第32話 私は助けない。君たちが勝手に助かるだけだよ

「幽玄さんっ!」


 睨み合いを続ける2人の間に割って入ると、ビターンと仰向けに寝転がる。


「妖香くん?」


「頭を冷やすために一旦眠りましょう! どうですこの凹凸の無い低反発ぼでーっ。今ならなんとお値段716円! ないむね、と覚えてくださいっ!」


 いや、あの、どうしたら? みたいな感じで幽玄さんと誠一さんが視線をさまよわせる。


 その雰囲気は明らかに先ほどまでの緊迫した雰囲気とは違っていた。


 もう一押しっ。


「こちらの低反発まくらがお気に召さないというお方!」


 ぐりんっと顔だけを誠一さんに向けたら、こっち向くなって感じの嫌な顔をされてしまった。


 でもめげないもんっ。


「誠一さんっ。あなただけにお勧めしたい特別なまくらがございますっ。あ、がばりんちょ」


 掛け声と共に元気よく起き上がった私は、座敷童子ちゃんの背後にまで移動すると――。


「そんなあなたにはこちらの高反発まくらをお試しくださいっ」


「なっ」


 まさかそんなことをするとは思ってもいなかったのだろう。


 硬直している座敷童子ちゃんの肩を抱くと、右手を彼女のたわわに実った果実の真下に持ってくる。


「推定D! 13歳ほどの容姿に対してあまりにも溢れんばかりの凹凸でございますっ」


 唖然っ。


 圧倒的場違いっ。


 もう、ざわ……ざわ……とかどよめきが聞こえて来そうなほど唐突な私の行動に、その場全てがはてなマークで支配されていた。


「お値段なんと、61900円! 逆から読んで、おおきいむね、とお覚えくださいっ! さあ誠一さんお買い上げになりますか!?」


「なに勝手にひとの胸を売ってるのよっ!!」


「あうちっ」


 あふん。結構本気でビンタされちゃった。


 ほっぺがヒリヒリして痛いよぉ。


 座敷童子ちゃんは胸を抱きしめながら私から距離を取った後、幽玄さんと誠一さんをキッと睨みつける。


「あなた達2人が喧嘩をすると、あの女がまた変なことしだすから絶対禁止っ。いいわねっ!?」


「…………」


「……はい、了解しました」


 幽玄さん素直~。


 ところで若干ほっぺが赤くありません? りんご病ですか?


「せいちゃんもっ」


「……分かったよ。あとせいちゃんって言うなよ」


「なによ、せいちゃんはせいちゃんでしょ」


 何やらちょっとした幼馴染談議に花を咲かせ始めた二人をよそに、幽玄さんが私の傍に寄って来る。


 とりあえず個別タイム? 私ってばお持ち帰りされちゃう?


 いやん、交際はまず手札交換から。


 デュエルっ。


 なんて思っていたら、幽玄さんの手が引っぱたかれた私の頬にまで伸びて来て……。


「あ、あやっ? あのっ、にゃんでしょふ?」


「すみません、妖香くん。私が冷静でなかったばかりに……」


 優しく頬を撫でられてしまった。


 というか、幽玄さんの顔がちかっ……ちかっ。うなぁぁぁっ! やっばい顔してるって自覚してぇぇっ!!


