第28話 作戦はまだ始まったばかり

「だから、事故だっつってんだろ! あぁ? どう見たって死んでるから救急車じゃなくて警察に電話入れてんだろうが!」


 ライダースーツに身を包んだ男――誠一が、手に持ったスマホへ向けて怒鳴りつけている。


 相当苛立っているのか、彼はせわしなく辺りを歩き回っているのだが、死体だけは見たくないのか、転がっている老人の方へ顔を向けることは無かった。


 それはつまり――。


「はーい、皆さんこんばんわ~。寝起きドッキリの時間がやってまいりました~」


「妖香くん、声はもう少し抑えてくださいね」


 街灯の光が当たらない闇の中に、こっそり隠れている私と幽玄さんが、誠一さんに見つかる可能性はまず無いという事だ。


 ただ、幽玄さんはまだ不安だったのか、手刀を作ってついと虚空を走らせる様な動作をした。


 その瞬間。


「おい、聞いてんのか? おいっ!」


 誠一さんが更に怒鳴り声を上げ、やがて首を傾げながらいそいそとこの場から離れて行った。


「なにしたんですか?」


「通信を斬りました」


「またまた~」


 え、マジ?


 たまたま電波が入らなくなっただけじゃなくって?


 いやいや、便利すぎでしょ何そのチート。


「他にも色々出来ますよ。縁を切ったりとかもできます」


「そんなっ。アナタ、別れるなんていやよ。べとべとさんとは一時の遊びだったの! 本命はアナタだけよっ」


「いきなり昼ドラ展開にならないでください」


 昼ドラって分かるんだ。幽玄さんも見るのかなっと、そんな事より……。


 よし、目標は十分離れているっ。


 バレる事はない今がアタックチャンスッ。


 幽玄さんと漫才してる場合じゃねぇっ!


 私は念のために周囲を確認した後、暗闇から踊り出すと、現代アートみたいな体勢で倒れているおじいちゃんの元にまで急いだ。


「おじいちゃんおじいちゃん。もういいから逃げよ」


 うっわー、近くで見るとこれは……正直グログロだぁ。


 こりゃ死んでますわ。


「おお、もういいんかいの?」


 死体そのものにしか見えなかったおじいちゃんは、私の言葉を聞いた途端、何事もなかったかのようにふわりと浮かび上がる。


 おじいちゃんが死体に見えるのは当たり前というか見えるどころの話ではなく、実際そのものなのだ。


 彼は以前私が柳の木を植えた時に移り住んだ幽霊さんだったのだから。


「もうハリウッドから出演依頼が来るくらい迫真の演技だったよ!」


「演技と言いますか、実際轢かれてましたよね」


 幽玄さんの言う通り、実際におじいちゃんはバイクに轢かれてみせたのだ。


 よく怖い話などであるが、女の人が急に車の前に飛び出してきて轢かれてしまう。


 車のガラスは割れ、肉片が飛び散り、車内は大パニックに。


 なのに外に出ると死体なんてなくて、事故が起こった様子もない。


 それはここで事故死してしまった幽霊が、何度も事故死する瞬間を繰り返しているのだ……なんてヤツだ。


 私や幽玄さんの知り合いに、そんな事出来る人は山ほど居るのだから、今日は急遽出演してもらったのだった。


「おお、そうかそうか。なら今度心霊写真に写ってみるかのぉ。目指せ全国放送!」


「全国なんてぬるいよぉ。目指せ映画化! 全俺が泣いた!」


「スケールが小さくなってませんか? ほら、誠一さまに気付かれてしまう前に移動しますよ」


「はーい」


 幽玄さんに急かされ、私達は事故の跡が残っていないかを手早く確認してからその場を後にした。


 これで誠一さんが帰って来たら、死体が消えている、という寸法である。


 警察が来ても事故の痕跡がない以上、誠一さんが夢でも見たのだろうと結論づけて相手にされないだろう。


 全ては何もなかったことになってしまうのだが、ならば何故こうやって事故を起こして見せたのか、という事になる。


 それは、誠一さんからバイクという逃げ場所を奪う為だ。


 無かった事になったとしても、彼が人を轢いた感触はまだ生々しく残っている事だろう。そんな状態でバイクに乗れるだろうか?


 もし乗ったとしても、それならおじいちゃんに夢枕に立ってもらったり、ふと目の前を横切ってもらって、恨めしやとでも言えば確実に乗れなくなるだろう。


 もちろんこれは追い込むことが目的ではない。


 分かってもらう為の手段として、他に気が行かないようにしているだけのこと。


 ちょっと心苦しいけど。


 さあ、グランドフィナーレまでクライマックスで突っ走るぜっ。

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