第29話 天下分け目の大決戦!ソイヤッソイヤッ!!

 新しい家と古い家が混然と建ち並ぶ閑散とした住宅街。座敷童子ちゃんだけが住んでいるあの村田家の前にまで私達はやってきていた。


 きっと彼女は私たちがしたことを既に知っているはずだ。


 縁を切り、不幸な目に合わせ、更に追い打ちをかけつつあるということを。


「怒ってるよにゃぁ……」


 目の前にある家は静まり返っていて物音ひとつしない。


 それが無言の圧力をかけてきている気がして、少々たじろいでしまっていた。


「妖香くんにしては珍しいですね、そういう態度」


 周囲だけに春でも来ているのかと思うほど、さわやかな笑顔をたたえた付喪神の幽玄さんが、そんな私を見てからかってくる。


 お金を要求してくる詐欺師みたいに優しい性格をしている幽玄さんのことだから、意地悪で言っているのではないだろう。


 発破をかけるか、本当にそう思っているかのどちらかだ。


 たぶん、前者だろうけど。


 どうせなら「おい、腰抜け」とか挑発してくれたら、「私のことは誰にも腰抜けなんて言わせない!」って乗れるのにぃ。


「わ、私だって乙女なんですぅ! ちょっと弱気になる時ぐらいありますよぉ。しかも今回はいじわるしたって自覚がありますしぃ」


「最終的にはそうならないようにするのでしょう? だったら――」


 幽玄さんは私を元気づけようと言葉を重ねてくれていたのだが、それを断ち切るかのように、ドアがバンッと勢いよく開いて、中から金髪ゴスロリの座敷童子ちゃん(胸部装甲マシマシ)が飛び出してきた。


