伝え聞いた奇話

鳥頭三忘

懐かしい夕暮れ


男は新入社員、それも実家暮らしの会社員だった。


就活生の時からの靴はもうボロボロで履くことは出来るが見場が悪い。


2度目のボーナスで少し気の大きくなった彼はいつも買う店では無く、

少し高めのブランド店に入った。


店では2人の店員以外に身綺麗だが背の低くずんぐりとしたどんぐりの様な男が接客を受けていた。


彼はどんぐりを一目見た時から嫌悪を抱いた。


どんぐりは常連なのだろう。

店員達と気さくに会話していたのも気に食わなかった。


彼は電話を掛ける振りをしてどんぐりを間接的に貶し始めた。


どんぐりも己の事であると理解したのだろう。

店員が彼に注意する前に会話を切り上げ去って行った。


どんぐりに勝った、

彼は店員の苦い顔に構わず高揚感に包まれながら物色した。


彼は物色中、

先ほどの店員らがいなくなり

初老の男一人が代わっていた事にすら気付かなかった。


男は彼に言う

「お客様、お眼鏡に叶う品が見つからないご様子。

 よろしければ、お手伝いさせて頂けませんか?」

彼は快諾し、男は幾つか商品を見せたがしっくりとこない。


男はならばと言い

奥より新たな品を持ってきた。

彼は見た目は無難で余り気に入らなかった。

されど、履き心地は抜群のためこれと決めた。


彼は値札の料金を払い店を出た。

靴屋の営業は終わり飲み屋街が混み始める時間出会った。





彼は家に帰ると明日の朝から使おうと靴を下ろし、普段と同じ日常に戻った。





翌日 彼は普段通りに働き、靴の性能を実感しながら帰宅した。


3日後、彼は仕事が早く終わり珍しく定時で終業出来た。

夕陽を浴びながら、定時で上がる喜びを噛みしめながら帰宅していると何やら懐かしい。


いつもと同じ道なのに何やら懐かしいのだ。

曲がり角を曲がるとより懐かしく、幼子頃に見たものと同じだ。


ああ、懐かしいと思いつつ歩みを緩めながら進む。


彼は気付く事なく帰宅することは無かった。





男は戻った靴を見て

「あれだけ無礼を働いて

 幸せに行けるだけ感謝して欲しいものだ。」


男はまた靴をしまった。

 



























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伝え聞いた奇話 鳥頭三忘 @toriatamasanbow

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