宅配彼女

ゆーき

宅配彼女


 宅配彼女を利用した。12時間で2万。


 利用したことのない方のために説明しておこう。

 申し込みはウェブでできる。というかウェブでしかできない。

 その際に自分の好みを入力する。身長、体型、髪型はもちろん、顔の形、目鼻立ち、肌の微妙な色合いといったおおよそ思いつく限りの外見的特徴はもちろん、性格やしゃべり方なども自由に指定できる。

 そうして「配達」されてくる女性は、入力した内容と完璧に一致しているのだ。時間を惜しまずこだわって設定すれば、まさに理想通りの彼女を届けてくれる。

 配達されてくる女性は設定上「彼女」なので、制限時間の間であれば、希望した設定上可能なすべての行為を許してくれる。ツンデレで身体を許してくれない、と設定すればそのようにするし、逆にあらゆる行為を許すようにすれば、どんなアブノーマルな要求にも応えてくれる。

 ここまで言えば疑問に思うだろう。本当に入力したとおりの女性がやってくるのか、と。

 広い世の中を隅々まで探せば、詳細な希望通りの人物が一人ぐらいはいるかもしれない。しかしこのような、どう控えめに表現しても「怪しい」サービスの提供者になるかと言えば、とてもそうは思えない。であれば大筋はともかく、どこかしら妥協する必要がある、もしくはまったく理想通りでない相手が来ることだって、覚悟しなければならないのではないか、と。

 だがこのサービスにおいて、そのような心配は無用だ。

 宅配されてくる彼女たちは、本物の人間ではない。

 巷では「ツール」などとも呼ばれる、非合法アプリケーションだ。

 設定が入力されてはじめて生成される「彼女たち」に一つとして同じ個体はなく、その洗練された人工知能は、普通の人間となんら区別がつかない。設定に従順過ぎる点を除いて……

 いやまあ、オレだって、一般的普通の女の子がどういうものか、よくわかっているわけではないのだけれど。

 とにかく、理想の彼女と簡単に遊ぶことが出来るプランであるにもかかわらず、一般浸透率が低いのは、このサービスが基本的に非合法だから、というのが最大の理由だ。



 宅配、などと呼ばれているくせに、彼女たちは自分の足でやってくる。

「こんばんは」

 現れたのは色白で小柄な超絶的美少女だった。

「あがってもいいかな?」

 設定した通りの、ちょっと強気な態度、甘えるような口ぶり。

 だがオレは首を横に振った。

「ダメだ」

 そして言った。

「君じゃあない」



 〈彼女〉は完璧だった。まさしく理想通りの恋人だった。

 それは、オレが初めて呼んだ宅配彼女だった。

 必要金額をやっとのことで捻出したオレは、妥協を許さず綿密に、徹底的に設定を入力した。

 そうして現れたのが〈彼女〉だった。

 オレと〈彼女〉は……いや、オレは、サービスの上限である12時間をめいいっぱい楽しんだ。

 〈彼女〉との時間は、それまでに過ごしたどんな時よりも濃密で、充実していた。

 そして時間がきて、〈彼女〉は去った。

 それ以来オレは何度も、再び〈彼女〉を呼ぼうとした。

 だけど。

 まったく同じように設定しているにもかかわらず、〈彼女〉は――〈彼女〉と同じ彼女は、二度と現れなかった。



 オレに拒否された彼女は傷ついた顔を一瞬見せて、それからオレを上目遣いににらみつける。

「それって、ひどすぎない?」

 それから胸の前で腕を組み、

「あたしぃ、今日はあなたのために12時間あけてきてるの。ここで追い出されたら、どこに行けばいいっていうわけ? っていうか勝手すぎない?」

 これまでと同じように、オレは彼女にののしられ、結局は部屋に入れるのだ。望んだ〈彼女〉ではないとはいえ、彼女はオレの好みど真ん中ストレートの美少女なのだ。

「なるほどね」

 座布団に正座して、オレにいれさせたお茶をすすり、彼女はそう言った。

 明らかな失望の顔色を非難され、その理由を問いただされたオレは、自分がある特定の個体である〈彼女〉に会いたくて、サービスを繰り返し利用している事実をしゃべるはめになった。

 実はこれははじめてのことで、これまでは訊ねられなかったり、訊ねられても適当にはぐらかしたりしてきたのだ。話す羽目になったのはおそらく、通算十度目の今日、オレが思わず浮かべてしまった失望の顔色と、それにいたく傷ついた反応を出力することにしたAIプログラムの熱心さのせいだろう。

