最終話 ナインテール
4
それから実に十年の月日が流れた。タウロスは各地で魔王級と呼ばれる怪物を倒して周り、英雄と崇められるほどの存在になっていた。そしてその間に結婚し、妻との間に娘をもうけていた。名前はあのときの少女と同じ、ナインテールと名づけた。気力体力共に充実した体には数多くの戦闘経験が刻み込まれていた。
そんな彼は自らが救った村や街を回る旅をしていた。タウロスには十年前に立ち寄ったあの僻地に似つかわしくない楽園のような村で救った少女の運命が気になっていた。親子はもう村にはいないだろうが、念のため村を見ていこう。そう思い立ち、初めてやってきたとおり、分厚い雲の漂う空の下を馬でゆっくりと徐行した。
しかし、あの日と同じ丘の上でタウロスが目にした物は以前とは比べ物にならないほどに発展した城塞都市だった。
一体どういうことだ。あの村で何が起こったんだ。
まさか、あの親子は夜逃げに失敗したのか? それともあの村長の地道な努力の成果なのか?
頭の中がやや錯乱状態になりつつあったが、すぐに平常心に戻り、タウロスは丘を下りて城塞都市へと向かった。
都市の荘厳な門の前には兵隊がいた。
「お主、立ち止まれ! 」
言われたとおり、タウロスは座った。
「ここはナインテールの街だ。貴殿は旅の者か?」
ナインテールの街?
タウロスは嫌な予感を感じたが、兵隊には素直に旅の者である事を打ち明けた。
「私の名前はタウロスだ。こんな僻地にある街では聞いたことはないかな?」
「タウロス、まさか、魔王殺しのタウロス殿ですか」
「ああ、そうだ」
「これは失礼しました。ナインテール殿が貴殿をずっとお待ち申しておりました。どうぞ中にお入り下さい」
「わかった」
タウロスは、自らの想定とは大幅に異なった街の状況に多少狼狽しながらも、城塞都市に侵入した。
ゴシック様式の建造物で覆いつくされた街は多くの人々が行きかい、商店街などは圧倒的な賑わいを見せていた。
「一体これはどういうことだ」
やはりあの親子は夜逃げに失敗したのだろう。だがナインテールの魔力は封じた。恐らくは違う誰か他の膨大な魔力を持った人間を利用して村長が村を発展させたのだろう。だが先ほどの門番はナインテールの名前を口にした。一体何がどうなっているのだ。
知りたいことは沢山あったが、タウロスは一際大きなゴシック建築様式の建物の中に入った。
その建物の中で、タウロスは信じられない光景を目にした。年端も行かない100は軽く超える大多数の魔力を持った三歳から五歳程の幼女達の後頭部にケーブルが差し込まれ、まるで物言わぬ人形のように床に座していた。そしてそのケーブルは、天井にある幾つもの巨大なカラクリ装置に溢れんばかりの魔道の才能を源泉から吸い取られていたのだ。
「なっなんてことだ」
タウロスは絶句し、後ずさりした。魔力を吸い取られている少女達の姿が自分の幼い娘と重なって、彼の心に深い傷を与えた。
「タウロス様、お待ちしておりました」
聞き覚えのある声が英雄の耳を引っ張った。
降り返ると、そこには髪の長い美しい女性が優美な所作で立ち尽くしていたのだ。
「まさか、お前は、ナインテールなのか?」
「そうです」
どういうことだ。一体何が起こったんだ。そしてナインテールは何をやっているんだ。
「一体どういうことだ。キミは父君と共に村を抜け出したのではないのか」
「それは失敗しました」
「何だと」
「あなたが去ってすぐあとの夕方、私達親子は村長に足止めされ、父は豊かさを求めた村人達に撲殺されました。」
「なんということだ」
「私は残された魔力を振り絞って村長を殺しました。そんな私には、もはや住民たちを殺すほどの魔力は残されていなかったのです。そして私は父のためにも生きるために村人達に誓ったのです。この村を今より大きく発展させると」
淡々と話すナインテールには人間とは思えぬ獣性と微量な魔力が混在していた。
「キミは自分が何をしているのか分かっているのか?」
「はい、存じておりますタウロス様。彼女達は各地から私が集めた魔力を持った選りすぐりの幼女達です。彼女達のおかげで村は城塞都市になるまでに発展し、豊かになりました」
「キミのやっていることは間違っている! こんなことは止めるんだっ」
タウロスは感情を高ぶらせ、激昂した。
「わかってください、タウロス様。所詮人間は一度味わった豊かさを捨てられない哀しい生き物なのです」
「だからと言って誰かを犠牲にして得る豊かさに価値など無いっ」
タウロスの背後からは、嘆きあえぐ少女達の声が数多く聞こえた。
「私は彼女達を助ける」
「そうはさせません。」
ナインテールは手をタウロスの前にかざし、衝撃波によって彼を吹き飛ばした。しかしタウロスは怯むことなく床から上体を起こし、剣を抜くと、ナインテールに切りかかっていった。
ナインテールは5つのエネルギー弾を断続的に放出してきた。タウロスはその内の一つを盾で防ぎ、その内の一つを使い込んだ剣で切りふせ、その内の2つを巧みに交わし、最後の光弾を盾ではじき返し、ナインテールにぶつけた。そしてたじろぐ彼女目掛けて突進していった。
その刃は彼女の心の臓を的確に捉えた。ぐはっと声を上げ、ナインテールはその場に屑折れた。
タウロスは剣をしまうとナインテールを抱きかかえた。
「どうして、タウロス様、・・・なんで、なんで分かっていただけないのです」
ナインテールは涙を流しながら、タウロスにそう強く訴えた。
「所詮私達は分かり合えない同士だったのだよ」
「タウロス様・・・」
「眠れ、安らかに」
タウロスの言葉を聴き、彼の腕の中でナインテールは絶命した。
自ら信じた正義の行動が、時を巡って自らを苦しめることになるとは。
タウロスは胸を強く押さえ歯軋りすると、ゆっくりと立ち上がった。
あのとき村長を殺しておけばよかったのか?
自分が責任を持って彼女達親子を逃がすべきだったのか?
そもそも関わるべきではなかったのか?
様々な思いを抱えながら、タウロスは幼女達を助け始めた。
了
幼女人形 伊可乃万 @arete3589
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