第35話 機械仕掛けのおばあちゃん装置

「え、えっとまあ。だいたいは」


 大きな蛇だの、その尻尾から出て来た剣が斬れなかったとか言われたら気付いて当たり前だと思う。


 正解は、アメノハバキリ。


 英語圏だとハイドラスレイヤーなんて名前を付けられてたりする。


 ヤマタノオロチを倒した剣だ。


「では持ち主は誰だか知っていますね?」


「スサノオノミコトですよね」


「はい、その通りです」


 そこで幽玄さんの言葉は止まり、ニコニコと笑顔を向けてくるだけだ。


 ちょっと心不全になりそうなんでそれやめてください。


 え? それがどうかしたの?


「妖香ちゃん、先輩からもヒントあげる。そのスサノオノミコトは現在どこに居るでしょう」


「えっと……確かお母さんに会いたいって根の国に……」


 そこでようやく幽玄さんが何をするつもりなのか分かってしまった。


 そうだ、そういう事だったのね。


 やっぱり幽玄さんチートすぎ。


「ちょっと、あなた……え? もしかして……?」


 座敷童子ちゃんも、これから起きる事を予想してか、声が上ずっていた。


 それはきっと嬉しいからだろう。


 会えるはずのない人に会えるのだから。


 根の国。諸説はあるが、黄泉の国と同一視されることが多い。


 そんな死者の国に関係のある人物というかお方と幽玄さんは知り合いで……。


「はい、そのもしかしてですよ」


 そう言うと、幽玄さんは近くの扉の前まで歩いていき、ドアノブに手をかけた。


「実はもういらしていますよ。テレビを呼んでおくべきでしたね」


 幽玄さんの茶目っ気たっぷりな言葉と共にドアが開かれ……そこにはえんじ色の服を着て、真っ白に染まった髪の毛を後ろで束ね、目尻の笑いジワが印象的なお婆さんが立っていた。


 私はこの人の顔を始めて見る。けれど、この人の名前はよく知っていた。


 村田佐代子さん。


 この家の本当の持ち主にして、座敷童子ちゃんの大切な人。


「お……ばあ、ちゃん」


 座敷童子ちゃんが感極まったように呆然と呟く。


 その目には感動のあまり涙が溜まり、いつもの強気な様子は崩れており、見た目相応の年齢に戻ってしまった様だった。


「エリカちゃん、ありがとうねぇ。話はこのカッコイイお兄さんから聞いたから全部知っとるよ。うちのバカ息子とバカ孫が世話かけたねぇ」


「う、ううん」


 なにか言葉を返したい。でもなにも言葉が思い浮かばない。


 そんな様子で座敷童子ちゃんは必至に頭を振る。


 既に我慢しきれず決壊してしまった涙は彼女の頬を伝い、雫となって床に吸い込まれていく。


 おばあちゃんは、廊下をすすーっと横断すると、そんな座敷童子ちゃんの頭を包み込むように抱きしめた。


「ごめんねぇ。お菓子はもう死んじゃったからあげられんとよ」


「うぅん。いら、ないっ」


 座敷童子ちゃんの震える手がおばあちゃんの背中に回され、きゅっと服を掴む。


 ずっと一人で我慢してきた彼女が、ようやく安心して抱き着ける先を見つけたのだ。それだけで十分で、それ以上は必要ない、そう彼女の手は物語っていた。


「あなた方も、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ないですねぇ」


「いえいえいえいえ、別にそんな事ないですよ」


 座敷童子ちゃんを見てほのぼのとしていた私は、慌ててぱたぱたと取り繕う。


 というか、私そんなに役に立ってなかったから……。


 みんなの力を貸してもらって、この場所に三人を集められた、たったそれだけ。


 今も解決できなくて、結局助けてもらってるだけだし。


「そんなに気落ちしないの、妖香ちゃん。あなたが主張しなかったら幽玄さんは動かなかったし、座敷童子さんも助けたいって素直に言えなかったのよ? 踏み出すって大変なんだから」


 うぅ~、さとりん先輩の気遣いがありがたくて涙が~。


 チクショーメ!


「そうそう。妖香ちゃん、ちょっとずつ元気が戻って来たじゃない」


 優しい言葉をかけてもらえただけでなく、頭を優しく撫でてもらえて、本当に涙が込み上げてきてしまった。


「だから俺だけのせいにするんじゃないっ。君だって何もしなかったじゃないか!」


 そんな感動の場面だったのに、キッチンから罵声が聞こえて来て、私の意識は現実に引き戻されてしまう。


 そうだ。まだ終わっていない。


 というか解決のためのとっかかりさえも掴めていないのだ。


「あらあらまあまあ、お見苦しい所を。すみません、すみません」


 おばあちゃんは騒動がよほど恥ずかしかったのか、座敷童子ちゃんを胸に抱いたままペコペコと頭を下げる。


 もちろんおばあちゃんに非は一切無いのだが。


「いえいえ、おばあちゃんさんが謝る事ではないですから」


 あー……これなんか私らしくないや。


 うっしうっし、気合入れろ~。


 私は頬を軽くパンパン叩いて、ひっひっふーと深呼吸をして気を落ち着ける。


「妖香くん、それはラマーズ法ですよ」


「ナイスツッコミ!」


 幽玄さんの突っ込みに合わせてびしっとサムズアップすると、更にテンションが上がって来る。


 よし、そんじゃあ私らしく行こう!


 なんだか私は遠慮してたんだ。


 解決は本人がとかぐちゃぐちゃ考え過ぎてた。


 出来ないなら押し付けてもいいかもしんないっ!


「奥方様、オラたちでは無理なんで、一発たーまやーと打ち上げてくだせぇ!」


「あらあら、元気のいいお嬢さんだこと。すみませんでしたねぇ」


 とはいえまだおばあちゃんには座敷童子ちゃんがしっかりと抱き着いており、突入準備は整っていない。


 座敷童子ちゃん自身もまだ離れたくない様であった。


 よし、抱き着く対象が必要なんだよね。仕方ないにゃあ。


「御子様はこちらでお預かりいたしまする。ぐへへ、お嬢ちゃんHITATIしようねぇ」 


「なにするつもりかは分からないけど、今のあなたにだけは絶対近づかないわよ」


 せっかく両手を開いて飛び込んでおいでってしたのに、座敷童子ちゃんは冷たい目を突き刺して来るだけだった。


 ぐすん。いいもん、後でさとりん先輩に抱き着くから。


「それではおねげえしますだ!」


 座敷童子ちゃんも立ち直って、おばあちゃんもやる気満々だ。


 私は、すちゃっとキッチンの前に控えると、ドアノブに手をかけて最終兵器投入の準備を整えた。


「あ、事情は知ってますか?」


「ええ、そこのお兄さんに教えてもらいましたから」


 幽玄さんさっすがー。


 私のしりぬぐいの準備は万端だったから、ちょっと私の好きにさせてくれてたのかな。


 後でお礼しようっと。


「では、あガチャリンコっ」


 効果音付きでドアが開き、キッチンに居た三人の視線がこちらへ向き――。


 一気に凍り付いた。


 さもありなん。そこに居るのは死んだはずのおばあちゃんなのだから。


 完全に静止した空間の中へ、おばあちゃんはしずしずと入っていく。


「……か、かあさん?」


 一番始めに口を開いたのは浩一郎さんだった。


 もっとも近しい存在であったために、一番立ち直るのが早かったのだろう。


 おばあちゃんはすぅっと音を立てて息を吸い込むと……。


「アンタはなにしよんねっ、このバカ息子がっ!」


 爆発した。


 怒鳴りつけると同時におばあちゃんの手が浩一郎さんの頬を思い切り張り倒す。


 それだけでは終わらない。


 おばあちゃんはそのまま浩一郎さんの襟首を掴むと、有無を言わさず自分の方へと引き寄せ、ビシバシとおうふくビンタを叩き込み始める。(威力は15なんてもんじゃねえぜ……)


 そこに先ほどまでの優しげなおばあちゃんの姿はまったく無く、鬼と見紛うほどの存在が降臨していた。


 いや、確かにたーまやーって打ち上げてくれって言ったの私ですけどね?


 これってさすがに……。


「私は誠実に生けぇとゆうたじゃろうがっ。なんに不倫なんぞしちょってからにっ。このバカタレがっ! 雅美さんに死んで詫びんかっ!!」


「まっ、かあさっ」


「うっさい! なんか言える立場やとおもっちょっとが!」


 言い訳無用とばかりに何発も叩き込んだ後、今度は浩一郎さんの後頭部を掴んで机に押し付ける。


 ゴツンっと結構痛そうな音がしたが、おばあちゃんはまったく意に介していないようだ。


「ごめんなさいねぇ、雅美さん。こん馬鹿にはきちんと責任取らせるけぇね」


 雅美さんに話しかける時だけよそ行き用の異常に高い声なのがまたその怖さに拍車をかける。


 実際、雅美さんはただ唇を震わせ、言葉にならない声であーとかうーとか返すことしかできないでいた。


 しかもおばあちゃんの無双っぷりは、これだけでは終わらない。


 孫である誠一さんにも向けられた。


 おばあちゃんは有無を言わさず誠一さんの金色に染められた髪の毛を掴むと、グイッと引っ張る。


「誠一っ! アンタもいい年して職にも就かんでブラブラと。しかもこの髪はなんね!? くせらしかつもりかね!? まこちしんきないっ」


「ばあちゃん、いてえっ。抜ける抜けるっ」


「せからしかっ! 浩一郎、あんたん躾が悪いとよっ」


 快刀乱麻を断つとはこのことだろうか。


 デウスエクスマキナ張りに問答無用で引っぱたき、叱り、叩き潰していった。


「幽玄さん」


 ちょっとだけ私の声に覇気が無かったのは仕方ないと思う。


「な、なんでしょう?」


「力が足りないってこういうことだったんですね」


 力イズパワーの見本とばかりにおばあちゃんは暴れ回っている。


 幽霊だというのに物理攻撃を繰り出しまくっていて、本当に幽霊ですかって聞きたくなった。いや、幽霊だから歳とか関係なくなって余計自由にできるのかもしれない。


「い、いやぁ~……。予定していたのとは少し違いますねぇ……」


 声の震え方からしてだいぶ違ったんじゃないだろうか。


 まあ仕方ないよね。あんなに優しそうなおばあちゃんが説得するなら、落ち着いた声でコンコンと言い聞かせるって思うじゃん。


 実際はもう千切っては投げ千切っては投げだもんね。


 きょーくん。人は見かけによらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る