第27話 注意一瞬、事故一生
親父が何かへまをしたらしい。
色んな連中から俺のスマホにも電話が入ってきていたが、俺の知ったこっちゃないから、全て無視をしていたのだが……。
「お前んち、潰れんじゃねえの?」
暗闇に染まり誰も来ない公道で、火の入った数台のバイクがたむろしている。
彼らはよくつるんでいる俺のバイク仲間だが、そのうちの一人からこんな事を言われたらさすがに気にはなって来た。
「知らねえよ」
否定しつつも俺は、本革で出来た黒いライダースーツに取り付けられた、腰のポーチからスマホを引っ張り出して電源を入れる。
途端にずらずらと通知が川の様に流れだし、画面を埋め尽くしてしまった。
それだけで見る気が失せそうになったが、一応メールの確認ぐらいはしておくかと画面を操作して流し見て行く。
全て親父である浩一郎を探してくれというもので、その内容を説明する物は一つとしてない。
家にほとんど寄り付かない親父の居所など俺が知るはずもなく、当事者のはずの俺は蚊帳の外に居るようだった。
「何があった?」
俺はいじっていたスマホを乱暴にポーチの中へしまうとからかって来た仲間――安い金髪を逆立てている細身の男――にガンを飛ばす。
「ク・ソ」
「あぁ?」
何が面白いのか、忍び笑いをしてなかなかその先を言おうとしない。
いい加減にしろと手が出そうになったところを、別の奴が口をはさんで来た。
「お前のとこのスーパーが食中毒起こしたらしいぜ。なんか、ネットで流れてる」
ほれ、と眼前にかざされたスマホの画面には、確かに今言ったとおりの事が様々な煽り文句で飾り立てられながら書かれてあった。
なるほど、これならメールや着信があれほど付いていたことも理解できる。
飲食業に置いて、絶対にあってはならないレベルのへまをやらかしてしまったのだ。
しかもトップとは連絡がつかない。
最悪を通り越している状況に陥っていたというわけだ、あのクソ親父は。
「……知らねーよっ」
俺は手でスマホを振り払うと、クラッチを切った状態で右手を捻ってエンジンを吹かす。
違法改造されたマフラーからは耳をつんざくような爆音が轟き、夜の闇に吸い込まれていった。
「いい音だな」
「たりめーだっ」
この改造をするために、かなりの金額を積む必要があった。
もちろん、10や20では桁が足りない。違法改造は、持ち主だけでなく改造した店まで罰金の義務を負う。
そうやって危ない橋を渡り、ようやく手に入れた音なのだ。
他人からすれば騒音かもしれないが、俺たちにとってはファンファーレに等しかった。
「いくぞっ」
俺はミラーに引っかけていたヘルメットを被り、スタンドを後足で蹴り上げるとバイクを発進させた。
後ろでなにやら騒ぐ声が追いかけてくるが、速度を上げればあっという間に消えてなくなってしまう。
こんな風に煩わしい何もかもが消えてしまえばと、そう思わないでもなかった。
しばらくバイクを転がしていて、違和感に気付く。
いくら待っても仲間が来ないのだ。
速度を緩め、ミラーで後方を確認してみても一切光は見えなかった。
ライトを点けていないという可能性もあったが、夜道、しかも人気が無く、街灯もかなりまばらにしかない。さすがにそれは自殺行為だろう。
となれば結論は一つ。
沈む船からネズミが逃げ出す様に、落ち目の俺から引いていったという事。
「チッ」
忌々しい。
クソ親父も、あいつ等も。
そんな行き場のない感情を叩きつけるかのように、アクセルを回してバイクを加速させる。
気持ちのいい加重が全身にかかり、風がライダースーツの上からでも自覚できるほどの強さで体を叩いていく。街灯が尾を引いて後方に過ぎ去っていき、景色が目まぐるしく変わって行った。
心地が良い。
これを感じている間は、何も考えずにすむから。
俺がそんな風にバイクの生み出す世界に浸っていた時だった。
後方から光が迫って来る。
ミラーに映る数はたった一つだったが、それでも来てくれた事に安心感を抱いていた。
光が近づいて来て、それに向かって遅かったなと声をかけようとして――気付く。
迫って来たのはエアロパーツを多用した流線形のバイクで、そこに乗っているのはフルフェイスヘルメットで顔を覆った、しかし明らかに仲間ではない人物だった。
謎のライダーが、パッパッとクラクションを鳴らし、左手を放して人差し指で着いてこいと挑発をしてくる。
