俺だって

天音 花香

第1話

 俺はビルの非常階段を上っていた。


 俺なんて死んだ方がいいかも。

  

 一度至ったその思考はなかなか消えてくれなかった。


 高いところから飛び降りたら一瞬だろう。そう考えてひたすら階段を上っていた。

 五階あたりで息が切れて、急に上るスピードが落ちた。

 今まで部活も何もやってこなかったから当然と言えば当然かもしれない。体力がないのだ。おまけに少しぽっちゃり。

 体型からして負け組。でもそれは自分で何もしてこなかったからだ。ジャンクフードばかり食べて、運動は全くしなかった。

 思えば俺は昔からきついことが嫌いだった。一生懸命にやるだけ無駄だと、何かに夢中になっている奴らを見下すことで自分を正当化していた。

 この性格と外見のせいで、中学の時はいじめにあって不登校になった。でも父も母も無理に俺を学校に行かせようとはしなかった。

 俺は部屋にひきこもってゲーム三昧の日々を送っていたが、全く不登校になる勇気もなく、最低限の出席日数はクリアして地元でもぼんくら学校で有名な高校に進学した。金ばかりかかる私立の高校だった。両親は共働きで俺の授業費を払ってくれたけれど、そんなの当たり前と思っていた。親は子供を扶養する義務がある。


 はあはあ。

 

 この階段いつまで続くんだろう。ビルの選択間違ったかも。

 高校ではいじめられることはなかったけれど、中学の勉強をほとんどしないで行ったため、授業についていけなかった。それでも赤点をとっても補修を受けてのらりくらりと三年まで留年はしなかった。進学する奴なんて俺の高校はほとんどいないのに、就職をする自信がなかった俺は大学進学の道を選んだ。でも、どこの大学に行って何をやりたいという目標はなく、ただ受かりそうな大学を探して受けた。だが、人生舐めて生きてきた俺に天罰はしっかりと下って、大学試験に落ちた。俺は浪人する道を選んだ。

  

 ああ。心臓がめちゃくちゃドクドクいってる。足も重くなってきた。俺、何のために階段上ってたんだっけ。

 予備校も大金がかかる。両親は「昌ちゃんのしたいようにすればいいから」と今回も黙って金を出している。当然だ親は、以下略。

 予備校の金を払ってもらってるのに俺は毎日予備校仲間とゲーセンやカラオケに行って勉強をほとんどしていない。俺、このままじゃどこにも受かんないだろうな。

 何をやっても中途半端。やる前から諦めていることも多々。俺の人生、これからもこんなんなのかな。ニートになって親のすねかじれるだけかじって、親が死んだら俺どうすんのかな。


 屋上まだかよ? 俺、もっと低いビルでもよかったんじゃないのか? 

 スマホを見ると16時を回ろうとしていた。

 帰るときどうすんだよって、俺死ぬから関係ないんだっけ。


 はあはあはあ。


 きつい。俺、きついことしないんじゃなかったっけ。なんでこんなことしてるんだ。

 きつい。本当はきつかったんだ。小学生まで平均的な人生を送ってきたのに、中学でいじめにあったとき、めちゃくちゃ悲しくて、つらくて、きつくて、心が死んでしまうような感覚だった。別に好んで不登校になったんじゃない。ゲームやってたのだってゲームの世界では俺の居場所があったから。毎日不登校の俺にもご飯作ってくれる母親に申し訳ないと本当は思っていたよ。自分がどんどん嫌な奴になっていく気がして、怖くて。それでも修正できない自分が悔しくて。高校行ったのだって、少しでもいい職について両親に恩返ししなきゃって思ったからだった。だけど、高い授業料払わせて、俺はいつだって矛盾している。


 はあはあはあはあ。


 きつい。汗と一緒になんか涙まで出てきた。俺、情けないな。

 大学に入る夢なんて見なければよかったのかも。どうせ俺が入れる大学なんてたかがしれてる。大学出たってまともなとこに就職できるかわからないのに。

 しかも大学結局落ちたじゃんか。俺どこを間違ったのかな。いじめられても中学ちゃんと毎日行って勉強すればよかったのかな。そうすれば少しはいい高校入れたかな。そんで大学も落ちなかったかも。

 もう、でも過去を振り返ったって何も変えることなんてできやしないし。俺には結局最悪な人生が待っているだけだ。


 はあはあはあはあはあ。


 いつまで俺上り続けるんだろう。人生で一番馬鹿なことをしているし、しようとしている気がする。でも、なんだろう。きついのになんだか気分はよくなってきた。ランナーズハイと同じ感じかな。いや、でもやっぱりきついことには変わりないけど。


 はあはあはあはあはあはあ。


 上り始めてどのくらいたったかな。予備校仲間の誘い断っちゃったから、明日からボッチかな。まあ死ぬんだから関係ないか。


 あ、屋上の扉見えた。やっと。やっと着いた。

 バタムとドアを開けると、風が汗をかいた俺の全身をなでていった。視界が。なんだ?


 あ。

 赤。


 俺はしばらく声が出せなかった。思考も停止していた。


 空には赤い赤い大きな太陽がいて、今にも沈もうとしていた。空が紅くにじんでる。なんて綺麗なんだ。


 あれ。涙が。


 なんでこんなに美しいんだろう。いいな。俺、今のままじゃ死に際、誰にも感動与えない。


 ……。


 俺、本当にここで死ぬのか? それでいいのか?

 俺、したいことちゃんとしてきたのか? これからもっと一生懸命やれることってあるんじゃないのか?


 俺、こんな太陽のような生き方、したい。

 自分が納得できるまでやりつくして死にたい。





 俺は太陽が沈みきるまでただただ空を見ていた。


 そして上ってきた階段を降りることにした。



           了

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俺だって 天音 花香 @hanaka-amane

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