第34話 ダメなのかな…?
狭苦しい玄関先に、私、幽玄さん、誠一さん、浩一郎さんと四人もの人が居てはさすがに辛いものがある。
というわけで私は幽玄さんへ一つ提案をしてみた。
「幽玄さんっ。俺は手札からさとりん先輩を召喚するぜ! そしてその効果で雅美さんをデッキから特殊召喚する!」
「……覚さんに、雅美さまを呼んできて欲しいということですね」
「さすがAIBOだぜ!」
ぐいっと親指を立ててグッジョブしておく。
ロボット犬の方じゃないよ、もう一人のボク。
もうさ、計画を早めて一気に家族会議させちゃった方がいいんじゃないかなって思ったんだよね。
多分、他人の目があるところじゃないと、誠一さんってばまた爆発しちゃいそうだし、冷静な話し合いなんて夢のまた夢かなって。
「そうですね……。それもいいかもしれませんね」
「は? お袋が来るって……。は?」
誠一さんは、まさか私達の手がそこまで及んでいるとは思ってみなかったのか、目を白黒させている。
「誠一さん誠一さん。座敷童子ちゃんのスカートに反応しちゃったちょっとえっちな誠一さん」
「んぐっ………………なんだよ」
反応してしまった自覚はあるのか、何とも言えない表情で口をへの字口にしてぶっきら棒に返事をしてくる。
私は別に煽りたかったわけではない。
必要だから言ったのだ。
「浩一郎さんも聞いてくださいね。今から雅美さんと一緒に来る覚って人、もうめっちゃが10個ついても足りない位の美人さんで、胸もおっきいです。見蕩れたりしたら、雅美さんや座敷童子ちゃんが怒っちゃいますからね」
さとりん先輩は、時代が時代なら傾国の美女とでも呼ばれる存在になっただろう。
性格もなんだか妖艶だし、心を読んじゃう力も追加でマシマシされてもうお手上げ状態なあやかしさんだ。
そんなさとりん先輩に男どもが反応してしまったらその時点で崩壊なんて事になりかねない。
それでもさとりん先輩はこの場に必要だから来てもらう訳だけど……。
「はぁ? そんなもん……」
「幽玄さんの女版です。耐えられます?」
「…………」
見ると聞くとは大違い。
今、目の前にお化けみたいな(っていうかお化けなんだけど)美形さんが居るのだから私の言葉にはとてもとっても説得力があった。
それからまだ地面に倒れている浩一郎さんへ目を向けると、口元が少し緩んでいて、さとりん先輩への期待が駄々洩れている。
正直言えば、私はこんな浮気するような最低なヤツ嫌いだと放り投げてしまいたいのだが……そうもいかない。
それを判断していいのは、世界に雅美さんただ一人なのだ。
「浩一郎さん、いいですか? 覚悟しとかないと、幽玄さんに麻酔なしで去勢してもらいますよ?」
「……いや、ああ、うむ」
あー、ダメだこりゃ。
やっぱりさとりん先輩は見せない方がいいかな。
「誠一さん。何人かで集まれる食卓みたいな場所ってどこにありますか?」
「ああ、俺もキッチンにぶち込んだ方がいいと思ったところだ」
意思がひとつになった私と誠一さんは、浩一郎さんの両腕を持って立たせると、キッチンにまで運んでいったのだった。
あれから遅れてやって来た雅美さんを幽玄さんが甘い言葉で煙に巻いて、村田家一同をキッチンに押し込める事に成功した。
キッチンは五畳ほどの小部屋で、中央には4人用のテーブルが置いてあり、壁際には古びたガスコンロとシンク、それに冷蔵庫が並んでいる。
その逆側には食器棚や色んな材料を入れた棚、食器乾燥機や電子レンジなど、必要な雑貨が色々と詰め込まれていた。
10年前に村田一家はこの家から出て行ってしまい、その後ずっと放置されていただろうに一切埃が被っていないのは座敷童子ちゃんが手入れをし続けていたからだろう。
それだけ彼女はこの一家に対して思い入れがあるのだ。
よい選択をして欲しいのだけど……。
ちらりと席についている3人に視線を送るが、全員が固い表情を浮かべている。
「それじゃあ、話し合ってもらいますけど、喧嘩、ダメ、絶対ですよ」
特に誠一さん、いいですね? と、視線で念押ししておく。
座敷童子ちゃんと幽玄さんの、無言の圧力も上乗せされているためか、しぶしぶながらも頷いてくれた。