そして、悠然と俺を抜き去っていった。
勝負しろ。そうやつの背中が語っている。
ここから先はあまり車の通らず、比較的まっすぐな道が続いているため、そういう勝負にはもってこいの場所なのだ。
俺たちがこの公道でたむろしているにはそういう理由もあった。
「……いいぜ、乗ってやるよ」
ギアを上げ、バイクをさらに加速させる。
エンジンは俺の感情を代弁するかのように唸り声を上げ、メーターは70、80とどんどん数字を増やしていき、先を走る野郎の背中がどんどんと大きくなっていった。
追い抜ける、と思った瞬間、奴のバイクがそれを邪魔するように動く。
「ちっ」
接触を避けるため、速度を緩めざるを得ず、その隙を狙って奴が速度を上げる。
彼我の距離は見る間に開いていく。
それを嘲るかのように、奴は左右にゆらゆらと揺れ……。
「――もう許さねぇ」
頭に血が上った俺は、完全に叩き潰してやると心に誓った。
それから俺は何度もアタックをかけ、右に左に揺さぶりながら追い抜く機会をうかがった。
その度に奴は潰し、時には加速して逃れ、こんな時でなければ感心するほどの腕前でバイクを操り、邪魔してきた。
だが、いくら奴がいい腕を持っていたところで、道をよく知っているこちらに一日の長がある。
曲がり角を利用してバイクの車体をインコースに滑り込ませ、強引に抜き去ってやった。
「ざまあみろっ!」
悩まされた分、追い抜いた時の爽快感は格別だった。
俺は挑発仕返してやろうと、左中指を立てながら――――。
――ゴリュッ。
音にしたらそんな感じだろうか。
バイクが何かに乗り上げ、ハンドルが浮き上がって暴れ出す。
その理由は恐らく、何かを轢いてしまったのだ。
俺は確かに今一瞬、よそ見運転をしてしまっていた。
その一瞬で、何かをやらかしてしまったのだ。
「くそっ!」
慌ててハンドルを押さえつけてバイクを掌握する。
もう勝負どころではなかった。
俺は急ブレーキをかけてバイクを止める。
慌てて後ろを振り向いても、そこにあるのは暗闇だけで、俺が何を轢いてしまったのか、確認することなど出来なかった。
「……野郎、逃げやがったか!?」
速度を出していたのだ。
止まるまでには相応の時間と距離が掛かる。
先ほどまで戯れていた相手の姿は全く見当たらなかった。
擦り付けられた? いや、轢いたのは俺だ。そんな言い訳は通用しないだろう。
クソが。親父がやらかしたと思ったら俺までも!
クソがっクソがっ。
何度も何度も心の中でそう吐き捨ててみても現実は変わらない。
せめてネコか何かであってくれと祈りながらバイクを反転させると、今度は緩やかな速度で逆走し始める。
しかしあれだけ大きな衝撃が、そんな小さな動物ではありえないと、俺は何となく気付いていた。
体感では5分ほど探し回ったところで、ライトが道路に寝転がる、何かを照らし出す。
つよいライトで白に染まっており、色は分かり辛かったが、何か着物の様なものを着た男性の老人、という事だけはなんとか見て取れたのだが……。
それは明らかに、人の死体だった。
「うっ」
首があり得ない角度で曲がっており、手や足もそれぞれが明後日の方角を向いている。重いバイクが乗り上げ、蹂躙した事で骨がバキバキに折れてしまった結果だろう。
誰がどう見たって、完全に命はなかった。
喉の奥からこみ上げて来るものを、手で口を覆い、懸命にこらえる。
自分が殺してしまったという恐怖と罪悪感。この場所に証拠を残す訳には行かないという保身。様々な感情が俺の中で渦を巻く。
どうしていいか分からなかった。
ここから逃げ出してしまいたかった。
……そんな事をしても無駄だろう。
明日にはこの死体が見つかれば、この辺りをよく走り回っている俺らが一番始めに目を付けられるはずだ。
そしてタイヤ痕でも照合されれば一発でアウト。犯人が俺である事がバレてしまう。
それなら証拠隠滅に走るべきかとも考えたが、それも無理だと結論付ける。
そもそも、俺と競っていた奴に一部始終を見られてしまっているのだ。
奴が逃げ出したのも、俺を通報するためかもしれなかった。
つまり――。
「終わり……かよ」
ほんの一瞬。
たったそれだけで、俺の人生は終わりを告げた。
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