立ちはだかる英雄
ワールドガード級超弩級戦艦は南北アメリカで魔力技術を導入して建造された対魔族軍用軍艦である。魔力障壁による堅牢さ、四門の魔力砲、そして何より次元連結航法……つまるところワープが可能であり、空母以来の海戦の理屈を覆した戦艦である。
計二十隻の艦隊が魔王城を取り囲んでいた。
砲塔からは僅かに光が漏れており、砲撃の準備が整っている事を示していた。
しかし、艦隊は静止していた。
代わりに、二人の男が動いていた。
一人は白衣を着た天然パーマでメガネの男性だ。猫背であり中華系の顔、ひょろっこい長く細い身体をしている。
一人はまるで中世のフルアーマーを着た大男だ。兜は脱いでおり、ヨーロッパ系の濃い顔立ちをした金髪である。背にはその男と大差ない程の大剣を背負っていた。手には白い旗を掲げている。
二人は空を歩いていた。
◆
玉座の間に到着した二人を見て春花は改めて確信した。
間違いなく強敵である。
――宙を歩く魔法は一般的に知られてはいるけど、こんな高さでも平気であるけるなんて、それこそ魔法に精通していなければ無理なのに。
それこそ準二級以上の魔法使いでなければ使えないほどの魔法である。
空に留まるというだけで相当量のエネルギーを消費する。それを翼やジェットなどの航空力学的作用を一切使わずに行うとなれば常に自分の体重を持ち上げ続けているという事になる。魔力量、魔力出力量共に高くなければ実現できない。それを超高高度で行って見せ、彼等は此処にやってきた。
「ヤアヤアごきげんよう。半数は初めてかナ。イスルギ・ウィリアムズ。南北アメリカ軍魔導研究部所属の魔法力学博士さ」
「レオナルド・スミスだ。南北アメリカ軍対魔族軍独立部隊ドラゴンハンター隊長、階級は大佐だ」
二人は膝をついて挨拶した。イスルギと名乗った中華系の方はおどけた口調で形ばかりといった印象を受けたが、レオナルドの方は対して紳士的であり真摯的であった。そして、
――人類共通言語魔法、
フロイトの提唱する集合的無意識を利用した、自身の言葉を心を持つ者全てが共通に理解できる音へと変換する魔法。耳では英語で喋る彼等だが頭では勝手に日本語として春花はその言葉を聞いていた。
「今更――何のようでしょうか」
ただひたすら驚く春花を余所に、我先にと口を開いたのはエリザだった。
「まさか、南北アメリカが要求を飲む、と言うために戦艦二十隻も
「今更、というのは正直こちらのセリフだけどネ」
「単刀直入に言えば降伏を求める。それだけだ」
ただ真っ直ぐにそう彼らは言う。
「本気ですか?」
冷たくあしらうような声に春花はゾクッとし、エリザを見た。エリザは普段の優しげな表情からかけ離れた、まるで無表情の仮面のような冷たい顔で彼等を見ていた。
「それも、こちらのセリフだな」
「また愛する人を失いたいようだネ」
その言葉を言い終えた時にはエリザが剣を抜いていた。春花にはその動きが見えなかったほどに早く、舞った羽が確かに彼女が動いた証だった。春花は息を呑み両者を見る。イスルギもまた拳銃を右手に握りトリガーに指をかけていた。形状こそ映画によく出てくるような自動拳銃だったが、しかしその材質は妙な木目状の白っぽい金属だった。
「やめろ。戦いに来たんじゃない」
レオナルドが銃を下げさせた。
「いやア悪いクセだネ」
「お引取りください」
エリザはただそれだけ言って剣を収めた。しかし、
「いや、俺が交渉しているのは悪いがあんたじゃない。新魔王であるアリス=キングだ」
そう言い、彼は再びアリスを見た。
「降伏したとして、人類は私達をどうするというのですか?」
「人型の者に関しては……厳重な監視の元ではあるが、アメリカで日常生活を送れるようにできるだろう。違う者に関しては命を保証する事ができない」
「であれば返す言葉はわかっているでしょう」
「本当に魔族の国を創れるとでも?」
「此方の世界の皆さんは私達を魔族、と呼称しますが、私達は人間です」
「……そうだな。思考し、対話が可能で独自の社会規範と倫理を兼ね備えた存在、という意味では確かに人間なのだろう。だが」
「力を持ちすぎている?それは権力をもった者、あるいは巨躯の者、天才的頭脳を持ったこちらの世界の人間も同様ではないですか?」
「それを個々人デ所有していルのが魔族じゃないカナ」
「世界の均衡、バランス、或いは序列。そういったものを根本的にひっくり返しかねない。魔族の中でも戦闘力を持つ者は一人で軍隊と渡り合う事が可能なほどの戦力、魔法は世界の法則すら書き換える。人類が制御できるレベルを遥かに上回っているんだよ」
「いずれこの世界の人間とて同じだけ魔法を扱えるようになります。現に、あなた達がそうではないのですか?」
「我々は人類だ」
「魔族とて本来は人類に分類される種族です」
「この世界では異物だ」
「だから排除する、と?」
「それが摂理だ」
「ならば、降伏したところでそれは変わらないのではないでしょうか」
「無駄な血を流さずに済む。それだけの違いでありそれこそが求める結果だ。最後の一人になるまで根絶やしにされるか、多少の犠牲を伴ってでも平穏な最後を迎えるか。好きな方を選べ」
そう言い切った。自信、確信、或いは確固たる信奉からくるのだろうか。春花は邪推する。彼等はどうしてそこまで言い切れるのだろうと。数では圧倒的に有利だが、魔族は個々人が軍隊に匹敵する強さを持つ。ましてや、先の大戦では弱点であった銀ももはや通用はしない。
――なのに、どうして?
「ならば敢えて言いましょう。私達は勝ちます。ですから、その降伏は必要がない」
「先代は負けたのだぞ」
「銀を弱点とし、魔装具も未発達でした。それを克服したのであれば、この世界の兵器も魔法も怖くはありません」
「今この場で試シてみてもイイんだヨ?」
「よせイスルギ。さっきも言っただろう。話し合いに来たんだと」
「デーモー、こちらの力を侮ってるみたいだからネ。だとすれば、サもありなんサ」
「確かに、貴方達が魔法に長けている事は認めましょう。少なくとも、私達の下位の者に匹敵する程度には」
刺々しくアリスは言い放つ。
「ですから、要求を飲むのはそちら側だと思いますよ?私達は戦争することを吝かではありませんから」
「そういうのを脅しと言うんだ」
「そちらの戦艦も、発言も脅しではないのですか?」
「対等に話し合う為の予防的措置だ」
「詭弁ですね」
「そっくりそのまま赤緑の包装紙にでも包んで返す」
言葉が途切れた。
春花が息を呑む。視線が移ってきた。
「君は、どう考えている?多分、人間だろう君は」
レオナルドの問は春花に向かってのものだった。
◆
その問の意味を春花は考える。
何と答えるのが正解なのだろうかと。どう着地させるのが正しい判断なのかを。
人間として、この戦争をどう考えるのか。
それが求められる回答なのだとしたら。
「私は、アリスちゃんを、魔族と呼ばれる人達が正義だと考えています」
「本当にそうか?彼等は我儘を通したいだけじゃないのか」
「自分達の居場所を作ることが我儘だというのなら、人類は傲慢です。自然を切り崩し、大地を闊歩し世界を支配しました」
「それは業績だ。我々人類の偉業だ。それを横から奪おうだとは」
「当然の権利です。魔族はただただ呼び寄せられただけです。なら、居場所を与える事はこの世界の人間の義務ではないでしょうか。
「君の国の言葉には庇を貸して母屋を取られる、というものがある。魔族はそれを容易に行えるだろう。なれば」
「そんなもの、杞憂じゃないですか」
「空が落ちてくることを憂いた人の話か。だがな、杞憂でないという確証も保証も証拠も根拠も論拠も何もない。何もないんだぞ。同じ人類であれば人類同士でなんとでもなる。だが、魔族と人間じゃそうはならない」
「だけど貴方達は戦争で勝てると信じている。それを持って魔族は人類と対等、或いは人類が勝る、ということではないでしょうか」
「確カニネ、レオの話はそこで矛盾する。ケド」
「それは今の魔族ならば、という話だ。定着すれば、安定すれば、繁栄すれば、我々人類は魔族を抑える術はない」
「それまでに人類は魔族と同等の魔法使いになればいいじゃないですか。貴方達や私のように。人類は、それができないのですか?」
未来の話。それを言い放ってしまえば彼等にとってもそれに確かな反論を論拠を持って行う事はできない。それを解って春花は言う。
「できないと認めれば人類の種的な敗北を意味し、認めないというのであれば貴方達の正義は崩れる。さあ、何と答えますか」
「……我々は正義だ」
「そうですか」
「今からワールドガード級が一度だけ砲撃を行う。その後二十四時間だけ猶予を与える。よく考えてくれ」
彼が手を掲げた。同時に警告音が城内に響いた。
『敵艦隊魔力量増大、主砲に装填を確認』
パチン、と指を鳴らした。
◆
艦隊の砲撃は一斉に行われた。計八十門の光線が魔王城へと放たれた。
通常の砲弾であれば射出して終了だが、魔力砲はウォーターカッターに近いものだ。”貫く”という性質を付与された魔力を投射し、対象を打ち砕く。
故に、線が砲塔から伸びる。紫色に魔力放射光を湛えて撃ち放たれたそれは音速より早く魔王城の魔力障壁と衝突した。弾丸であれば弾かれてそれで終わりだが、魔力砲は連続し、断続的にその効能を発揮せんと撃ち流れ続ける。轟音と共に魔力障壁は光へと転換されていく。せめぎ合い、押し返しあい、しかしてついに三十秒後には魔力障壁が貫かれた。
船上から歓声が上がる。
貫いた放射光はわずか数本だが、しかしそれでも十分だった。その威力を証明さしめてみせるには。
◆
「これが、今の人類の力だ」
「じゃあネ」
「恥を知りなさい。無法者共。白旗を掲げておきながら攻撃した事、自らの顔に泥を塗ったと後世に伝えられるでしょう」
エリザはそう言って剣を構え直した。
「魔族相手だ。そんな事、試験の問題にすらならないだろう。それでは失礼する」
「ただで帰れるとでも?」
レベッカもまた武器を構えていた。どこから取り出したのか、右手にはレイピア、左手には拳銃が握られている。
「いい。そのまま帰して。時間をくれるというのであれば存分に使わせてもらいましょう」
しかしアリスがそれを止めた。
「良いのですか。虚仮にされたままで」
「エリザが言ったとおり、自分で自分の顔に泥を塗ったのです。なら、それで良しとしましょう」
「……貴女がそうおっしゃるのであれば」
二人が構えを解いた。
「……考え直してくれることを、期待している」
そう言い残して、彼等は去っていった。
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