたよ!
ちょっとマジで叫び回りたいけどそうすると邪魔しちゃうから我慢だ!
血涙を流しそうになりながら我慢する私の目の前で、座敷童子ちゃんは一度頷くと……。
「おばあちゃん。バイバイッ」
それだけをなんとか口にした。
顔は……私の位置からは見えないけれど、きっと笑顔だと思う。
だって、おばあちゃんは凄く嬉しそうに微笑み返してくれているから。
「エリカちゃん、元気でね」
その言葉を最期に、おばあちゃんの姿は光に交じって消えていったのだった。
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