第4話

「ここよ。」

「ここって、おい。

...寺じゃねぇかよ!」

「城のまま残らなかったようね。」

焼き討ちされたか改築か、元の根城は形を変えてそこに存在していた。


「こんにちは。」「坊さんか?」

深いお辞儀で迎え入れるは髪無き使い

「お待ちしておりました。」

「呼んだのか?」「いいえ」

「御案内します。さ、中へ。」

言葉を続けはしないが、悟っているかのようだった。初めは客として、樹齢の高い木やおみくじ、そういった客集めの名目の数々を紹介し徐々に本題へ

「ここからが本堂で御座います。」

「本堂か..またイカツイ場所に着いたもんだぜ」

「ここに、何か。」

本堂と呼ばれるそれは外観から建物に入り、中に展開する道であった。道中は常に経で満たされ浄化され、邪気を払う神聖を保っている。

「侍さん、出てきちゃダメだよ?」

「それはどっちが言ってんだ」

「うるさい、斬るよ?」「侍かよ..」

坊主の総てが霊に触れる訳では無いので彼が見えているかは定かでないが、表に侍が現れれば何としてもと浄化に励む事だろう。

「実はこの寺は、歴史があるように見えてそれ程古くは無いのです。」

「古くない?」

「はい、元は偉い将軍様が住う城でしてね。戦の影響で古びたものを改装し寺に造り変えたそうですよ。」

「..当たりだね、ここ」 「だな。」

普段であれば確実に聞き流すであろう歴史ヒストリーパートがここまで核心に迫るヒントになろうとは、古き良きも捨てたものでは無いようだ。

「別の部屋にはなりますが、戦いの名残や当時の武士の形見らしきものも埋葬してありまして。」

「供養の為にか?」

「ええ、まぁ。とはいっても原型を止めておらず、無縁仏に近いのですが」

少しでも供養になればと形見の側に灰を置き、線香を立て拝めるようになっている。

「私、やって来る。」「こちらです」

勢力的な参拝者とは裏腹に付き添い扱いの霊媒師は疲弊し、顔が青い。

「何でもない廊下にベンチが置いてある、丁寧なもんだな。」

直ぐに腰を掛け、寝不足の身体を癒しに入る。

「あ〜ダメだ、流石にキツイな。

頭痛ぇし、胃は痛ぇ、何なんだオイ」


「どうぞ。」「..ん?」

突き出る手元には紙コップ、中にはお茶が満たされている。

「おぉ坊さんか。」「驚きました?」

先程とは違う坊主が態々お茶を恵んでくれた。

「お隣り、よろしいでしょうか?」

「ああ、いいよ。アンタらの家だし」

「それもそうですね..」

偉く落ち着いた雰囲気、しっとりとした口調で語りかける。

「お連れの方は今何処へ?」

「なんか、昔の武士にお悔やみ申してるとよ。」

「..そうですか、随分と立派な武士の方々であったそうですよ。」

「そうなのか?」

「ええ、城が崩される直前まで主を護り息耐えたそうです。」

「侍魂ってやつか、みっともねぇな」

「そうでしょうか?」

「そうだろ。生死で分ける事自体おかしな事かもしれねぇが、勝ちたいと思うなら生きてるほうが有利に決まってやがる。」

「..確かに、理不尽ですね。

死人に口無し、ですが中には、返す言葉の見つからない程偉大な死者もいるものです。」

「いるかぁそんな奴?」

「ふふ、まぁ確かに、極稀ですがね」

生者は卑怯で愚かだと、正しさを求めて己の悪意を正当化しようとする者をすら凌駕する歴史も有るという事実を知っている者も極めて少ない。

「それでは、私はこれで。」

「おう、有難うな。

お陰で少し気分が優れた」

「..いえ、礼には及びませんよ。」

謙虚な坊主は去っていく、背を向けて顔も見せずに。


「おーい、終わったよ。」

「でけぇ声出すな!」「声でかっ..」

「次は本堂の最奥

神棚に向かいますよ?」

「神棚..ちょ待っ、これどうすっか?

えーっと、いいや誰か片すだろ。」

お茶をぐいと飲み干し、空の紙コップをベンチへ放置。本堂でのポイ捨ては初めてだ。


「こちらです。」「神棚..金色だ」

「あれは、ミイラか?」

「昔城に住んでいた将軍様です。

埋葬せずに、祀ってあるのです」

棺桶に眠らされ、神棚の横で縛られている。

「..おい

武士が言ってたこと覚えてるか?」

「覚えてる、あれの事ね。」

「お師匠様です。」

一際威厳を放つ坊主はおそらくこの寺の主、彼が主に経を唱える。

「お座り下さい。」

二人を座布団の上にあてがい準備を始める。既に察している者は行動が迅速だ。

「お手を合わせて..。」

経が始まる。

身体の芯から、何かが抜ける感覚があった。暫く聞いた後、合図と共に目を開けて、開放された世界を見る。

「如何ですか、御調子は?」

「……」

彼等は人を救っているつもりなのだろう。だが二人にははっきりと見えている、縛られた抜け殻の主の前で咽び泣く武士の姿を。

「有難う」「いえいえ。」

「彼も救ってあげて」「彼?」

祀られたミイラを指差す。

「アイツは見せ物じゃねぇぞ..?」

それだけ言って、背を向けた。勘のいい彼等ならば察するだろう。

「茶をくれた坊主に改めて礼を言っといてくれ。」

「本堂の坊主は私と師匠の二人です」

「え。」

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薄霊《はくれい》の才能 アリエッティ @56513

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