第44話 喜びの声

その知らせは、他の妃達にも伝えられた。

「ああ、皇子が産まれたのね。」

一報を聞いた白蓮は、信志と同じように、涙を流した。

そして、『跡継ぎは必ず産まれる。』と言い残してくれた、祭壇の老人に、お礼を言い続けた。


次に聞いた青蘭は、静かに夜明けの空を眺めた。

「よかった、黄杏さん。」

青蘭の目に、王に特別想いを寄せる、純真無垢な黄杏の姿が、思い浮かぶ。

「本当によかった。皇子の母が、黄杏さんで。」

次に聞いた紅梅は、産まれたばかりの姫の隣に寝ていた。

「そう、黄杏さんのお子、皇子だったのね。」

「はい。」

女人は、少し嫌な予感がした。

先に皇子を産まれて、嫉妬しているのではないかと。

「よかったわね、明梅。あなたに弟が産まれたわよ。」

紅梅は、赤子に頬を寄せた。

「あなたの弟は、未来の王よ。よく面倒をみてあげてね。」

紅梅の言葉に、女人はほっと、一息をついた。


皇子誕生の知らせは、忠仁の屋敷にも、届けられた。

「ああ!やってくれたか!黄杏様が!」

手を合わせながら忠仁は、朝陽に何度も何度も祈った。

「よかった。黄杏様を連れて来て、よかった。よかった!」

忠仁は、王と一緒に行った、国の外れにあるあの小さな村を思い出した。

たくさんの娘達の中から、王が選んだのは、印象の薄いしかも兄のいる黄杏だった。

可愛らしかったが、なぜこの娘なのかと、疑問に思った程だ。

それでも妃に迎えたいと、王は言い張った。

それはまるで、王の両親を思い出せる。

王の母・雪賢も身分が低い為に、妃候補にはなれなかった。

家臣に降嫁される事が決まっていたが、その相手は忠仁だった。

周囲に決められた結婚。

だが雪賢は、息を飲む程美しい姫だった。

たまには、良い事もあるものだと思っていた時に、王から雪賢を諦めてほしいと頼まれた。

雪賢も又、王を愛していた。

そして産まれたのが、今の王・信志だ。

「……雪賢様。あなたの命を懸けた想いが、今又、実を結びましたぞ。」

忠仁は、涙を拭った。


そしてもう一人、命を懸けた者が、この屋敷には住んでいた。

黄杏の兄、将拓だ。

家族に忠仁から受けた話をし、一家で忠仁の家に、引っ越してきたのだ。


「おはようございます、父上様。」

そう、将拓は忠仁の養子になっていた。

「ああ、将拓。おはよう。喜べ、黄杏様に御子が産まれたぞ。」

「それはよかった。母子共に、健康でございましたか?」

忠仁は、将拓の前に腰を降ろした。

「ああ、元気だ。お妃様も皇子様も。」

「えっ?」

将拓は、目を大きく開いた。

「皇子をお産みなさった。そなたの妹君は。」

その瞬間、将拓の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

「ああ……忠仁様、有難うございます。」

「私に礼を言うか。」

「はい。忠仁様がいらっしゃらなかったら、この時を迎える事は、できませんでした。」


忠仁と将拓が、泣きながら抱き合っている頃。

産まれたばかりの皇子を、信志は飽きる事なく眺め続けた。

「可愛いのう……」

まだ生まれたばかりで、肌は赤く、手も小さい。

「そう言えば、明梅が産まれた時よりも、大きいな。皇子だからか。」

何を見ても、信志と黄杏にとっては、至福に感じる。

「名前は決まりましたか?」

黄杏は、信志を見ながら尋ねた。

「ああ。光仁と名付けようと思う。」

「光仁?」

「ああ。仁は、”思いやり”と言う意味もある。光は、そなたが御子を産む時、光が見えると言っただろう?」

黄杏は、信志と顔を合わせた。

「嬉しい……聞いて下さっていたのですね。」

「聞き逃すものか。新しい時代の幕開けを……」

黄杏と信志は、新しく生まれた光仁を交えて、お互いを抱きしめ合った。


その後、皇子の誕生は国中を駆け巡り、もちろん黄杏と将拓の故郷、多宝村にも知らせがやってきた。

「やった、やった!」

黄杏の父は、知らせを聞いて、膝を地面に着き、空を仰いだ。

「黄杏が、皇子を産んだ!あの黄杏が!私達の黄杏が!」

村人も一斉に、皇子誕生を祝った。


「これであんたは、次代の王のお爺様か。」

村人の一人が言った。

「よせよ。孫って言ったって、一生会える訳でもないし。俺は黄杏が無事子を産んだだけで、幸せだ。」

黄杏の父が、照れながら言った。

「本当にそれだけで、いいのかな。」

知らせを持って来た役人が、ニヤニヤしながら聞いた。

「いや、だって、他に何もないでしょうに。」

村人は、少しざわついた。

「喜べ。国母様の産まれ故郷の多宝村には、今後永久的に、税を課す事はないと、王からのお達しだ。」

「本当か!?」

「ああ。ここに王の文書も、きちんとある。」

それを見た村人は、飛び上がる程に喜んだ。


それ以降、この国は

永く続く

幸せな時代が続いた。


- END -

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宮花物語 日下奈緒 @nao-kusaka

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