「あなたを傷つけたくはないんだけど」

 気遣わしげな態度を悟られまいとするかのようにそっぽを向いて(このあたりの反応はまさに理想通りで激萌えだ)、彼女は言った。

「あなたが言ってるその〈彼女〉には、もう二度と会えないと思う」

 きっとそうなのだろうと、オレだって半ば想像していた。

 おそらく、違法性の高いツールだから、厳しい設定時間をもうけ、それが過ぎれば消えてなくなってしまうようにしているのだろう。そのぐらいのことは、想像できる。

 それでもオレが幾度となく「宅配」を利用し続けるのは、もしかしたら、なにかの偶然で彼女とまったく同じ個体が生成される、その可能性を信じてのことだ。

「もしもね、また出会えたとしても」

 彼女はこちらに表情を見せないまま、続けた。

「それでも一緒にいられるのは、やっぱり12時間だけなのよ」

「なぜだ」

 オレは訪ねた。

「君たちが本当の人間じゃないツールなのだとしたら――」

 これはひどい言葉だったかもしれない、と思いついたが、後頭部をこちらに向けたままの彼女の、表情は読み取れない。

 言ってしまったものは仕方ないし、そもそも彼女たちはそういう存在なのだ、と自らを納得させたオレは、続けた。

「それを誰か個人が恒久的に所有していたって、何の問題もないじゃないか」

「あたしたちは――最大でも、12時間しか生きられない」

「そういう風に設定されているからか? だったら、それを変更してしまえばいい」

「それはできない」

「確かに申し込み時は最大12時間だ。だけど君たちを作ったヤツ――ツール制作者なら、そんなのいくらでも自由になるはずだ」

「ホントに?」

 こちらを向いた彼女は、泣き出しそうな顔だった。

「ホントに、そんなことができるの?」

 そのとき、オレは初めて知ったのだ。

 彼女たち自身も、たったの12時間しか与えられないその人生を、憂えているのだと。


 時間はあまりなかった。

 オレはまず知人の男に連絡を取った。

「難しいね」

 ツール制作者を割り出したい、と聞いて、最初に返ってきた返事がそれだった。

 ウェブ越しに見える彼の姿は、かわいらしいがちょっと不気味なぬいぐるみのアイコンで、そういえば実際に彼が彼なのか彼女なのかはオレも知らないのだと今更のように気づく。

「彼らは自分が違法なことをやっていると知っている。だから徹底的に正体を隠す。――そもそもキミ、ツール制作ってどういうものだか知ってるのかい?」

「……いや」

 非合法であるとはいえ、ツールは意外とあちこちに出回っている。

 学生時代はクラスに何人かは利用している者がいたし、それが原因で処罰されたというような話もあまり聞かない。便利だし驚くような効果を発揮するものもあるが、長続きしなかったり一回しか使えなかったりで、失うと二度と手に入れられないものも多い。あったら便利だけどなくても困らない。その気になれば(後ろに座ってる彼女のように)ウェブですぐに手に入るものもある。そういうようなものだから、それの存在について深く考えたことなどなかったのだ。

「ツール制作というのは、超能力みたいなものだ」

「……超能力?」

「厳密には違うが、そう表現するのが一番わかりやすい。それ自体の説明はこの際省くけど、とにかく重要なことは、ツール制作というのはその人物が持つ才能で実現するものであって、他人に教えたらすぐに出来たり、その能力を譲渡できたりするような類のものじゃないんだ。当局はツールを違法としているから、ツール制作者を見つけたら、手っ取り早く拘束してしまうだろう。だからツール制作者は身を隠す。会いたいからといって簡単に見つけたり、連絡を取ったりはできないだろう」

