50 on Christmas

常陸乃ひかる

『ゐ』と『ゑ』が無い話(言えない話)

 ある夕方。俺は、自ら経営する喫茶店で、女と向かい合っていた。

 イルミネーションに照らされる街を窓越しに眺めての作戦会議である。

「うまい話がある。それって本当なのか?」

「ええ、わたしの情報は間違いないわ。今からそれを説明してあげる」

 お隣の家に住む昔馴染みの女。こいつが議題の発信源である。


 かわいい声をもって、昔馴染みの女は口を開いた。

 きのうから考えていたらしく、『金』が入る上手い話とのことだ。

 クリスマス前夜の前夜。皆はバタバタしているが――

 ケースバイケース。要は、人生こそ立ち回りということだ。金儲けもしかり。

 コーヒーを女の前に置いた俺は「奢るよ」と、喫茶店店主らしい言動を取った。


「さすが、マスターはもてなし方がわかってるじゃない」

「しょうがないさ。ご機嫌取りも仕事の一環なんだから」

「すみませんね、わたしが厄介者みたいで?」

 せっかく金が手に入るチャンスだというのに、女はそっぽ向いてしまった。

 そういう意味ではなかったのだが、ヘソを曲げられては困る。

 

 ただ、そんな横顔もかわいかった。

 ちょっと頬を膨らますくらいが、女としての色気が出るというものだ。

 ツンデレ、というのだろうか。俺はよくわからない分野だが。

 テレビに目を向け始める女は、こちらに興を欠いてしまっている。

 とにかく今は、こいつの話を聞かなくては始まらない。

 

「なあ、そろそろ教えてくれないか。その上手い話ってやつ。まさか盗みか」

 ニヒルに笑みを浮かべ、俺はわざわざ雰囲気を作ってから切り出した。

「ぬすっ人でもやろうってワケじゃないわよ。犯罪じゃなくて合法」

 ネオンがつき、お向かいのバーの開店準備が始まった。もうそんな時間である。

「のん気なこった。もうイヴ前だってのに、今からコツコツやるのか?」


「はあ? そんなゆっくりコトを進めないわよ。やるのはイベントよ!」

 ひょうひょうと吹き過ぎる北風。時折、店の薄い窓ガラスを揺らした。

「ふふっ。で、狙うのは金を使わないで貯めこんでる独身男性!」

「へ、変なこと考えてんじゃないだろうな……」

 ほら、見たことか。この女はきっと黒寄りのグレーなことを考えているのだ。

 

「まあ聞きなさい。今は年末よ。つまりお金の廻りは?」

「みんな財布のヒモが緩くて、金を落としやすくなってる」

 むふふと笑う女は、持参した紙袋の中から赤い衣装を取り出した。

「メリークリスマス!」

「もうね……嫌な予感しかしない。やっぱりお帰りください」


「やっぱりってなによ。てゆーか、コーヒーくらい飲ませて……」

 ゆっくりしているのは、一体どちらなのだろう? 今から企画なんて遅すぎる。

 よほど自信があるとしても、俺はケーキなんて作る気もないし。


「ライブでもすんのか?」

「リスナーが居ないわよ。やりたいけど、歌なんかやったら近所迷惑でしょ」

「ルールは守らないとな。ここ商店街だし……」

 レスポンスの早い女だが、なかなか本題に入らない。俺も痺れを切らしていた。

 ロマンを語るばかりでは飯は食えないのだ。一言、「いい加減教えろ」と迫った。


「わたしが際どいサンタコスで攻めて、集客すんのよ! ほら、金の匂いがする!」

 ヲタクを集めるイベントの開催。これが女の上手い話だったようだ。しかし――

「ん? それって……上手い話っていうか、代わりに場所を貸せってことかよ」


 あゝ。金に執着していた俺は『上手い話 = 楽な集金』と思いこんでいたようだ。

 イベント当日は嫌ってほど繁盛したが。うん――釈然としなかった。

 うん、働かざる者食うべからずなのはわかるけれど、釈然としなかった。が――


 おそらく今夜はだ。文句なんて言えないさ。


                                   了  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

50 on Christmas 常陸乃ひかる @consan123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