第33話 帰って来たお父さん

「おー、それじゃやっぱり見つけたのは?」


「ええ、口裂け女さんです」


 誠一さんの父、浩一郎さんは、責任の重さに耐えかねて逃亡してしまっていた。


 どこかに隠れているのかと思いきや、どうも色々な店を渡り歩いているらしいと、さとりん先輩の情報網に引っ掛かったらしい。


 それで、最近捕食対象をおじさんたちに鞍替えした口裂け女さんに色々と探ってもらっていたら、ビンゴというわけだ。


「どのぐらいでこっちに連れて来られるんでしょ?」


「もう追い込みにかかっているそうですよ」


「それは……」


 実に、実に大変面白いことになっているだろう。


 逃げ惑う浩一郎さん。それを高笑いをあげながら追いかけ回す口裂け女さん。


 浩一郎さんは逃げても逃げても続く謎の路地を、息も絶え絶えになりながらひた走り、それでも歩く口裂け女さんから逃げきれないというホラー映画みたいな展開が容易に想像できた。


 幽玄さんも同じ様な場面を想像したようで、2人して顔を見合わせると、どちらからともなく笑みが漏れる。


「なあ、親父が見つかったって本当か?」


「ええ。もうすぐこの家に逃げ込んでくると思いますよ」


「……逃げ? 何かに追われてんのか?」


 正体を知らなければという前提条件こそつくものの、襲われたら生きた心地がしないレベルの存在に。


 でもここは騙すことのできる相手を一人でも減らさないために、口にはしっかりチャックをしておいた。


「それでは誠一さま。浩一郎さまがいらした時、どうなさいますか?」


「どうって……」


「座敷童子ちゃんに迷惑をかけないように生きるって決めたんですよね?」


 幽玄さんの言葉を私が引き継ぐ。


 誠一さんは自分のことを情けないと認められた。


 何にも出来ないと自覚出来た。


 そんな状態でも、座敷童子ちゃんを守りたいと願ったはずだ。


 なら、どうすべきかを自分で考えなければいけない。


 誰かに命令されてその通りに動くだけじゃ、だ。


「さあ、誠一さん、手を!」


「あ?」


 戸惑う誠一さんの手を、私は無理やり握ると、グイッと自分の方に引き寄せながら……。


「ファイトー!」


「やらねえよ!?」


 やらないってことは分かるんだ。


「え~、ノリ悪~いですよ~。ぶーぶー」


 誠一さんは私から自身の腕を取り返すと、忌々しそうにちっと舌打ちをする。


「今どきの女子高生ってのはこんななのか。わけ分かんねえ」


「それは確実に妖香くんだけです」


「そうね。人間全体でも確実に少ない個体よ」


「わたしは極普通の一般的な女子高生ですー!」


 抗議したのに全員から疑わしそうな目を向けられてしまった。


 なしてよ……。私が平均値じゃないのはむねむねだけなのに。


 ほら、色んな偉人とかも入れて平均化するととんでもないのになるってヤツなのっ。


 みんなっ、しどいっ。


 でも嫌いじゃないわっ!


「さあ、誠一さま。時間はあまり残っておりませんよ?」


 煽りみたいにも聞こえる幽玄さんの言葉で、せっつかれた誠一さんは頭をガシガシと掻く。


 答えは出さなければいけないが、その答えが見つからないのに制限時間は迫って来るからだ。


「ああ、くそっ。この変な奴のせいで……」


「そうですわたすが変な奴です」


 変身できるから変なヤツ。


 ふははははっ、ちゃきーん!