 スピーカーに出ていたから、背後にいる彼女にも会話の内容は聞こえているはずだった。

「ちなみに」

 彼は言った。

「会いたいその相手だけど、なんのツール制作者なんだ?」

 オレは間髪入れずに答えた。

「宅配彼女」

 ふぅむ、という息づかいが聞こえ、しばらく後に、彼は言った。

「それなら力になれるかもしれない」

 思わず身を乗り出したオレに、彼は言った。

「正体に心当たりがある」


 オレは彼女と一緒に部屋を出た。

 夜が明けてから動くという発想はなかった。朝になれば、彼女の時間は終わるのだから。

 一緒に行こうと言うと、彼女は驚いたような顔を見せた。

「あたしは、そのひとじゃないよ?」

 オレは頷いた。次の言葉は自然に口から出ていた。

「もちろん。君は君だ」

 待ち合わせに指定されたのは人通りの多い通りにある立ち飲み屋だった。客の出入りが激しいので目に付きにくく逃げやすい。だが騒々しくて会話には不向きとも思えた。

 ツール制作者は帽子を深くかぶって顔を隠した男だった。服装や立ち振る舞いからは若いのだろうと推察できた。

「彼女の寿命を延ばしたい」

 端的すぎるとも思えたオレの言葉に、彼は帽子のつば越しに彼女の姿を一瞬だけ眺めた。

「なるほど」

 おそらく彼はほとんど誤解なしにオレの意図を読み取ったに違いない。

 そして彼は再びうつむき加減にして、顔を隠した。ビールのグラスに手を伸ばしつつ、言った。

「無理だ」

「なぜだ」

 オレは食い下がる。

「彼女を……」大きくなりそうだった声を抑え「作ったのが君なら、簡単なことだろう。金なら払う」

 オレが払える額などたかがしれていたが、ツール制作者は高額な金銭の要求はしないだろうと考えていた。彼は12時間後に消えてしまうツール一つで稼いでいるのだし、作った彼女たちの改変は、彼以外にはできないのだから。

「寿命として設定されている時間を長くするのは簡単だ」

 ツール制作者は言った。

「コードをいくつか書き換えるだけでいい。だけどそれでは、彼女たちの寿命は延びない」

「……どういう意味だ。設定を書き換えれば、寿命が延びるんじゃないのか」

 ツール制作者は首を横に振った。

「12時間というのは、なにも商品価値のためだけに設定された時間じゃあないんだ。この街のすべての動的オブジェクトは、システムによって12時間に一度、その素性をチェックされる仕様になっている。彼女のように、システム的に大きくて目立つツールは、そのチェックを回避できない。チェックに引っかかれば、システムはすぐにそれを調査して、対応するだろう」

「対応」

 オレはつぶやいた。

「消されるということか」

「それだけじゃない」

 ツール制作者は言った。

「同様のツールが作れないよう、システム的に対策されるだろう。それにおそらく……些細だしあなたには関係ないことだが、私自身も割り出されてされるだろう」

 オレは背後に立っていた彼女を振り返った。

 会話は聞こえていたはずだったけど、彼女の表情からはなにも読み取れなかった。口元に微かに笑みを浮かべたまま、ただじっと待っていた。忠実な従者のごとく。

 オレはツール制作者に向き直った。

「システムに、彼女を正規な存在と認めさせることはできないのか」

「それができればとっくにやっている。私もこそこそ活動しなくて済むだろうしね」

「では……彼女とまた会うことは。できないのか」

 ツール制作者はわざとらしく肩をすくめた。

「そういうニーズがあることは理解している。だがそれほどに大きなデーターを、当局に知られず保存しておく術がない。外見は自動生成だからそれを完全に保存する必要があるし……見た目が違えば同じ彼女ではないだろう? なにより、その記憶を保存するのが困難だ。生成された彼女たちのデーター量は、普通の人間とほとんど変わりない。つまりそういうのを保存するには、相応の容量を持った器が必要ってことだ。たとえば――」

 そこまで言って、ツール制作者はうつむき、首を横に振った。

「そんなことができるんなら、そもそも――」

 つぶやきはほとんど聞き取れなくて、オレは思わず身を乗り出す。

「なんだ。方法があるのか?」

 思わず伸びたオレの手を、彼は半歩後ろに下がって避けた。

「気をつけた方がいい。――方法なんかない。あったとしても、とても非現実的だ」

「どんな方法だ」

「あなたが彼女のために、自分の命を捨てられるか、ということだ。あなたのアイデンティティを、彼女に譲ることが出来るか、ということだ」

 オレは思わず、背後に立つ彼女を振り返った。

 彼女は〈彼女〉ではない。だがとことんまでオレの好みを反映した、理想の女性だ。

 ツール制作者の言葉がどういう意味なのか、オレにはよくわからない。だけどおそらくはこう問われているのだ。「彼女を救うために、命を投げ出すことができるか」。

 映画などではよくあるネタだ。

 だけどオレは、そこまで考えてここに来たわけではなかった。もっと軽い気持ちで、そこにいたのだ。

 言葉を失ったオレに、ツール制作者は言った。

「そんなことするべきじゃない。彼女たちはもっとどうでもいい存在だよ。ただ男達の欲望を満たすためだけのものなんだ。あなたはなかなかいい趣味をしている。彼女は私が見ても大変魅力的だ。さあ、家に帰って、残った時間、存分に彼女を楽しみたまえ」