「アンタねっ! 何てことしてくれるのよっ!」


 座敷童子ちゃんはもの凄い剣幕で私に詰め寄って来ると、目を吊り上げながら怒鳴りつけて来る。


 間違いなく彼女は傷ついていて、だから私は――。


「ふぁーーっ、はっはっはっはっ!! よくぞ来たな、勇者・座敷童子ちゃんめっ。褒めてつかわそう」


「…………」


 あ、幽玄さんの目が点になってる。


 いいや、座敷童子ちゃん優先っと。


「アンタね、なにしてくれてるのよっ」


 座敷童子ちゃんは感情が高ぶっているためか、私のセーラー服の襟首を掴んで詰め寄って来る。


 私の胸板に触れる彼女の手は、熱かった。


 死んで座敷童子になった女の子のものとは思えないほどに。


「なにってそんな……。いやん、エッチ。ぽっ」


「そんな話してないわよっ。なんであの人たちをあんな目に合わせたのよっ」


 そう。座敷童子ちゃんにとって、村田家の人たちはとても大切な人たちなのだ。


 それを知っていて、私は彼らを酷い目に合わせてしまった。


 直接私が手を出したわけではないけれど、私の発案でみんなにそうしてもらったのだから、一番悪いのが誰かといったら間違いなく私なのだ。


「確かに、あの人たちは今不幸な目に合ってるよね」


「そうよっ! アンタたちのせいなんでしょ!?」


「でも、その前はどうかな。本当に幸せだったのかな?」


 そんな私の一言で、あれだけ熱の入っていた座敷童子ちゃんの瞳から、灯が消えて行った。


 彼女も自覚はあったのだ。


 彼らの幸福を望んで富を与えたら、それによって彼らがどんどん不幸になってしまったことに。


 だから幽玄さんに助けを求めたのだろう。


 それでも自分で何とかしようと思っていたみたいだけれど。


「あ、アンタには関係ないでしょっ。それとこれとは別の問題よっ」


「関係なくなくなくもないよ」


「何回言ってるのよ、わけわかんないわよっ」


「ふはははっ。君は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」


「今言ったばっかりの言葉に対して聞いてるのよっ」


 うみゅ、確かに。


 正解は四回でした。


 つまり、関係はあるよ。


「ねえ、座敷童子ちゃん」


 私は胸元で微かに震えている彼女の手に、そっと私の手を添える。


「座敷童子ちゃんが本当に望んでいることはなに?」


 数日前、似たような事を問いかけた時には拒絶されてしまった。


 立ち入らないでくれと。自分の問題だからと。


 それでも私は座敷童子ちゃんの力になりたかったから無理やり突っ込んで行った。


 これ以上悲しんでほしくなかったから、傷つけると分かっていても彼女の秘密を暴き立て、勝手にいじくりまわしてしまったのだ。


 私のやり方で幸せになれるから従え、なんて傲慢なことは思っていないけれど、それに近いくらい図々しいことをやってしまっていた。


「……あなたが消えること」


 だからだろう。


 今の座敷童子ちゃんの瞳には、怒りではなく憎しみが宿っていた。


 その瞳をキッと幽玄さんの方へ向ける。


「……依頼をするわ。この人間を今すぐどこかに追いやって。私の目の届かないところならどこでもいいわ」


 ばしっと私の手が振り払われる。


 痛みは無かったけれど、ちょっとだけ胸がズキズキした。


「……座敷童子さん。私はあやかしのためにこういった活動を続けています」


 視線だけで死んじゃいそうなほど鋭い目を向けられたというのに、幽玄さんはいつものような、のほほんとした笑みを浮かべて座敷童子ちゃんの瞳を見返した。


「あやかしのため、です。人間のためではありません」


 だから幽玄さんにとって、本来は村田一家などどうでもいいのだ。


 目の前に居る、座敷童子が困らなくなればいい。


「もし妖香くんがおらず、私が解決するのならば、私はあなたの説得から始めたことでしょう。あなたは座敷童子であって安治エリカではありません、とね」


「それは……」


 おばあちゃん、今は亡き村田佐代子さんに対して恩義があるのは、座敷童子ちゃんの元となった安治エリカという一人の少女だ。


 既に死んでしまった少女が、なんのえにしかもう一度この世に関わる事が出来てしまった。


 それは本来ならば、在ってはならないこと。


 死は、別れでなくてはならず、生ある者たちを乱してはならない。


 それが絶対の法則なのだ。


 座敷童子ちゃんの行動は、それを犯してしまっていた。


「座敷童子は住み着いた家を栄えさせますが、住みたくなくなればそこを離れてしまいます。その際、その家は衰退してしまいますが、それは座敷童子の知る所ではない。それが座敷童子です」


 中には遠野物語であったように、食中毒で一家が全滅した、なんて話もある。


 純粋な座敷童子ならば、住む人のことに対して無関心であるべきなのだ。


「…………」


 幽玄さんの言葉に対して、座敷童子ちゃんは一切の言葉を無くしてしまっていた。


 それどころか、先ほどまであった憎しみすらも消えてしまっていた。


 全てを否定され、助けは一切無い。


 あげく、踏みにじったわたしを受け入れろと言われてしまったのだ。


 今、座敷童子ちゃんはどんな気持ちなのだろう。


 きっと、どうしようもなく目の前が真っ暗になって、何もしたくない、何もできない、そんな気持ちなんだと思う。


 共感は出来ても理解は出来ないだろうけど。


 ……私も、そうだったし。


「座敷童子ちゃん。私はあなたの味方だよ」


「なにが……なにが味方よっ」


「聞いてっ」


 私は座敷童子ちゃんの小さな体を抱き寄せる。


 抱きしめた瞬間は、驚きから固まっていたのだが、すぐに我を取り戻してもがきだす。


 私は振り回される彼女の手を、腕の中に押し込むようにして拘束していった。


「酷いことを言うけど、ごめんね」


「うるさいっ」


 泣いているのだろう、私の胸元に熱いものが広がって行く。


 悲しいからじゃない。


 きっと、理不尽なこの世界に押しつぶされてしまいそうで、訳も分からず涙があふれて来てしまうのだ。


「あの人たちが不幸になったのは、あの人たちの責任なの。望んでないかもしれないけど、それは自業自得」


 父である浩一郎が、不倫して家庭を壊したのは浩一郎自身の責任。


 母である雅美が、ただ無為に時を過ごして引きこもったのも彼女の責任。


 息子である誠一が、大学を中退して自堕落に生きたのも彼の責任だ。


 下手にお金があったというのも不幸になった一因かもしれないが、それでも彼らが選択をした結果、勝手に不幸になって行ったのだ。


「座敷童子ちゃんが責任を感じてそれを取り戻そうとする必要はないの。あの人たちは、自ら望んで不幸になったんだよ」


「だからなに? 見捨てろっていうの? それともせせら笑ってざまあみろって言えばいいの? そんなことできるわけないでしょ!?」


「……うん。だから村田さんたちを幸せにしてあげようよ、座敷童子ちゃんの手で」

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