それを信じて私と幽玄さん、座敷童子ちゃんの三人はキッチンを出て行くと……。
「あなたっ! どういうことなのよこれはっ! 倒産しそうなんでしょう!? なのに今まで連絡も取れないなんて……!」
「仕方ないだろうっ! 私にだってやるべきことがあったんだ!」
「女の所に転がり込むのがやるべきことかよ。はっ」
なんて早々に喧嘩が始まってしまい、即座に回れ右をしてキッチンに逆戻りをせざるを得なかった。
その後も何度か大声や物音が聞こえる度に乱入して宥めを続けても、話がまとまる気配はまったく見えず、私の考えがあまあまだったことが突きつけられてしまった感じだった。
「あー……やっぱり上手くいかないもんですね~」
キッチン近くの廊下に直接座り、壁に背中を預けてぼやく。
キッチンからは、よくそんなに飽きないなってくらい言葉の応酬が続いていた。
「そうねぇ。でも妖香ちゃんは頑張ったと思うわよ」
メガネをかけた和装の美人さんなさとりん先輩が頭を撫でてそう慰めてくれるのだが、それでも私の心は俯いたままだった。
「ごめんね、座敷童子ちゃん。ちょっと難しそう」
「……別に、仕方のないことなのかもしれないわね。10年間ずっと放置し続けて捻じ曲がってしまったことが、たったの一日で戻るわけないわ」
それは正しい意味でのバタフライエフェクトだ。
始まりは些細なことだけど、数キロ先では大きな乖離になってしまう。
だから始めの設定が大事。
10年前ならもっと簡単に許し合えたことも、今は難しくなってしまった。
座敷童子ちゃんもそれが分かっているから、悔しそうな表情を浮かべているのだろう。
たぶん、話し合いは決裂で終わる。
キッチンから聞こえて来る怒鳴り声が、どうしようもなくそれを肯定してしまっていて……。
「いかなきゃ……」
また大きくなりそうだからと私は重い腰を上げ――。
「妖香くん」
そんな私の両肩を、幽玄さんが優しく押さえた。
「妖香くんは私の弟子。そうですよね?」
「……はい」
私の一方的な自称ですけど。
「妖香くんが、始めから全部うまく解決できるなんて思ってはいけませんよ。妖香くんはまだ半人前ですからね」
「うぅ……。そうですね」
「特に、事は人の心に関わっている事なのですから、正しいだけでは解決できません」
幽玄さんはただ事実を言っているだけなのだが、それだけにグサグサと私の心に突き刺さっていく。
事実なだけにつりゃい……。
「妖香くん。そういう時にはきちんと他人に頼る事も重要ですよ。私は妖香くんの師匠なんですから」
「……え?」
ふと顔をあげると、思ったより近くに幽玄さんの笑顔があって、心臓がバクバクとタップダンスを始めてしまう。
幽玄さんの顔マジで最終必殺奥義。
「さて、妖香くん。今回の失敗の原因は何だと思いますか?」
「うえ? うぇ~っと……」
なんだろ。
解決方法を話し合いっていう曖昧なものにしちゃったから?
他人任せだったから? でも結論をぽんって渡しても意味無いよね?
うぅ~、なんだろぉ。
「答えは、絶対的な力です」
「…………」
幽玄さんマジ脳筋。
「いえいえ、違いますよ。あの家族の中に、明確な決定権を持つ存在が居ないという事です。それがあの家族が離散してしまった原因でもあります。明確な未来を描いて、そこに向かって進んで行ける。そんな力です」
大黒柱ってことかな?
亭主関白とか?
「……よく分かんないです」
「はい。16年しか生きていない妖香くんに分かられてしまっては、私に立つ瀬がないのでまだ分からないままでいていいんですよ」
むむ~。まだ子どもは子どものままで居てねっていう顔みたい。
例えるなら、サンタさんは本当に居るのよって言われた様な感覚だ。
嘘つきっ。サンタさんは南極に住んでるから日本に居ないって私知ってるもんね!
「それじゃあ、足りなかったあと一歩を、私が埋めましょう」
そう言って幽玄さんはこれからイタズラをする子どもみたいな笑顔で片目をつぶると、
「妖香くんは、私の正体を知っていますよね?」
なんて問いかけて来た。
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