回顧
「全ロスターズに次ぐ。至急、隠れ家に集合。儀式の準備が整った」
それだけの一言にどれほどの影響力があったのか。ほとんどの人々には知るよしもない。原理の分からない方法で、たった四人だけに伝えられたそのメッセージはこれ以上と無い吉報であり、待ちわびた朗報だった。
「うーん、あの御方が言うなら集まるしかないもんな」
街中を歩く珍妙な格好をした若者、ダムが反応を示した。
上はアロハシャツに下はスーツ。よく言えば独特で倒錯的なファッションだが、ごく一般の人からすれば狂気の沙汰だろう。必然、周りの目をこれでもかと引いており、悪目立ちしていた。本人はそれを気に止める様子もなく、我が物顔で通りを歩いていた。
「あの雑魚ガキも捕まったみたいだし、どうしよっかなー。痛めつけるのありかな、後であの御方に聞いてみよ」
玩具を買い与えられた子どものような表情を浮かべ、挙句スキップを始めた。酷く幼稚なようでそれでいて他を寄せつけない存在感を放ちながら、街を進んでいく。
「っと、その前にお腹減った。なんか食いたいな。よし」
そう言いながらも財布を探そうとはせず、代わりに前方に『手頃』な人物を探す。
「うーん、あいつはダメで隣の奴もダメ。そっちも微妙だしな。ああ、その後ろの奴かな」
目標を定めると一瞬でそこまで直進していく。人々の隙間を無理やりぶつかりながらも抜ける。こちらを
目当ての男性に近づくと、流れるようにそのまま目的の人の肩を掴みそのまま押し倒す。
「うぉっ」
そんなことをされるなど露ほども思わなかった相手の男は、声をあげることしか出来なかった。
その声と同時に先程までスマホの画面に取り
「はっ、え?」
彼はまだ状況が
「どう、元気してるぅ〜? 僕だよ」
「へっ、だ、誰? …………って、痛っ!」
馬乗りをされ万力のような力で手を抑えつけられた男は
「何をするっ」
「お金、くれないかな。お金」
「う………分かった、分かったから! そこを退いてくれ。財布が取れないから!」
「………もう一度、言ってくれない?」
「え?」
「もう一度、つってんだろぉぉ!!!!!」
右手の拘束を解いて、その拳を振りかぶってコンクリートの地面に思いっきり叩きつける。鈍い音と共にダムの拳は埋まる。互いの顔が息遣いすら分かるほどに近づいた。
「ひええぇっ!!」
「何度も言わせないで。僕はねぇ、命令されるのが一番嫌いなんだよ、分かるか。それで? もう一度言ってみてくれない? も・う・い・ち・ど」
「……………」
「あと、勘違いしているようだから教えてあげるけど。君は何かをする必要は無いんだよ。全く何も。だって……」
そこで一度言葉が途切れ、
「お前はここで死ぬんだから」
男には遺言を残す時間すら与えられなかった。
ダムの大声に集まった野次馬から悲鳴が上がるのにはそう時間はかからなかった。
出たのは鼻血程度だったが、顔がコンクリートにめり込んでいく様を見ていた大衆はみな共通して『例の事件』を思い出した。
あの、サラリーマンの男性が路地裏で全く同様の怪我を負って殺害された事件を。
しきりに殴り続けているダムを見て、最初は面白がって見ていた観衆達は自身が次の犠牲者となることを想像して逃げ出した。
「また、目立っちゃった」
ダムは両手を真っ赤に染め、
男のポケットを無遠慮にまさぐる。腰のポケットに目当てのものがあった。如何にも高級そうな黒革でできた財布を血塗れの手で掴み取る。
手でくるくると自分のもののように財布を回すと、機嫌よく口笛を吹きながら歩き出した。その時にはあんなに
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「いつまで時間をかければ気が済むのかと思っていたが、やっとこの時がきたか。気に食わないが行くとしよう」
さびれた煙草店で好みのフレーバーのものを購入した男が呟いた。不敵な笑みを浮かべて店員から嫌そうな目をされながらも煙草を受け取る。格好は先程よりは落ち着いたジーンズとTシャツ。
箱から一本の煙草を取りだし、右手で挟んで口に
加熱式が主流となっている現代でもこの男、ユオラエジュは紙巻きを好んでいた。
百害あって一利なしの代名詞とは言っても、
