四冊目:人生の壁とは

 人生の中で、進むも出来ず退くも出来ない、そんな壁が往々にして突然訪れることがある。まさに今がその時な気がしている。


 すべての始まりは本当に突然で、「恵菜えな先輩が好きなんです……」といつもは淡白でクールな後輩が弱弱し気に誰かに相談している所をたまたま聞いてしまったのだ。


 そしてあろうことかその恵菜先輩というのが信じられないことだが、私のことで。それを聞いてしまった私の表情は、平常心を求めるあまりひどく硬いものになっていて、足早にその後輩がいる一年の教室から離れ、これでもかというくらい素早く階段を駆け下り、全速力で帰宅した。


 だが今となってはそれも何か月も前のこと。




 ボーっとそんなことを考えていれば、帰りのホームルームは終わってしまったようで、クラスメイト達は各々帰る支度をしたり、教室から出ている者もいた。私も配られたプリントや、ふでばこをカバンの中にしまい、帰る支度をする。


 「よっ、帰ろうぜ」


 気さくに声をかけてきたのは、同じクラスで幼馴染の賢人けんとだ。彼は今日も、小学生の時から変わらない、にかっとした笑顔をこちらに向けている。


 「おー、今しまってるからちょっと待ってー」

 「マイペースだなぁ! まあいいやお邪魔しまーす」


 気づけば教室には私と賢人を含めて数人しか残っていなかった。賢人は前の席へと腰を下ろし、こちらの机に肘をかけて待ちの姿勢だ。


 「もう十月だってよ! 一年ってあっという間だよな」


 んー、と適当に相づちをうちながら机の中の教科書やノートをカバンの中に入れていく。途中いつも入れているはずの折り畳み傘が入ってないことに気づき、そういえばと窓から外の方を見てみる。灰色の雲が空をおおいつくしていて、とてもいい天気とは呼べない。


 「雨って降るかね?」

 「おい! オレの話聞けよ!」

 「いや天気予報で言ってたから」


 適当に聞き流していたことがバレて、ごめんごめんと悪びれずに言う私に賢人は呆れたような表情を浮かべながら、窓の外を見る。


 「んー? というかもう降ってないか?」


 えっ、と困惑しながら窓の外を見るとパラパラと小雨が降り始めていた。





 それから何度カバンの中を漁っても結果は変わらず、諦めて賢人の傘に入れてもらうことにした。


 「オレの傘でけぇし、ちょうどいいじゃん!」

 「そりゃそうだけど、カバンぬれるだろうが」


 そんな会話をしながら歩を進める先は、1年生の教室の方だ。こっちの学年も既にホームルームが終わっているようで、人はおらずガランとしている。


 階段を上がってすぐの教室をのぞくと一人だけ、日誌をパラパラとめくる人物。


 「はるか! 終わったか?」


 別学年の生徒が教室に入るのは禁止されているので、廊下の方から賢人が声をかける。


 ピタリと日誌をめくる手を止め、こちらを振り返るのは、後輩であり賢人と同じく幼馴染の遥。何か月か前に私のことが好きだと相談していた張本人だ。


 「あーはい、今終わったんでそっち行きます」


 よっ、と声をあげながら立ち上がった彼は、私より何センチか高い位の身長だ。入学時に見た時には私より頭一つ分小さかったのを思い出し、メラと対抗心がくすぶる。何年か後には完全に私が遥を見上げる状態になっている未来が思い浮かんでしまった。


 「どうしました? 」


 じとりと遥の頭のてっぺん辺りを睨みつけていると、いつも通りクールな様子で問いかけてくる。目線はそんなに変わらないし、私も伸びるかもしれないし。


 「んー雨やんだかなって、外見てた」


 視線を窓の方へずらし、そう返す。あいにくと雨はやんでいるどころか、本降りといった所だった。


 「だめだこりゃ」

 「恵菜先輩傘忘れたんですか?」


 何気ない問いかけだが、相手が遥なだけあって微かに動揺してしまう。頭の中で平常心、と繰り返し唱える。


 「そうなんだよね、折りたたみのやつ昨日使って干したまんまでさ」

 「どこに干したんですか」

 「ベランダ」

 「うわ」


 ご愁傷様と言わんばかりの合掌姿勢だ。恨みがまし気に遥の腕を小突いてやる。


 珍しく静かな賢人の方へ顔を向けると、いつ間にやら来ていた同級生の友人尚人ひさとと話をしている。尚人の表情を見るに何か困ったことがあったらしく、私が見ていることに気づいたのか、申し訳なさそうな表情をこちらへしてみせた。尚人の様子につられてか賢人も振り返り、こちらへ駆け寄ってくる。


 「すまん! ちょっと手伝わないといけないことがあるから、二人先帰っててくれ!」

 「えっ」


 前進後退共に不可な壁がそびえたとうとしていた

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