第30話 ふふふ、計画通り
「はぁ?」
座敷童子ちゃんの動きが止まる。
私が抱き着いているせいで顔は見えないが、間違いなく意味が分からないって感じの表情をしているだろう。
それはそうだ。
今までの不幸に追い打ちをかけた私が何を言ってやがんだ。お前が手を出さなきゃまだマシだったろゴルァ? って突っ込みたくなるのは分かる。
っていうかたぶん私が座敷童子ちゃんの立場ならそう言いながらドロップキックをかましているだろう。
でも、これは必要だからやったことだ。
お金を与えて不幸になるきっかけを作ってしまったのなら、お金を奪ってしまえば幸福になるきっかけに出来る……かもしれない。
これはほとんど賭けの様なものだ。
でもこのまま続けていても、不幸を抜け出すことは出来ない。
やらずに後悔するよりは、やって後悔する方がいいはずだ。
少なくとも、あがいた分だけ納得が出来る。
「あの人たちを不幸にするなんてこと、座敷童子ちゃんはしたくないよね。そこは私たちがやっちゃったから、幸せにしてあげるのは座敷童子ちゃんがやるんだよ」
「あ、あんたの後始末を私がなんでやらなきゃ――」
「だから私たちも手伝うってばさよ」
でも、一番肝心なところは座敷童子ちゃんしか出来ないし、やっちゃいけない。
与えられた幸せじゃあ、また不幸になるのが目に見えている。
幸せは歩いていくだけじゃだめだから育てて捥ぎ取って身に着けて行かなきゃ。
「ねえ座敷童子ちゃん。いやなの? 村田さんたちを幸せにするのが」
「そんなわけないじゃないっ」
今、本当の願いを言ってしまったことに気付いてるのかな。
こんな簡単に引っ掛かっちゃうくらい思ってたんだよね、座敷童子ちゃん。
「なら、方法にこだわらなくても構わないと思いますよ」
幽玄さんも説得に加勢してくれる。
結局なんだかんだ言いつつも、幽玄さんだって積極的に不幸になる人を出したいわけじゃない。
幸せな人の数が多ければ多いほどいいって思ってくれているからこそ、何も言わずに私の案に乗ってくれたんだ。
「それとも、彼らは全て自分の手で救わなければ気が済まない。自分の手で救えないのなら破滅してしまえとでも?」
「幽玄さん、ちょっと言葉キツすぎぃ」
私からの非難の視線に対し、まいったとでもいうように両手をあげてみせる。
別にフリーズっていいながら銃構えてないのに。
「失礼。ですが、今あなたの目の前にはチャンスという果実が転がっています。それを、他人が用意したという理由で掴まないのなら、それは彼らの幸せを願っているのではなく、ただ自分を満足させたいという浅はかな欲求にすぎません」
もー、キツイって言ったばっかりなのに追い打ちかけるとか~。
女王様とお呼びってお仕置きしちゃうぞ?
「座敷童子さんは違うのでしょう?」
「も~、ゆーちゃんっ。ママはめって怒っちゃいますよ」
「すみません、やめます」
あのさ、優しい刑事と怖い刑事で怖い役をやって説得しようって腹なのはなんとなく分かるけど……。
そうやって幽玄さんが損な役を引き受けるの、やだ。
帰ったらホントに怒っとこ。
「あ、あのさ、座敷童子ちゃん。どうかな?」
「…………」
座敷童子ちゃんからの返事はない。
ずずっと鼻をすすり上げる音と、小さな息遣いが聞こえてくるだけ。
ただ、ずっと私に抱きしめられているのに、抵抗はまったくなかった。
「勝手に始めちゃったのはごめんね。でも私ってば高尾山インターチェンジみたいに真っすぐなの。だから止まれなくって」
「そこは日本一複雑といわれるくらい曲がりくねっていますね」
分かりにくいボケを拾ってくれてありがとぅー!
