初めの戦場

 時間はすぐに過ぎた。

 その時が来る頃には本格的な包囲が完了しており、魔王城を囲むようにワールドガード級超弩級戦艦は並んでいた。全ての砲塔は魔王城へ向き、その時を今か今かと待っていた。

 対する魔王城の動きは特に無かった。

 自動的な構造物の修復が行われる以外、外からも内からも何も動きはなかった。

 観察する兵士達はそれを逆に不気味に思う。

「なあ、どうする気なんだろうな」

「つってもさっき圧倒的な威力は誇示した。俺達が勝てると指し示した。十三年前とは違う。圧倒的な人類有利だ」

「じゃあ降伏するってのか?」

「それはないだろうな。アレ等はプライドが高い。いや、プライドと言って良いのだろうかはわからないが……虚仮にされたままで黙っている奴らじゃない」

「まるで会って話してきたみたいだな」

「あの大戦当時も俺は兵士やってたからな。ばったばったあっという間に仲間が死んで殺されて、殺したさ。殺すと怒るんだあいつら。死体を無下にするとより一層躍起になって殺しに来るんだ。ちゃんと解ってるのさ、自分達がどう扱われたかを」

「それに、本当は彼等にもちゃんと理性も秩序もあるようだったしな」

「んなもん、政府が魔族を殲滅するためのデタラメに決まってんだろ。あれの姿を見りゃそりゃ人間と同等の感情も理性も魂もあるってわかるさ」

「でも、俺達はそれでも殺さなきゃならない」

「そうだ。魔族とかいう人類より上位の種族が居ちゃいけねえ。居たら俺達が虐げられる。これは種族戦争だ。生存競争だ。利益とか領地とかそういうものじゃない。俺達にとっては家畜になるかどうかの戦いなんだ」

 そう、そうだ。

「上位種族なんて存在、俺達は想定していなかった。想像だにしなかった。人間こそが知の最上級種族であり、集団を作り都市を築き武器を生み、世界を支配する唯一種族だった筈だった。だが、だけど魔族という人間と同じでありながら加えて魔力を、魔法を携えた者が現れた。じゃあ俺達は科学で戦うしかない。科学と魔法を融合させたこの現代武器で戦うしかない。あっちが魔法に特化したというのならこちらは科学で世界を分解し魔法すら科学に組み込んで戦うしかない」

 だってそうだろう。

「俺達は家畜になりたくはないからな」


  ◆


 配置に着く。祝春花はそれを不満に思っていた。

 彼女の配置は魔王城……神北宮殿の中央動力部、魔導炉・太陽の形ヘリオスの守備だった。

――でもここはこの宮殿で最も安全な場所。

 四聖将、ゴルドーが提案した配置だった。顔も知らないその者に春花は苛立ちを覚える。

『人を殺したこともない人間の小娘如きが戦場に立つことを許さぬ。しかして戦う力を持つことも事実。なれば、最も最悪のケースを想定した場所へ切り札として据え置くのが良い』

 嫌に野太く重い声で通信テレパス会議へとそう提案してきた。それに反論することは能わなかった。事実、人を殺せるかなんて

「……そりゃない……ないけど」

 けども、

「それがアリスちゃんの望みだというのなら、私は神だって殺してみせる」

 そう呟いて後ろを見る。

 巨大な扉。描かれたレリーフは守護魔法の類が読み取れる。しかし、その断片しか彼女には解らない。解除は到底不可能であり、力押しで開けるのであれば恐らく核爆弾でも直撃させる必要がある。そう見積もり、彼女は自分の指輪へと視線を移した。

「やれる。やれるよ」

 そう言って彼女は走り出した。


  ◆


 その時が来た。

「全艦砲撃!」

 秒針が十二を指し示すと同時にその声が上がった。

 兵士達は二つの動きを見た。

 一つは艦が溜め込んでいた魔力を吐き出した動きだ。

 もう一つは、魔王城を包む魔力障壁が実体を持つように変形した動きだった。

 前者は再びその壁を撃ち貫かんと轟音と共に射出される。後者へとその威力を提示する。

 だが――

「なんだ、なんだあれは!」

 まるで盾だ。その数は数百枚にも達するだろう。十数メートルの巨大な白い盾が空に浮かんでいた。

 それが砲撃一つ一つを防ぐように、重なり、連なり、立ちはだかる。

 キィン、という甲高い音が響いた。盾に射線が届いた音だった。投射光は盾にぶつかると光に変換され砕け落ちるように落下していく。盾もまた光となって砕け落ちていく。だがしかし、すぐに次の盾が前進し、魔王城にそれが届く事はない。

 低い轟音と高い音が戦場に響き続ける。

 そんな中、更に動く者がいた。

 魔王城から小さな、小さな影がほんの僅かに出ていく。

 戦艦の一隻から、二人の小さな影が出ていく。

 戦場の規模の対してあまりに小さい。

 だから最初は誰も気づかなかった。

 だから、最初は誰も気に留めなかった。

 それらの一方は何処かへと飛び去った。

 それらの一方は派手に始めた。

 戦争を始めた。戦闘を始めた。艦隊が攻撃されていた。

「CIWSで撃ち落せ!祝福銀弾だ!」

 そう怒号が響く。

 ガトリングガンが火を噴き、それまでの低い振動轟音に加えてビートを刻むような低音が呼応する。

 だが、落ちない。目標が小さすぎる。自動修正が効かない。当たったとて弾かれる。

「あいつらはどうした!ドラゴンハンターは!」

 艦橋の中央に立つ司令らしき男が叫ぶ。

「それがその、どこにも見当たらないんです!」

 近くの兵士がそう告げる。

「何をしにきたんだあいつらは!戦うために来たんだろう!」

「それがその……義理は果たした、とだけメモが残ってまして……」

 司令は机を思い切り叩いた。同時にガラスのコップを落とし割ったような音が鼓膜を破る程に大きな音で鳴り響く。はっと顔を上げると艦の魔力障壁が崩れ落ちていた。直後、黒い翼を広げた女性がガラス越しに見えた。

 赤いドレスを身にまとった……レベッカだ。妖艶な笑みを浮かべ、右手にレイピア、左手に拳銃を携えて腕を広げている。

「吸血鬼め……太陽の下で堂々と暴れるな」

 艦橋に居るものはそれぞれが腰のホルダーから拳銃を取り出した。自衛用の最後の手段。そう、敵はすでに目の前に居る。その唇がゆっくりと動いた。

「喰らい尽くせ、ナイトメア」

 吸血鬼は銃を腕を広げたまま撃った。明後日の方向に飛び出した銃弾はしかしすぐに方向を変え、艦橋のガラスへと当たる。だが、当然防弾ガラスだ。そうそう破られる事はないはずだった。しかし、兵士達は構えた。トリガーへと指をかけ、その瞬間を待った。

 ガラスは闇に飲み込まれた。

 銃弾を中心にまるで空間に穴が空いたように闇が生まれた。直径五メートルの球体状に空間が喰われた。一瞬だけガラスに埋め込まれた防御魔法が光りを生み反応したようだったが、全くの無意味だった。

 闇が晴れた瞬間、銃弾は発射された。互いにそれは放たれていた。

 兵士達は連続して何十発、対して吸血鬼はただ一発だけを笑い放っていた。

 銃弾は魔力障壁に弾かれる。貫く弾丸は一撃もない。

 だが、吸血鬼の弾丸は次々に貫いていった。

 兵士の頭を、腹綿を、足を、腕を、機器類を、迅速に無駄に無駄を重ねた軌道で、まるで楽しむように弾丸は艦橋を蹂躙した。

 その様子を見て吸血鬼は高笑いする。高笑いしていた。

 だが十秒も持たず、彼女は冷徹な顔へと戻る。

「あの人の恨み、これっぽっちじゃちっとも晴れやしない」

 そう言い残して、彼女は次の艦へと狙いをつけた。


  ◆


 結果だけ言えば南北アメリカ軍は壊滅した。

 戦艦二十隻。昔のアメリカならどうということはあってもまだまだ物量はあっただろう。

 だがしかし、疲弊した世界の中で生み出されたそれは南北アメリカ軍の最大にして全てだった。

 最早、彼等には出せる戦力はない。対人レベルならまだしも、対魔族レベルで戦えるものはない。

 対した魔族は一切の損耗は無かった。あの盾を展開することで魔力は大幅に消費しただろうが、人員は一切減らなかった。それどころか、テレビ局を占拠していた魔族軍本隊も合流した。魔族軍は完全と成った。

 そのニュースはしかし、日本にとって絶望するものではなかった。

 各港からとある船が出向していた。

 艦船の横、白で書かれた文字は大八洲型超大和級護國戦艦。続けてそれぞれ一番艦・淡道あはぢ、二番艦・伊予いよ、三番艦・隠伎おき、四番艦・筑紫つくし、五番艦・伊伎いき、六番艦・、七番艦・佐渡さど、八番艦・秋津あきつ、九番艦・わたり、十番艦・沖縄うちなーと書かれている。

 全長は五百メートルはあり、全幅も百メートルに近い。史上最大の戦艦とされる大和級を更に超える異常と言えるほどの超巨大戦艦。その上部には四門の巨大な砲台、二つの魔力障壁装置、ガトリングが片弦十二門、加えて爆雷投射機が兵装として積まれていた。ワールドガード級が最早子供のおもちゃであるかのようなサイズと規模である。

 しかし特筆するべきは速度である。

 これだけの超巨大戦艦でありながら、その速度は現時点で二十ノット、時速にして三十七メートル毎時。戦艦大和の最大船速が二十七ノットである。大和級のほぼ倍近いサイズの戦艦がそれほどの速度で動いていた。

 勿論、それは駆逐艦などには圧倒的に劣る速度だ。だが、脅威度でいえば違いが大きすぎる。

 加えていば、それは全速ではない。出港したての、今から調子を上げようというその速度である。

 太平洋沖にて艦列を組む頃には、四十ノットでその船体を戦場へと向けていた。普通の艦船でもまずそうそう出せない速度だ。

 その速度は次のようにして生まれていた。

 船の前方の海面が割れるように水が無くなり、船はそこへ落ちるようにして前へと進む。それは海面分断式航法と呼ばれる魔力によって為される新しい海の移動方法だった。

 一番艦の前方には五人の男女が立ち並んでいた。逆光を受けその表情はわからない。

 中央は鎧をまとった男……レオナルドだ。その隣には白衣のイスルギが居た。

 加えてパジャマ姿で黒髪の女性だ。手にはハードカバーの古そうな本を持っている。神父服に身を包む白髪で長身の男性だ。手には金色の十字架を握り、祈るように胸の手前に或る。道着を纏う金髪の女性。手は腰にぶら下げられた刀の柄にあった。

 五人はそれぞれが己が手の得物をしかと握り、その先――魔王城を見据えていた。

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魔族《わたしたち》の国を創るために Rion @rion16

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