捌 お約束のEPILOGUE

 それから二日後の翌週月曜日……。


 今朝も、神奈備高校へと続く急な坂道を制服に身を包んだ生徒達が登って行く……。


 坂道をピンク色に縁取っていた桜の木々は、いつの間にやら、もうすっかり目にも眩しい新緑の葉桜へと変ってしまっている。時の流れというものはずいぶんと速いものである。


 その時の流れは新入生達をも変えてゆく。入学して一週間が過ぎ、彼、彼女らの顔も、もう立派な神奈備高校の生徒のものへと変化していた。


 もちろん、この少女達も……。


「えーっ? みんなの前で神憑りになっちゃったわけえ?」


 周囲に大勢の生徒達がいるにもかかわらず、朋絵はすっとんきょうに大声を上げた。


「う、うん。あの時はそうするしかなかったんだよ。狩野先輩は怨霊に取り憑かれたままだし、呪術部のみんなも怨霊達に囲まれてたし……」


 そんな親友に、真奈は少し困ったような顔をして答える。


「そっかあ……じゃあ、やっぱり呪術部の人達とはこれでもう……」


 それを聞いて、すべてを知る幼友達は顔の色を俄かに曇らせた。


 だが、朋絵のその悪い想像に反し、真奈はうれしそうな表情を浮かべて続ける


「ううん。それがね! なんか、逆に褒められちゃったんだ。〝おまえのその能力は人を幸せにできる力なんだ〟とかなんとか言われて……初めてだったな。あたしのこの体質のことをあんな風に言われるの……それに、あたしが神憑りした姿を見ても、あたしのこと大切な同じ部の仲間だって言ってくれたし……い、いや、べ、別に呪術部の仲間だって言われてもうれしくはないんだけどね…」


「ふうん。そうなんだぁ……」


 俯いて、ちょっと照れ臭そうにツンデレ口調で話す真奈の姿を、朋絵はなんとも言いようのない、とても優しい眼差しで見つめていた。


 親友であり、昔から真奈のことを知っている彼女にとって、そんな真奈の幸せそうな顔が何よりもうれしかった。


……そっか。よかったね、まーな。


「……おーい、宮本さんに桜井さーん!」


 そんな時、二人の名を呼ぶ声が不意に前方から聞こえてくる。


 真奈と朋絵は顔を上げ、その声のした方へと視線を向ける……。


 するとそこには、校門の前で手を振る狩野の姿があった。


「あっ! 狩野先輩だ」


「せ、先輩…!」


 憧れの先輩であるというのに、真奈は狩野の姿を見るや、びっくりしたように目を丸くして立ち止まる。


 見れば、笑顔で手を振る狩野の左頬には大きな湿布薬が貼られている……。


 それは他でもない。金曜の晩に神憑りした真奈が殴ったものである。


「まーな? どうかしたの?」


 その奇妙な反応に、朋絵は怪訝そうに小首を傾げて尋ねる。


「……う、うんん。な、なんでもない」


 だが、そう尋ねられたとて、その理由を素直には答えられず、真奈は引きつった笑みを浮かべ、首をふるふると横に振ってはぐらかした。


「やあ、おはよう。宮本さんに桜井さん」


 あまり視線を合わせないようにして近くまで行くと、先に狩野の方から彼女達へ挨拶をしてきた。


「おはようございます!」


「お、おはようございます……」


 朋絵は明るく挨拶を返すが、その横で真奈はとても気まずそうに狩野から目を逸らす。


「あれ? 先輩、どうしたんですか? その頬?」


 すると、となりの親友は殴ったなどとは知るよしもなく、余計なお世話にもそのことを尋ねてくれたりする。まあ、それだけ目立つ所に湿布が貼ってあれば、触れるなという方が無理というものであろう。


「ああ、これ? それが僕にもよく分からないんだよ」


 朋絵の質問に、狩野は腫上がった頬を擦りながら不思議そうに答える。


「なんか、なぜだか気付かない内に腫れ上がってたんだ。どっかで転んだのか、それとも誰かに殴られたのか……」


「え? もしかしてケンカとかですか?」


「あ、いや、それがね。金曜日の部活の後、一人で美術室に残ったところまではよく憶えてるんだけど……そこから先の記憶がぜんぜんなくて。親の話じゃ、学校で気を失ってた僕を誰か同じナビ高の生徒が家まで運んで来てくれたみたいなんだけど……そうだ! 宮本さん何か知らない? 金曜は美術室に来なかった?」


