第30話 エピローグ
突然視界が開けた。明るい場所が突然現れたかのように、忽然と……。
そこに私がいる感覚はあるけど、私自身の姿が見当たらない。
辺り一面に色取り取りで多種多様な花が咲いてて、時折吹く風の中には花弁が舞ってる……上を見れば雲ひとつ無い空が何処までも続いてて、とってもきれいな青。
こんな光景を見てしまったら、人間だった私はこう呟いてしまう。
「天国……なの?」
そんなぼんやりとした私の声は実際に発声された気配が無くて……更に周囲を見渡そうとすると、声が聞こえた――
「死者には花を添える……それは素敵な風習だと思いましたので、やってみました」
今まで聞いた事の無い女性の声だなぁ……気が付けば視界にはその声の主らしき姿があるけど……体が浮かんでて、その背丈を越えるくらい髪が長い女の人。
髪の色はグリーンゴールドだけど、所々に水色が混ざってて髪の内側部分だとその分量が一気に増える感じ……瞳は琥珀色とターコイズブルーのオッドアイで、着てる金色のドレスの陰影部分が青紫色だからアメトリンのような色合いになってる。
ここにある小さな花が私の想定通りの大きさなら、この背の高さは人間に換算すれば2メートル台になりそうだけど体型自体は普通だから大人っぽいお姉さんな雰囲気を漂わせてて……胸はエリーを下回るくらいだから控えめ。
そんな感じで見た目は完全に人間だね……さっきからオッドアイの目の左右が徐々に逆転して行く挙動が繰り返されてる事を除けばの話だけど……両目が同じ色になる時は翡翠色に見えなくも無いかな。
「あなたは……?」
「私はネフレア。ラエチエルとは……知り合い、です」
そのお姉さんは最後の方で何だか言い淀みながらも私の問いに答えたけど、つまり女神さまって事かな……そう考えてたらネフレアさんの言葉が更に続いた。
「急ごしらえとはいえ1つの空間に閉じ込めた事で意識が安定していますね……その内、外側に出て行きそうですが」
どうやら大事な事を伝えに来たみたいだけど……そういえばさっきから意識が結構ぼんやりする……今にも眠ってしまいそう――
「私、どうなったの?」
とりあえず、こう聞いておけばいいかな……やがてネフレアさんが言った。
「女神ラエチエルと適した存在となったあなたは接合先であるラエチエルを失い、型を保てなくなりました。そうですね……簡単に言えば、あなたという存在はもうすぐバラバラになって、それぞれが散らばって行きます」
「それってよくない事なの? あ、私にとってでは無くね」
「そのまま消滅する規模まで分散が続くか、纏まって何処かに流れ着くくらいですので基本的に困った事にはなりません……それが悪しき意志を帯びて、辿り着いた先で害を成す存在となったのが、あなたが滅ぼし尽くした存在ですが」
せっかくだから、これを聞いておこう……ダメそうだけど。
「私は人間に戻れる?」
「無理ですね。もうあなたはヒトという器に収まる存在ではない……そして私やラエチエルのように、ヒトの姿を得て活動するには存在が僅かしか残っていない」
「じゃあ……死ぬのかな?」
「もうあなたは生命という概念には当てはまりません。ただ在り続けるだけの存在です……今はまだ自我のようなものが残ってはいますが……」
ネフレアさんは何か言い辛い事があるような様子かな……やがてこう言って来た。
「セリアさん。質問があります」
「どうぞ」
「あなたはバラバラになり掛けですが、私の力を施せば多少はそれらを定着させる事が出来ます。その結果あなたは私たちのような神と言うよりも、世界を育む存在となり得るでしょう」
「……どういう事?」
「流れ着いたその先で、あなたの中に世界が生まれて行きます……言うなればあなたを世界を構築する為の素にするのです」
「人間卒業し過ぎてヤバイ事になるなぁ……ところで質問って?」
「想っている方がいますよね? このままあなたという存在が散らばり続ければ今までの記憶は薄れて行き無いも同然となった末、あなたそのものが消滅します。そんな行く末を伝えた上で私からあなたに選択肢を示したいのです」
そして少しの間を置いて、覚悟を決めたような口調でネフレアさんは続けた。
「このまま私に存在を消し去られる事を是とするか、想っている方に関する記憶をあなたから取り除く代わりに残った意志を定着させて安定した存在となるか……です」
質問と言うより提案だなー……まぁ、ここまで聞いたら私の答えは一択だね……私は思考を挟まなかったような早さでこう返した。
「じゃあエリーに関する全ての記憶を私に定着させて下さい。それをする為であれば何を失っても構いません」
私の言葉を受けるとネフレアさんは目を丸くして……驚いた顔のまま語気を強め、こう言って来た。
「あなたは……あなたは! ずっと片思いのまま在り続けようと言うのですか! あなたの想い人であるエリーさんとは、もう人間として会う事が出来ないのですよ! 絶対に実らない恋を抱え続ける……その事実が決して忘れられない状態になるというのにあなたは……それで、それで……よいのですか!」
「うん」
「忘れたくなってからでは遅いのですよ……? 意識がまともにある分、より鮮明に後悔し続ける……そんな時間を過ごすだけになるのが……解らないのですか!」
「解らないのはそういう展開になるって考えかな? 私はエリーと出会えた事を後悔していない――この先ずっとありがとうって言い続けられる……だからエリーの事を忘れると言うのは有り得ない。消去するんだったら、その選択肢だよ」
私がそう言ったら見るからに感情を露わにしてたネフレアさんが次第に落ち着きを見せ始め……やがて聞き逃してしまいそうなくらい小さな声で、こう呟いた。
「私とは違うのですね。あなたは……」
そして今度はすっかり落ち着いた口調でこう言うようになった。
「わかりました。ではエリーさんの記憶を定着させる事を絶対としつつ、他の記憶も残るように努めます。それでも全ては無理だと思いますが……」
「十分過ぎるなぁ……ありがとう。ネフレアさん」
それからは何も視えなくなって……次に意識が戻った時、ネフレアさんの声が聞こえた気がした。
「上手く行きました。エリーさんの記憶だけでなく他の記憶までも、ここまで残す事が出来ようとは……時間を掛けた甲斐がありました。では、よい旅路を」
もうその言葉が遠い昔のような気がする……今、私は何処にいるんだろう……何だか暖かい……エリーの事がいつでも鮮やかに思い出せるのが嬉しくて、人間だった頃の記憶は所々怪しいけど、これくらいなら支障無し……。
ここは私によって生じた世界なのかな? それとも何処かの世界に流れ着いた?
女の子と女の子の声が聞こえてる……楽しそうに笑い合ってて、片方の子は何だか時々照れてると言うか遠慮した感じになって、それを不思議に思ったもう片方の子がどうしたのって聞いて来て……聞かれた女の子はやけに慌てて、何でもないって叫ぶように言っちゃう……そんな光景が朧げに広がって、そこにある気がする。
そう、私は……こういう景色に憧れて、私もこんな風に恋をする側になれる日を夢見てた。だから――
その願いを叶えてくれて、ありがとう。エリー……。
二件目の異世界をロボで戦う、そんなセリアの物語 竜世界 @LYU_world
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