第16話 ティナの堕ちた娘たちよ

 ヴァイスはヴァンの言葉を待たなかった。

「リーラ!」

「わかったよ」

 ヴァンの肉体が急速に縮んだ。リーラの『天臨』に押し込まれて潰されんとしているのだ。

「ヴァン―」

 ロデたちが消えた。同時にヴァンは、倒れたままに不可視の壁を打ち破っていた。

 感心するリーラをしり目に、ヴァイスは右肩の突起を外すと放り投げる。それはそのまま鳥の様に宙を舞い、一斉にヴァンに襲い掛かった。

「『流星刺(ファゾフ)』‼」

 四方八方からの剣撃に加え、『貫直』で行動を封じた。ヴァイスは微塵も油断も加減もしなかった、出来得る限りの最大の攻撃を仕掛け、リーラからの助力も惜しまない。

「!」

 が、ついにヴァンを貫くことは叶わなかった。

 『隔てしもの』が『要塞』から落ちて、ヴァンを護ったのだった。『流星刺』が絡めとられて、元へ戻すこともできなくなる。

「なんですかこれ⁉」

 ロデの叫びからヴァイスは完全に『要塞』をヴァンが支配していると確信した。

「リーラ!」

「わかってるよ姉さま―」

 『隔てしもの』から何かが飛び出して、リーラに襲い掛かった。

 反応する間もなく斧を突き立てられたリーラは鎧を消失してしまう。

「あれえ⁉」

 さしもの彼女も驚愕する。

 ヴァイスは踵を返して逃げ出した。間違いなく一撃で『天臨』を無効化できる力を持っている、最悪の事態を避けなければならない。

「ヴァンさんいけ!」

 アトンの叫びに振り返ったヴァイスは悪夢を見た。

 粗雑な銀色の鎧を纏い、斧を構えたヴァイスが自身の必死の逃走に食らいついていたのだ。赤く染まった前髪と片目が兜の隙間から覗いている。

「―‼」

 放った『貫直』を斧で容易に弾かれて、ヴァイスは初めて恐怖を覚えて足が竦んで転んでしまった。

 そのまま斧が振り下ろされたが痛みはなく、振り上げられた瞬間には鎧が消え去ってしまっていた。

「ああああああああ!」

 悲痛にヴァイスは叫んだ。ついに彼女も『天臨』を無くしてしまったのだ。

「3人……」

「なにするのよ!」

 ヴァイスはそのままヴァンに突っかかる、戦っても勝てぬが、このままでは『ティナ』に消されるのは明白であったから自棄になっているのだろう。

「やったのです?」

「生きているぞ」

 『要塞』からロデたちがあふれてきた。ヴェルサとアトンは無傷とは言わないまでも治療が施され、ヴェルサに至っては起立ができるほどの回復ぶりだった。

「やったなヴァンさん」

「あははー! 同じね!」

「自分も同じ癖に」

 他不幸を蜜とするヴェルサにリーラは冷ややかな目をやる、最も冷静でいられたのは彼女だったろう。

「どういうことだ」

「ヴァン!」

「あごがいやがる?」

「どうも」

 ヴァンは『鎧』を脱ぎ捨てて大きく吐息した。

「『ティナの娘』をこれから全部倒す、けど、元に戻った女の子は保護する」

「はあ?」

「なんのつもりよ!」

 ヴァイスの拳をヴァンは握り止めた。

「これから俺はそうやって生きる、決めたんだ。隊長たちにはそれを見ててほしい」

「何をいっている」

「俺の軍隊さ」

 ヴァンは上機嫌で歩き出した。

 アトンとシュピオが最初に、次いで3人組が、ややあって亡霊たちとかつての『娘』たちが仕方なく続いた。

「強いのにする。そしてヒンメルに侵略をやめさせるんだ」

「またそんなことを言って」

「いいぞ、俺は協力する」

 皆がヴァンについていくしかない、しかし、その意味は微かにだが変じつつある。

「小屋に戻って飯を食おう」

「ちょっと! それからどうしようっていうのよ!」

「反乱しようとしてたんだ、それが早くなっただけだよ」

 ヴァイスの剣幕をヴァンは軽くいなした。

「うまくいくかな?」

「いくさ」

「ところで、『天臨』の名前を考え付いたようですね?」

「ああ、その名も―」

 一つ目部隊『エーステ』の最後の一人ヴァン。

 彼は後年に異名を様々に得たが、その中でも最も浸透を果たしたものがあった。

 『ティナの堕ちた娘たちよ』と。

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ティナの堕ちた娘たちよ あいうえお @114514

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