「……さ、さぁあ、あたしも金曜日は美術室に行ってないので…ハ…ハハ…」


 真奈は明らかに嘘を吐くとわざとらしく笑って誤魔化す。


 同じナビ高の生徒というのは、たぶん飯縄のことだろう。


 あの後、無事、現場から逃げおおせて解散する際に「狩野は俺が送り届けるから安心しろ。ハッハー!」と、飯縄が背負って行ったのだ。さすがマッチョな山男。


「そうかあ……いったい、何がどうなってるんだろ? ……もしかして俺、絵の描き過ぎ?」


 ちょっと自分の精神衛生状態を心配しつつ、狩野は本当に不思議そうな顔をして空を見上げた。


「まーなーっ!」


 と、校門の前でそんな話をしているところへ、またもや誰か、今度は女生徒の声が真奈の名を呼ぶ……その声に振り向くと、それは遠くに見える梨莉花のものだった。


「あ、梨莉花さん…」


 梨莉花は長く美しい黒髪を朝風にたなびかせ、校舎の方から颯爽とこちらへ向って走って来る。


 その後方へ目を向ければ、同じように他の呪術部員達も後からついて来ている。また朝からずいぶんと熱烈な歓迎振りである。


 もう、みんな大げさなんだから……。


 そうした青春ドラマのような演出に照れつつも、真奈はそんな仲間達の姿がとてもうれしかった。


 ……が、全力疾走で接近して来る梨莉花達の顔は、なぜか妙に険しく真剣だ。


「まーなっ!」


 舞い上がる土煙りも激しく、真奈の眼前で急ブレーキをかけた梨莉花は、厳しい表情のまま彼女に語りかける。


「ぶはっ…コホ、コホ……ど、どうしたんですか?」


 その様子に、真奈も土埃りに咽ながら、ただの出迎えではないとようやくにして気付く。


「マズイぞ。教頭に美術室を荒らしたのが我々の仕業だとバレた」


「えっ?」


「すみません。僕としたことが、怨霊に使った霊符を現場に残してきてしまったようで……そこから足がつきました」


 後から走って来た清彦が、大変、申し訳ないという顔をしてその事情を補足する。


「さっ、おまえも早く逃げた方がいい。急げ」


「ええっ? あ、あたしも共犯ですか?」


 真奈は大きく目を見開き、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で梨莉花達に尋ねる。


「当たり前だろう。おまえも美術室にいたんだし、呪術部の一員なんだからな」


「そ、そんなあ…」


「えっ? 美術室って……やっぱり宮本さん、何か知ってるの?」


 梨莉花との遣り取りに、狩野も話をもとに戻して、再度、真奈を問い質す。


「な、なんでもないんです! ほんとなんでも! …アハ…アハハハハハ…」


 その頬は自分が殴りました…などと言えるわけがない。


 もう笑うしかない真奈が強引に笑って誤魔化そうとしているそこへ、相浄、梅香、飯綱の三人も時間差で追いついた。


「おい、何してんだよ? 早く行くぜ!」


「そだヨ。キョートーに追いつかれるヨ」


 口を動かしながらも、相乗達はその場で止まることなく足踏みをしている。


「コラーッ! 待てぇーっ! おまえらーっ!」


 ちょうどその時、今度は顔を真っ赤にした怒り心頭の教頭が昇降口から飛び出して来る。


「ほら来た。参るぞ、皆の衆!」


 飯綱の合図とともに、アイドリング状態だった三人は一気に走り出す。


「おい、おまえも早くしろ!」


 そう告げるや梨莉花と清彦も真奈の両腕を?み、彼女を引きずるようにして駆け出した。


「えっ! …あっ、ちょ、ちょっと……な、なんであたしまでーっ!」


 両脇をがっしり抱えられた真奈は、やむなく朝から全力疾走せざるを得なくなる。


「コラーっ! 待てーっ!」


 走り去る部員達の後を追って、狩野と朋絵の前を教頭が猛スピードで通り過ぎて行く。


「も~っ! なんであたしがこんな目に遭うのーっ!」


「すみません。僕が霊符を残してきたばかりに……」


 走りながら叫ぶ真奈に、再び申し訳なさそうに清彦が謝る。


「待てーっ! …ハァ…ハァ…おまえら、美術室を…ハァ…ハァ…あんなに荒らしおってからにぃぃーっ!」


 いい年のくせして教頭は、息も絶え絶えなおもしつこく追いかけてくる。


「キョートー、あの年にしては元気だネ!」


「うーん…実は不老長生の術を心得ているのかもしれん……」


 教頭の元気さに感心しつつ、梅香と飯綱も無駄口を叩きながらひた走る。


「んなことより、なんで怨霊から学校救った俺達が追われなきゃいけねえんだよ!」


「そんなこと言っても信じてくれる相手ではなかろう」


 ぼやく相浄に、全力疾走しながらも冷静な口調で梨莉花が答える。


「なんだか楽しそうだね。宮本さん」


 そうして、部員達とともに逃げ回る真奈の姿を遠くから眺め、狩野がどこか羨ましそうにぽつりと呟く。


「はい! とっても」


 その呟きに朋絵も大きく頷くと、親友の生き生きとした様子に満面の笑みを浮かべた。


「うぅぅ…やっぱり、こんな部……大っ嫌いだあぁぁぁ~っ!」


 爽やかな春の青空に、真奈の叫び声が響き渡った。 


            (呪くらっ! ~神奈備高校の七不思議~おわり)

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呪くらっ! 平中なごん @HiranakaNagon

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