実はそろそろシリアスな雰囲気に耐えられなくなってきてたの。
「……なんなのよ、アンタ」
「こういうものでゲスよ、ちーっひっひっひっ」
ネタに走り出したことがどう働いたのかは分からないが、座敷童子ちゃんは諦める様にため息をつくと、ぐりぐりっと私の固い胸板に鼻先を擦り付けてから体を離した。
……復讐のつもりかな。
だが私の胸はまな板から洗濯板へとワープ進化済みなのだ。
ふはははは、肋骨が当たって痛かろう。
「もういいわ。なんだか怒る気も失せちゃった」
「代わりにやる気が出て来たとかない?」
「諦めよ、諦め。仕方ないから乗ってあげるの」
「やたー!!」
座敷童子ちゃんがデレたーー!
実は説得できなかったら本気でヤバいかなって思ってたり。
心臓バクバクだったんだよぉ。
「それで、なにをすればいいわけ? 具体的にはなにも聞いてないから、やることによっては今からでもやめるからね」
「いんえ~、それは大丈夫」
ね、ゆーげんさん。って感じに意味深な視線を交わし合う。
実は座敷童子ちゃんが頷くだけで事が進むようになっていた。
「座敷童子ちゃんには、とある人を説得して欲しいの。それが説得出来たら、あとはドミノ倒しみたいにうまくいく……といいなぁ」
「待ちなさい。最後に付け加えた言葉は聞き逃さなかったわよ」
「あはははは……。まあ、うまくいくかどうかなんてわかんないから」
ひとの心を強制的に捻じ曲げるなんて洗脳の域だし。
記憶を消しちゃえるさとりん先輩ならそのくらい出来るかもだけど、それは最終手段だよね。
「おほん、それでは転校生を紹介します。入って来て」
「え?」
座敷童子ちゃんの視線が門扉の向こう側へと伸びる。
もちろん、そこには誰も居ない。そのまま5秒、10秒と時間が経ち……誰も現れなかった。
まあ、知ってたけどね。
だって適当にノリで言っただけだもんっ。
「転校生は旅に出たようですね、自分探しの旅に……。さあ、みなさんも自分の足で旅立つのです」
「いいこと言った風にして誤魔化すんじゃないわよっ。どうせ誰も連れて来てなかったんでしょっ」
オゥ、バレテーラ。
「ゆーげんさーんっ。へるぷみー!」
あの人呼んで来てぇ~っ。
幽玄さんは咳ばらいをする時のように、軽く握った拳で口元を隠しながら笑みを漏らすと、はいはいと受け入れてくれた。
「少し時間がかかりますから、妖香くんも中で待たせていただいてもよろしいですか?」
「……別に、勝手にすればいいわ」
「やったー。ねえ座敷童子ちゃん、野球やろうぜぇ」
「中に入れって言われたでしょうがっ。外遊びしてどうするのよ!」
や、野球盤とかピコピコとか……。
座敷童子ちゃん意外とツッコミが激しいの、びくんびくん。
「妖香くん、大人しくして待っていてください」
「はぁーい」
「ったく」
私は腕組みをしてふんすと鼻息を荒くしている座敷童子ちゃんの肩に腕を回し、小さなおとがいにもう一方の手を添える。
そのままくいっと上向かせて、ちょっとキメ顔をしながら座敷童子ちゃんの顔を覗き込んだ。
「大人らしく、2人の時間を過ごそうか、マイハニー……」
「…………ふんっ」
「うぎゃぁぁぁっ! いった、いったい!」
思いっきり無言でつま先踏まれたぁ!
確かにふざけすぎたけどぉ。
ちょっと今までの反動が来たのぉ!
「今度今みたいな事したら家から追い出すわよ」
つま先を手に持ってぴょんぴょん飛びながら痛みを我慢している私に、座敷童子ちゃんはそう冷たく言い放つと、そのまま家の中に入って行ってしまった。
扉を開けたまんまにしてくれたのは多分……デレねっ。
「待って、置いてかないでぇ! 1人にしないでっ! 奴が来るのっ」
なんてちょっと騒ぎつつ、私は座敷童子ちゃんの後を追ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます