第3話

「ほい、飯」「ありがと。」

あれ程文句を言って嫌々口に運んでいた質素な飯を、黙々と食べるようになった。二日目の夜となると慣れが生じるものなのか。


「...何?」「普通に食ってんのな」

「やるってなったからね。

思いきりはいい方よ私、OLだし」

「OLって保守的だろ..。」「かもね」

武士を彼氏に持つ働く女は強いらしいほぼ武士の恩恵だが。

「明日ね」「...場所わかんのか?」

「付いていけば着くらしいわ。」

「ついてくって武士の霊にか」

「武士の霊を宿した私にね、だから正式には憑いていくが正しいわね」

「字を変えるな字を。」

少しお茶目なゴーストジョークは誰の受け売りか、体質柄幾つか持っているものなのだろうか。そもそもの顧客が少な過ぎる為確認はとれない。

「霊ってどう見えると思います?」

「霊媒師に聞くのかよ」

「マウント取ってる訳じゃないよ?

ただ思ってるのと違うよって事を言いたいだけで。」

「..まぁ確かに俺より見えるしな」

霊媒師という目線でも、他の者が霊とどう向き合っているかは興味深いところだ。

「正直のところね、普通に見えんのよ

おどろおどろしいとか、足が無いとかじゃなくて」

「ほう、そうなのか..」

動物霊は少しばかり邪な気を吸って、生前最後に居た景色、例えば砂利の石や芝生の草などを端々に付けて現れる

人にはどうやらそれが無いらしい。

「中にはいるけど、事故で死んだ人とか殺されたとかも。そういう人は血が滴ってたり」

「うえぇ..」「なんで吐くのよ」

「見た事ねぇもん。」

卓球部の顧問だけど卓球したことないみたいな、そんな奴だ。

「だからアイドルのよく言う長い髪の女とか黒い影とかアレ嘘だからね、みんなテンプレで見えてる訳ないから」

「例の井戸のアイツのイメージが強いんだろうな..。」


「奇をてらいたいだけよ」

「厳しいなお前。」

「マジで腹立つからああいう奴ら」

本気で区別がつかないことが多々あり難を極めるところにそういう奴が更に現れ『あ、お前もか』的な目で見られる事が耐えられないようだ。

「苦労してるんだな」

「労い?」「同情だな」


「まぁいいや、寝る」

「簡単に言ってくれるよな

...おやすみなさいもいいトコだぜ。」

結界を張る三日間というのは、おおよその目安であり適切な時間である。その間は結界内での軟禁を余儀なくされ食事は一日一食、さながら修行僧のような生活を強いられる。

「はぁ..いっちょやるか」

しかし最大の難点は、後片付け。

四隅の札を剥がし筒抜けにしたところで残った飯を全て平らげなければならない。

「二人分炊いちまったからまぁまぁの量だぞ、たくあんもビビるなこりゃ」

札を全て剥がす。これすなわち、霊が見境なく蠢くという事。

「扉開けたぞ、さぁ帰れ

..俺は今から一人で残飯処理だ。」

轟音をあげ、邪気が溢れ流れ行列をつくり出口へ疾る。

「この女

どんだけ掻き集めてやがった⁉︎」

身体を浄化し溢れ出た〝残り香〟が形として滲むが霊感が強ければ比例し変わる。彼女はデカ過ぎて、朝陽を見る程夥しい時間を使う事になりそうだ。

「呑まれる..!

やられる前に食わねぇとぉっ!」

部屋を行き交う者共はみな違った形をしていた。人も獣も関係なく、邪気に完全に触れ姿を変えて大蛇や羽虫、多くが不快なイメージを空を飛んだ。

「ここまでの霊感は無ぇ筈だが、なんでこんなにもはっきり見える?

..女が自分の感覚で映像を見せてるのかもしれねぇ。」

実体のある映像は見えるだけで無く平然と危害を加えてくる。


「痛っ、尾ひれ!?

霊感低いからか、スゲー威力受ける」

頬をはたかれつつも米を口に運ばねばならない。女と違って彼の思い切りは良くない、空振りも空振りだ。

「やんねぇぞ!

俺の飯だ、鱈腹頂いてやる。」

義務的な食事といえど半ば欲望が入っている。なにせ空腹だ、邪魔されようと箸は止めない。

「悪いけどな、たくあんは自家製で漬けてんだ。飽きないように作ってあんだよしっかりとな!」

たくあんを頬張り米をかっ喰らい、妖を避けつつ外へ誘う。霊媒師の仕事といわれたらどうだろう?

「おい、なんっだおい...」

人一倍でかいウナギの様な化け物が胴体を叩きつけにくる。定位置で茶碗を持つスタイル故避けるという発想が無かった。このままでは衝突し、共に入り口を出口とする事になる。

「邪魔なんだよ..ウオもどき!」


「ふっ..!」「ん?」

真ん中丁度真っ二つといえる辺りから

ウナギの身体が二つに割れた。

「お前...!」 「……」

眠らずの武士が刀を払い、鞘に納める瞬間を見た。

「喋った?」 「……」

あくまでも気のせいだと、言いたげだ

「仕えた習慣か?」「……。」

 「..来るぞ、構えろ」

鋒は天へ、刀身は空へ。

食の用心棒、報酬は白い小判と手の込んだ肴。

「斬れ斬れぃ!」

次々と斬り崩し、出口に肉片を飛ばす最早元へ還すつもりは無く邪魔な異物として処理している。

「死体は消滅するんだな。

..霊の死体、何なんだソレ?」

二日をかけて作り出した結界のお陰で内部に異常は生じないが、下手をすれば小屋が破壊されかねない。

「こうなりゃ部屋の外壁に札を貼る必要があるが、生憎ここから出る事はできねぇ。」

残飯処理も儀式の一つ、ここは猫の手も借りたいというやつで。

「頼めるか?」 「……」

珋巌の前で剥き出しの刃が外に向くように刀を床に刺し札の束を受け取る。

「付けるのは外の四隅、屋根の左右の角と壁の角だ。霊力の強いアンタなら出来るだろう、仮にも守護霊だしな」

「……」

静かに部屋を出て、行動に入る。

「さぁて、不味い飯の再開だ」

破片のフレーバーは食えたものでは無いだろう。


「……。」

四角い作りに被さる屋根の右上も左下及びに壁の左上、右下に包み込むようにお札を貼る事で、物理的な異常から家を護る。

「……ふっ!」

忍びの如く屋根に移り角の二箇所へ紙を設置、くるんで包んでしっかりと貼る。同じく後の二枚も壁の隅へ。

「……」

滞りの無いしなやかな動き、生前は余程の手練れだったと見える。

「はふはふっ..うふぇ。

なんか...味の向こう側、見えた気がする。」

チリチリと震える刀は野放しで今にも床から抜け飛びそうだ。

「まじぃまじぃ、刀が抜けたら..!」

「……!」「おっと、助かった。」

抜けるすんでのギリギリで腕がそれ捉え、近々に近付いていた妖を斬った。

「助かった。」

「………」 「消えるのか?」

声は無いが伝わった。

〝暫く眠る、彼女を護る〟と。

「あとは大丈夫..ってかぁ?

俺はこれからが大変よ。」

女の身体へ宿り、明日の支度へ

安静の飯処を整えて。

「呑んだら斬るな、馬に乗っても兎に角飯は....違うな?」

冗談交じりにゆるりと飯を喰らい、やがて明日の朝を迎える。


「..ん。

って何よまだ寝てるの?」

米櫃を枕にして眠り惚けている。

「起きるの待つか」

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