第31話 幽玄さんもあやかしでした
座敷童子ちゃんのゴシックロリータで少女趣味的な部屋で待つこと十数分。
お前誰なんだよ、とか、俺の家に勝手に入ってんじゃねえ、などの罵声が近づいてくる。
事前にバイクの排気音が聞こえなかったのは、違法改造を警察に見咎められてしまったため、歩いて来たからだろう。
そんな騒々しい音の塊がドアの目の前で一旦止まると、コンコンとノックが響く。
私は早速立ち上がると、ドアを開いて幽玄さんを迎え入れた。
「おお、おじいさん。大きな桃ですねぇ。さっそく半分に割って食べましょうねぇ、ひっひっひっ」
「人を連れて来たのにその出迎え方は若干怖いですよ、妖香くん」
「誰だてめえっ。勝手にひとん家に入りやがって!」
帰って来て早々にも関わらず、丁寧に突っ込んでくれる幽玄さんの背後から、騒音の原因である村田誠一が顔を覗かせ、そう怒鳴りつけて来る。
不良っぽい外見と、幽玄さんほどではないにせよそこそこの長身をしている誠一さんは、なかなかの迫力だった。
まあ、私がそんな事で怯むわきゃないんだけどね。
というわけで私は歌舞伎の様な見栄を切り……。
「おおっと、ここにおわすお方をどなたと心得る! 天下の人型最終兵器、幽玄様であらせられるぞ。頭が高い、控えおろぅ!」
「あ、私はもう自己紹介は終わらせましたよ」
「さいですか」
……残念。私の出番がひとつ失われてしまったのら。
そんな私達の態度が気に入らなかったのか、誠一さんは幽玄さんを乱暴に押しのけて部屋に入り、私たちを交互に睨みつけながら怒鳴りつけて来る。
「ふざけるんじゃねえっ。お前ら警察に突き出してやるっ! 勝手に住んでやがっ――」
「私が呼んだの。落ち着きなさい、せいちゃん」
座敷童子ちゃんの声を誠一さんが聴いた瞬間、まるで冷や水をぶっかけられたみたいにビクンッと背筋を凍り付かせてしまった。
ってか、せいちゃんって言われてたんだ。私も呼んでいいかな?
部屋の奥から座敷童子ちゃんが歩み出てくると、誠一さんはよほど驚いたのか音を立てて息を呑む。
その顔に浮かんでいるのは、驚愕ただ一つ。恐れなどは全く見られなかった。
「ちょっと見ない内にずいぶん大きくなったのね」
「お、お姉……ちゃん」
思わずといった感じで誠一さんの口から言葉がまろび出る。
座敷童子ちゃんと誠一さんが並んで立つと、子どもと大人にしか見えないのだが、実際の立場は完全に真逆の様だった。
座敷童子ちゃんが背伸びをしながら誠一さんの頭に手を伸ばす。
それでも頭頂部に届かなかったので、座敷童子ちゃんはもう、と拗ねる様に呟いた。
「頭もこんな金色に染めちゃって。似合ってないわよ」
「……あ、いや、これは……」
もう先ほどまでの暴力的な様子は完全になりをひそめ、お姉ちゃんに怒られる弟そのものという感じだった。
過去のこの2人にどんな思い出があるのかは分からないが、なんとなく想像できようものだ。
「それじゃあ、立ち話では気も休まらないでしょう。一旦座られては? 聞きたいこともあるでしょうし、ね」
こらっ、ゆーちゃん。ねって言いながらウィンク飛ばすんじゃありませんっ。
誠一さんが変な道に目覚めたらどうすんの!