 いーとー巻き巻き~。


「あなたはまた変なポーズをとらないの。どれだけ引き出しがあるのよ……」


「50年もの歴史がありますゆえ!」


 そろそろ私の奇行に慣れて来たのか、はたまた突っ込むことを諦めたのか、座敷童子ちゃんは腕組みをしつつ小さくため息をつくと、誠一さんへと向き直った。


「……せいちゃんも、そうやってすぐ人のせいにするのは止めなさい」


「でもな」


「でもじゃないの。返事はハイ」


「……はい」


「そうそう。自分の責任は自分で負うべきなのよ」


 見た目の年齢差は相当なものがあるのだが、なんだかんだで逆らい難いものがあるらしい。


 誠一さんは、不満が顔に浮かんではいたものの、仕方なくそれを受けいれたのだった。


 でも、座敷童子ちゃんやっさしー。


 ほとんど答えを教えてるじゃない。


 自分でなんとかしろ。


 つまり、浩一郎さんにもそうさせればいい。誠一さんが背負う必要はナッシングなのだ。


 ただ、あまりに荷物が重た過ぎれば誰かの手を借りる事だってしてもいいはず。


 私たちが座敷童子ちゃんを手伝ったように。


「座敷童子ちゃん、今のって……」


「……………」


 座敷童子ちゃんは私に向けてウィンクした後、人差し指をしーっと唇に当てる。


 自分で気付いてほしいってことなんだろうけど、過保護なんだか厳しいんだか分かんないな。


 お姉ちゃん、ってことなんだろうなぁ。


 ……座敷童子ちゃんからバブみの波動を感じるっ。


 そこへ折よく浩一郎さんが到着したのか、入り口の方からガンガンと扉を叩く音が聞こえて来る。


 鍵なんてかかっていない事もあるが、もしかしたら自分の持ち家だとも気付いてないかもしれない。


 それくらいパニックに陥っているのだろう。


「誰かぁ! ここを開けてくれぇ! た、助けて殺されるぅ!!」


「……クソ親父っ」


 情けない男の人の悲鳴で、弾かれたようにして誠一さんが走り出す。


 これで大体は終わったと言えなくもないはずだ。


 先がどうなるかは分からないが、いい方に転がっていくだろう。


 私はその背中を眺めながら、幽玄さんに尋ねる。


「幽玄さん、私達ってどうすればいいんです? このままだと不法侵入者あつかいされちゃいますよね?」


「そうですね。妖香くんの役目は終わったとも言えますが……」


 チロッとこちらを見て来るのだが、それは本気で言っているのだろうか。


 さっき喧嘩しかけたこと忘れてませんからね。


 私はお目付け役としているんです。


「ちょっとしたサプライズを用意してありますから、もう少しお邪魔させていただきましょう」


「了解でっす」


 サプライズという言葉が気にはなったが、玄関の方が何やら騒がしくなってきたため、思考を中断して急いで誠一さんの下へと走って行かざるを得なかった。


 玄関では誠一さんが何事か怒鳴りながら、浩一郎さんと思しき少々お腹が突き出たスーツ姿のオジサンの襟首を掴み、今にも殴ろうとでもいうかのように拳を振り上げていた。


 今から彼の腕に飛びついてもそれを止めることは不可能だろう。


 なら――。


「座敷童子ちゃんがスカートたくし上げてるっ!」


「は?」


 ふっ、私の予想通り気を取られたっ。


 これで幽玄さんが――。


「ふぅ。暴力はいけませんよ、暴力は」


 誠一さんが気を取られた瞬間、一足飛びに近づいた幽玄さんが、誠一さんの腕を掴む。


 幽玄さんがさして力を入れた様にも見えなかったのにも関わらず、くりんっと魔法のように誠一さんの体が回転し、あっという間に拘束してしまう。


 荒事なら得意と普段から言っている事だけはあった。


「てめっ放しやがれ!」


「暴力を振るわないと約束できるのならば放しますよ」


「ちっ、クソが!」


 暴れる誠一さんのことは任せて、私は地面にへたり込んだ浩一郎さんへ手を伸ばす。


 浩一郎さんはよほど走り回ったのか、脂汗を幾筋も流し、未だに息が整わないのか肩を大きく動かしてあえいでいた。


 無理に立たせるよりは、このままここで休んでいた方が良いんじゃないだろうかと思い直して手を引っ込める。


「座敷童子ちゃん。タオルとお水ってある?」


「用意できるけれど……」


 座敷童子ちゃんはチラリと一瞥をくれると、


「今の、忘れないわよ」


 なんてドスの効いた脅し文句を残して家の奥へと戻っていった。


 いやー、あのね? 咄嗟だったの。しょ、しょうがないよ……ね?


「ど、ドアしめよっと」


 誰が聞いているわけでもないのにそう言い訳しつつドアに手をかけて……


「うわぉう」


 ドアを閉める一瞬。ドアと壁の間にわずかに生まれる隙間から、じっとこっちを覗く女性の目が――。


 多分口裂け女さんが心配して様子を窺ってたんだろうけど、これはマジで怖かった。思わず声を出しちゃうくらい。


 おにょれ、新技か。


 でも……着々と実力付けてるんだなぁ。


 私も幽玄さんの弟子として頑張らなきゃ。


 勝手にエールを受け取った私は(別名、現実逃避)、めっちゃカオスな状態である後方へと振り返ったのだった。

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