新しい銘柄との出会いはいつも格別だし、良いものを見つけた時はそれだけで気分が高揚する。まるで恋のように。
今日は特に美味い一服だ。指で煙草を持ち、溜まった紫煙を吐き出す。周りに人がいないので気兼ねをする必要も無い。今なら何もかもが幸せに感じられるだろう。
近くからサイレンが聞こえるが、いつもはけたたましいそれも今だけは気にならなかった。
漂う煙の中でぼんやりと幸福感に包まれながら、ふらふらとした足つきでユオラエジュは街の暗がりに消えていった。
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「とうとう来ましたねぇ。これでこれで私は……」
機械に囲まれた謎の部屋。明かりは液晶から出るブルーライトだけで、使用者の顔を青白く照らしている。くっきりと
その女、ティラクは片手間に高速でタイピングを行い、大手企業のサーバーをハッキングしていた。慌てて管理側が対応しているのが見え見えだった。致命的なセキュリティホールは今更防ぎきれるものではなく、顧客情報の一部が画面上に表示される。
「ちょっろぉ。所詮、企業のセキュリティなんてこんなもんかぁ」
覇気の宿らない瞳は終始微動だにしない。そして、彼女の頭の中はあの御方に招集されたことでいっぱいだった。
(盗聴した甲斐がありましたよぉ。あの小僧がいつまでも隙を作らないせいで、
振り返ってみればあの御方は何もかもが謎だった。年齢、性別、見た目、趣向、経歴、そのどれもが不明。分かっている情報といえば、何となくのシルエットと恐ろしく低い声、そして『黒』の魔導を使用するということ。
突如として、彼女の前に現れた時のことを思い出す。
『私と契約をしないか?』
あの御方は、今と全く変わらない身なりで黒い魔導陣から出現してきた。地獄の底から這い上がってきたかのような声に彼女は腰が引けてしまっていた。今ですら背筋が寒くなるような思いになるのだから、それは当然と言えるだろう。
『力を授ける代わりに私の仕事を手伝って欲しい。その力をもってすれば、その仕事などかんたんだ』
契約の内容は至ってシンプルで、ただの等価交換に近い。しかし、
彼女はその時、震えた声ながらもあの御方に契約の具体的な内容を問うた。
『力、というのは今貴様が一番望んでいるものだ。それ以上は言えぬな。それに仕事は一人でやる必要はない。既に何人かお前のように声を掛けてメンバーを確保している』
よりによって何故自分なのかという疑問は残っていたものの、これ以上の質問で気を損ねられても良くない。
黙ってその場で首肯するしか、あの時の彼女には選択肢は残されていなかった。
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「……御意」
ティラク近くでもう一つの声が生まれた。
その男、セニーパもティラク同様に回想していた。この長い長い時間を。
生まれつき体が弱く、戦闘には不向きな自分がやれることはあまり無かったが誰よりもあの御方に尽くし、この計画が成功することを願っていた。
それなのに他の奴らと来たら自己中心的過ぎる。 力を与えて頂いた恩も忘れ、時として命令を無視してでも自分のやりたいようにやる。そのような横暴があの御方の寛大な心の元に許されているというのに。
とはいえ、こちらが出来ないことをやってくれるのはありがたかった。要は適材適所だ。あっちが勝手に暴れ回っている間に自分が頭を使う仕事をこなせばいい話だった。彼らが予想外の行動に出過ぎたせいで、危うく今までの努力が水泡に帰す可能性があった場面はいくつかあったが。
でも、それもここまでだ。標的を捕まえた上に邪魔な存在すら、こちらの手中にある。治維連の連中などは取るに足らない。金と権力に
それにしても、あの御方はこの計画を何の為に行い、その後どうするのかを
その事に関しては幾ら彼が考えても思いつける訳もなく、あの御方に出会ってから今日までずっと引き
碧天のアドヴァーサ(旧:最強とは身体改造のことかもしれない) ヨルムンガンド @Jormungand
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