まったくもー。
「あーあー、よし」
一旦発声練習をして声をおばあちゃんっぽく変えてから……。
「それじゃあ、おじいさん。あとは若い二人に任せましょう。年寄りは散歩でもしていましょうかねぇ」
「この中で一番若いのは妖香くんですよ」
そうですね~。
せんせー、この中に年齢が二桁くらいおかしい人がいまーす。
「ねえ、あなた手伝うってさっき言ったばっかりでしょ。なに帰ろうとしてるのよ。少なくとも現状説明くらいしていきなさいよ」
「はーい」
座敷童子ちゃんにそう言われちゃ仕方ねえ。
私は素直に部屋の中央にまで戻ると、その場にぽすんと座る。
そんな私を追う様に、それぞれが思い思いの場所に腰を下ろす。
やはりというかなんというか、折り目正しく正座をする幽玄さんはらしいって感じだった。
それから数秒間、どうすんのよって感じで互いの顔を窺い合う。
いわゆるお見合いってやつだ。
やっぱり私たち外に出た方がよかったんじゃないの、幽玄さん。
「……とりあえず自己紹介でもしたら?」
「おう、ないすあいでぃーあ。……あ、ばさっ」
座敷童子ちゃんの提案に従い、私は勢いよく立ち上がると、体を斜めに構えてエアマントをたなびかせる。
ちなみに効果音は私が口でつけてみた。
「私の正体、それはっ」
右手を目の前で、左手はお腹の前で、それぞれ水平にしてビシッとポーズを決める。
マァッド・サイエンティスっ。
「ある時は謎の女子高生。またある時は妖怪好きの女子高生。またまたある時は楽しい事大好きの女子高生!」
「結局女子高生なんですね」
「イエースッ」
大正解ですっ。正解した幽玄さんには後でご褒美をあげまーす。
「名前を言いなさい名前をっ」
えっと、本名でいいのかな?
安治じゃなくて?
幽玄さんに視線を向けて確認してみると、大きく一度頷いてくれたので、それを了承と取って本名を高らかに名乗り上げた。
「静城妖香でっす。きらりんっ」
そのまま突っ込んで欲しくてポーズを決めていたのだが……。
「用事が終わったのなら座りなさい」
うぅ、座敷童子ちゃんが冷たいよぉ。
私は言われた通りにその場に腰を下ろしたのだが、座り方はちょっと花魁みたいな感じをイメージし、両足を横に流し、左手を床についた後、右手の小指を唇に当てて、うふんって感じの色っぽいポーズを取ってみる。
その場にいた全員にガン無視されちゃったけど。
ちくせう……もう普通に座ろ。
私が足を戻したのを横目でチロリと確認した座敷童子ちゃんが(しどいっ)、口を開く。
「それで、状況を説明すべきだけど……」
「はいっ、私やり――」
「私がお話しましょう」
「ゆーげんさぁ~ん」
どぼぢていぢわるするのぉ?
「……妖香くんが説明すると無駄に長くなりそうですので」
うにゅう。よく分かってらっしゃる。
座敷童子ちゃんも頷かないでよぉ、その通りだけどぉ。
「すみません。それでですが…………」
めそめそとウソ泣きしている私を置いて、幽玄さんは座敷童子ちゃんのことや私達の関係、村田家の置かれている現状を手短に話していった。
ただし、バイクの所はきちんと伏せていたが。
「……なるほどな。つまり全部てめえらのせいってわけか」
話し終わった途端、誠一さんの瞳に怒りが宿る。
確かにダムを決壊させたのは私たちなのだから、その怒りは正当なものだ。
でも、そんな風になるまで放置したのは、私たちじゃない。
「勘違いしないで欲しいのですが、今までは座敷童子さんの力で偶然保っていただけにすぎません。その力が無くなった途端に食中毒を起こしてしまうほど管理はずさんなもので、責任を取るべき経営者は途端に雲隠れして何もできないと、非常にお粗末な体制だったのですよ」
「てめえが余計なことしなけりゃよかった事にかわりはねえ!」
「補助輪を外した程度でこけてしまう方にも問題はあると言っているんですよ」
相手が人間だからというのは果たして関係あるのだろうか。幽玄さんの言葉にはいつもの優しさが欠片も見当たらない。
一片の容赦もなく責め立てて行く。
幽玄さんは、怒っていた。
「その補助輪は、こちらの座敷童子さんに負担をかけていたものです。それがあるのが当然で、しかも自分はなんの努力も感謝もしない。いざそれが外れたら、他人のせいにして怒る」
幽玄さんはあやかしだ。
どちらかといえば、人間よりもあやかしの方に感情が傾いているのだろう。
「それを、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「んだとぉ?」
そうだ。私は忘れていた。
この案件は、傍から見れば、座敷童子ちゃんが人間に食い物にされていたんだ。
私は始めて幽玄さんと私の違いを知って、少しだけショックを受けてしまった。
でも同時に、幽玄さんの違った一面を知る事ができて、少しだけ嬉しかった。
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