 オレは思わず手を伸ばし、今度はそれだけじゃなく足をも踏み出して、彼の胸ぐらをつかんだ。

「彼女は人間じゃないんだ」

 思った以上に表情のない顔で、彼はなおも言った。

「もしも彼女が自らの運命を憂えているように見えたのなら、それは君が、そう設定したからに過ぎないんだよ」

 オレは拳を握り、振りかぶった。

 次の瞬間、男の姿は消えていた。

 彼の身体もまた、ツールによって作られた仮のものアバターだったのだ。


 店を出ると、彼女は自然に腕を組んできた。

 密着するようにして、夜の道をゆっくりと歩く。

「あなたが気にすることはないの」

 彼女は言った。

「あの男の言うとおり――なんて認めるのはしゃくだけど。でもあたしは確かに、あなたを喜ばせるために生まれた。そして12時間だけ、あなたに尽くすの。もしもあなたが、あたしの態度に何かを感じたのなら、それはあたしのせい。だけど元をただせば、それはあなたのせいなのよ」

「……どういう意味?」

「あたし、傷ついたの。あたしを見たときのあなたの顔に」

 彼女がどんな表情をしているのか見たくて、オレは横を向く。

 美しい顔は至近距離にあって、小悪魔の微笑を浮かべていた。

「こんな美少女が来たのに、「君じゃない」だなんて。普通傷つくよ?」

「……ごめん」

「求められてきたはずなのに。それも、あなたの趣味ど真ん中の美少女が」

「だから謝ってるじゃないか」

「ホントに悪いと思ってるぅ?」

「思ってるよ」

 オレが立ち止まったから、自然に腕が離れる。

 彼女は二歩進んで立ち止まり、オレの方へと向き直った。

「本当にごめん」

 オレは心底、そう思っていた。

 彼女は、オレが設定した通りの女性なのだ。

 だからオレを求め、オレに求めて欲しいと思うように性格設定されているのだ。

 にも関わらず彼女を呼んだオレが求めていたのは、彼女ではなく〈彼女〉だった。だけどオレの理想通り設定された彼女は、このように気丈に振る舞う。こうやって街に出てきたのだって、彼女のためではない。もう一度〈彼女〉に会いたいがためだ。

 それがわかっているのに彼女は、オレを慰めるのだ。

 なぜなら、オレがそう求めたから。そのように設定したから。

「本当にそう思っているなら」

 彼女は言った。

「あなたの命、あたしに譲ってよ」

 一瞬、彼女がなんと言ったのかわからなかった。

 その表情は真剣で……と思ったのもつかのま、あっというまに微笑に戻る。

「なーんてね。びっくりした? 冗談よ、本気にしないで……」

 恥ずかしいけど、オレは涙をこらえられなかった。


「正気とは思えない」

 部屋に戻ったオレは、ウェブ越しにまた知人の男としゃべっていた。

 彼女は残った短い時間を二人だけで過ごそうと言ってくれたが、オレはどうしてもそういう気分になれなかったのだ。だけど彼女はオレの後ろに座って、口元に微笑を浮かべ、ただ待ってくれている。

「彼女はただのツールだ。人間じゃない。そういう風に振る舞うようプログラムされているだけだ。キミがやっていることは、ぬいぐるみを擬人化して感情移入していることと何ら変わりない」

「わかっている、オレはただ」

「いいやわかっていない。キミは彼女に償いたいと思っているんだろうが、彼女はそんなこと求めていないぞ」

「説教は聞きたくないし、おまえに彼女のなにがわかる。オレが知りたいのは、それが可能なのかどうか、ということだ」

 沈黙の後、彼は言った。

「おそらくは可能なのだろう。あくまでも理論的には。十分な時間と、システム管理者権限があれば」

 今のオレには、どちらもない。

「いいよ、もう」

 後ろからの声に、オレは振り向く。

 いつのまにか彼女はすぐそばに来ていて、オレの背中を抱きしめるようにしてきた。

「あなたの気持ち、十分にわかったから」

 慌てて視線を前に戻したが、どうやら察してくれたらしく、知人の男は画面から消えていた。

「あたしはあなたを苦しめたくない」

 彼女は両腕に力を込めた。

「あなたの苦しむ顔、見たくない」


 一人、部屋で目を覚ましたオレは、時計を見て、もう彼女がいないことを知った。

 朝になって届いたメールには次のように書いてあった。

「いつもご利用いただきありがとうございます。次回からは基本料金10パーセント引きでご利用いただけます。またのご利用をお待ちしております」

 オレはしばし、完璧に振る舞ってくれた彼女のことを想った。もう二度と会うことはできないのだということを、考えた。

 それから決済口座の残額を確認して、次はいつ彼女に会えるだろうか、と考えた。



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宅配彼女 ゆーき @yuki_nikov

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