「今度、お詫びをさせてください」


「お詫びとかっ。ぜぜ、全然要らないですからっ。しししっ師匠でしゅよ? ゆーげんさんっ」


 パニックに陥った私の頭の中ではべとべとさんと口裂け女さんがコサックダンスを踊っていた。


 ゲスト出演でくねくねさんたちもコロブチカを踊っている。


 わけわからにゃいっ。


「とにかく、私の気が済みませんから。いいですね?」


「ふぁい……」


 幽玄さんにこうやって迫られて抵抗できる人っているのかな……。


 なんか大人の階段のぼっちゃった気分……。


 幽玄さんは、呆然となっている私を放置すると、誠一さんたちの方へと振り返る。


 その時には座敷童子ちゃんとの話も終わっていて、男性二人は視線を正対させた。


「すみませんでした、誠一さま。少々自分を抑えられませんでした。謝罪いたします」


 さすがの態度で、まずは幽玄さんがぺこりと頭を下げる。


 そこに嫌味な感じはなく、完全に反省していると態度に現れていた。


 文句をつけようのない謝罪をされてしまった誠一さんは、それでもプライドが先に立っているのか唇を尖らせて口の中でごにょごにょ言っている。


「早くして」


「……こっちも悪かった」


 容赦のない座敷童子ちゃんの要求に、誠一さんもようやく謝罪らしき言葉を口にした。


 全て私のお陰だな、ぬっふっふ。


「また叩きたくなるからそのドヤ顔止めなさい」


「ふぇぇん、座敷童子ちゃんがデレてくれないよぉぉっ」


「大丈夫ですよ。いつかは心を開いてくださるはずですから諦めないでください」


「あなたも勝手なことを言わないで! そんなの諦めさせなさいっ」


 ネコのようにふしゃーと威嚇する座敷童子ちゃんがデレてくれる日はまだ遠そうだった。


 でも諦めないっ。


「ところで誠一さん。座敷童子だとか付喪神だとか、よく信じられましたね」


「ん? あ、ああ、まあな」


 まさか矛先を向けられると思っていなかったのか、誠一さんは目をぱちくりさせた後に話に加わって来る。


「10年以上経ってもまったく変わってないっていうのもあるしな。それに、婆ちゃんからもそう教えられたからな……」


「……おばあちゃんがあなたと遊ぶといいわよって勧めてくれたんだっけ。なつかしいわね」


「遊ぶっていうか、おね……アンタの後ろをついていくって感じだったけどな」


「お姉ちゃんって呼ばないの?」


「……今更呼べねえよ」


 くすぐったそうに喋る誠一さんは、なんとなく先ほどまでの棘が取れた様に柔らかな表情をしている。


 いい思い出がたくさんあるんだろうなって、そんな風に感じさせる雰囲気だった。


「……あのさ。さっきの、力を使うっていうのは本当なのか?」


 誠一さんの顔が真剣なものに変わり、それに伴って話題も本質に近づいていく。


 座敷童子ちゃんは、ちょっとだけ視線をさまよわせた後、小さく頷いてそれを肯定した。


「でも、おばあちゃんがこんなにたくさんお供え物をくれたから、まだまだ大丈夫よ」


「そうじゃねえよ。そういう問題じゃねえんだよ……」


 少し冷静になれたから、客観的に物事を判断できるようになったのだろう。


 そうしたら、理解できるはずだ。


 自分たちが今まで座敷童子ちゃんにおんぶにだっこしてもらっていたからここまでやって来られたということに。


「分かってたんだ。俺はどうしようもねえクズだって。なんも出来ねえし、なんもやらねえ。でも金はあるから誤魔化して生きて来ただけだ。それすら、ひとのお陰だったとかよぉ……」


 そういうと、誠一さんは一気にテンションが急降下し、クソ馬鹿でかいため息をつく。


 今泣いたカラスがもう笑ったかいって突っ込みたくなるぐらいの落ち込み用で、暗いよ~と文句が言いたくなる。


 言わないけど。


「…………せいちゃんがそれに気づいてくれたなら、私は別にいいんだよ」


「……なっさけねぇ」


「なら、これからそうじゃなくなればいいじゃない」


「…………」


 私たちは、みんなが幸せになれるハッピーエンドを望んでいるが、幸せに答えはなくて、エンディングなんてそれこそ何十年もあとの話だ。


 だからどう進むのが正解なのか、私には分からない。


 それでも多分、今の誠一さんは、正解の方へと進もうとしているんだと思う。


 ここから先は、私が手を出せる領域じゃない。


 誠一さん自身で掴まないと意味がない。


「さて、それじゃあ後二人ですね、幽玄さん」


「ええ、そうですね――」


 折よく幽玄さんのスマホがブーっと振動してメールの強襲を知らせる。


 失礼、と断ってからそれを確認した幽玄さんが顔をあげると、そこにはいたずらっ子の様な表情が浮かんでいた。


「見つかったそうですよ、浩一郎さまが」

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