第6話『D』

 静かに玄関が開きました。そして、居間に現れたのは一人の女性でした。


「こんばんは、まどかちゃん」


 女性です。夜、独りの私は居間のソファーで女性を迎えました。


「なんだか、すごく良い匂いがするわ。爽やかな香りね」


 ローテーブルのグラスにはサングリアが有ります。独りの夜を、私はこうして過ごします。


「ああ、サングリアの香りか。あのヒトのお手製ね」


 女性はソファーに荷物を優しく置きました。包装紙に包まれたソレは、ふくらみが有ります。


「アタシも貰って良いかしら?」


 女性はキッチンに向かいます。そして、冷蔵庫からはサングリアの入ったデカンタを躊躇なく、取り出しました。


「まずは一杯」


 女性は薄いガラスのグラスを選びました。スマートな細身のタイプです。女性は立ったまま、グラスを呷りました。


「うん、まあまあね。でも、冷たさがイマイチかしら。白ワインはキンキンに冷やす方が美味しいのよ」


 私は何も言いませんでした。



 女性はワインクーラーを見つけ、氷と水を溜めました。そのままローテーブルに運び、氷水にデカンタを浸けます。


「それ、変わったグラスね。目新しいモノって、あのヒト好きよね」


 正面に座った女性は、私のグラスを見つめています。八色ガラスで造られたグラスから、八様の色が見えました。サングリアの淡い、薄黄緑色もその中にあります。


「あのヒトは仕事?遊び?どうせ、金持ち連中の集まりでしょうから、どちらも似たようなモノよね」


 私は何も言いませんでした。


「最近、あのヒトの仕事は順調なの?あのヒトって、外面は良いけど、プライドが高いから…。苦労していると思うのよ」


 伏し目がちに、女性は男性について話し続けます。聞かされている私は、ずっと、その俯いた顔を見つめていました。そして、言葉は途切れがちになっていきます。


「独りで、寂しく、無い?」


 途端に、女性は顔を上げます。


「人形相手にナニを言ってんだ?アタシは!」


 女性はサングリアをグラスに注ぎました。ガラス同士が触れ、軽い音を発しました。リムに口をつけ、半分ほど空にします。


「やっぱり、冷やすと良いわ。酸味と香りが引き立つもの。それに、キウイと白葡萄の相性は結構、良いわね。ミントも丁度良いし、種の粒々も美味しいわ。上出来、上出来」


 女性は私を見つめます。


「飲めないなんて、残念ね」


 女性は言葉を続けます。


「食べられない、喋れない、動けない、濡れない。ヒトとして当たり前の事が、アナタには出来ない、残念ね。でも、それは仕方が無いわ。アナタは人形だもの」


 私は何も言いませんでした。


「そんなヒトとして当たり前の事を、アタシからプレゼントしてあげる。勿論、本物は無理よ。まあ、疑似体験とでもいうのかしら。でも、それが丁度いいわ。だって、アナタは人形だもの」


 女性はソファーの荷物を取り上げます。そして、膝の上に置き、包装紙をゆっくり解き始めました。


「アタシはアナタのコウノトリ」


 解かれた中から、人形が現れました。柔らかそうに頬がぷっくりと膨れています。


「この子はアナタの赤ちゃんです。どう?可愛いでしょう」


 目の高さにあげ、私にその子を見せてくれました。赤ちゃんはピンク色の帽子とお揃いのベビー服を着ています。ベビー服は洗濯したてのタオルのように、ふかふかでした。


「アナタは今日からママよ」


 女性は私の腕に赤ちゃんを載せました。赤ちゃんが私を見つめます。


「さあさあ、ママさん。おっぱいを欲しがっているわよ」


 女性はルームウエアを捲り、私の片胸を露わにしました。ぐい、と近づけた小さな口元が、私の乳房に触れたように思えました。


「そうそう、上手よ、まどかちゃん。赤ちゃんの抱き方もグッド。もうすっかりママね」


 私は腕の中の赤ちゃんを見つめます。抱いた赤ちゃんは私を見つめています。赤ちゃんの、大きな瞳に見つめられることが、とても嬉しく思いました。


 それから暫く女性の話を聞いていました。それによると、愛情のある男と女には子供があると知りました。


「きっとあのヒトも喜ぶわ」


 私は女性に感謝します。     終

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