第7話農家の方ですか?
声のする後ろを振り返ると、いかにも農家って感じの衣服を身に纏った白髪の老人が立っていた。手には草刈りで使うのであろう鎌を持ち布袋を肩からさげている。
「あぁっと・・す・すみません! 喉が乾いて仕方ないのですが、お水持っていませんか?」
淡い期待を抱いて老人に訪ねてみる。あの袋の中に水があることを期待して!
「喉が乾いとるからってあんな大騒ぎするもんなのか? 今時の若いもんはよくわからんのぅ。手元にある水袋は飲み干してすっからかんじゃから、この先にある共同井戸まで一緒に行くか?」
飲みきってるのか。。。だが近くに井戸があるのだな! これで干からびずに済む!
「ありがとうございます! この地には初めて来たので勝手が分からずどうしようか迷っていました。」
「ほほう。旅の方なのかな? それにしては随分と旅支度がすっきりしとるのう。カバン一つだけとはな。」
「えっと……色々ありまして……」
「まぁ深くは聞くまい。このご時世じゃからのう。早速喉を潤しに行けばよかろう。」
そう話すと老人は手招きして共同井戸に俺を連れて行ってくれた。しばらく歩いて井戸に着くと老人は井戸のつるべを慣れた手つきで操り水を汲み上げてくれた。
「この辺りの井戸の水は土に恵まれとるからうまいぞ。飲んでみなされ。」
俺は水が満たされた桶に手を入れその水を口に含む。
うまい! ペットボトルのミネラルウォーターとは桁違いのうまさだ! おまけに飲むほどに体に染み入るような感じさえする。死んだ細胞が生き返ると言ってもいいほどだ。
幾度も手ですくい取って水を飲み、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「どうじゃ? 少しは元気になったかのぅ?」
老人は馬車馬のように水を飲む俺を暖かい眼差しで見ながら話しかけてくる。というか、目線が俺の左腕に着けているレゴブロックのくれたブレスレットから離れない。
確かにこのブレスレットは神さんからのプレゼントらしくなかなかの物だ。唐草のような紋様が細かく彫刻されていて、エメラルドブルーの石が2つ埋め込まれている。
老人の表情はにこやかではあるが、腕の動く度に彼の眼球だけ動いている。もしや狙ってるのか? いやいや! そんなわけないだろう。
「はい! こんなおいしいお水初めてです!」
喉を潤し落ち着いた俺はようやく通常の思考に戻ったようだ。
人間追い込まれると水が飲めないだけで死を連想してしまったり、小さな事に対しても懐疑的な目で見てしまうのだな。
老人がブレスレットをロックオンしてるのは考えないようにしよう。
「ははは! そいつはよかったわい。して、これからどこに向かうのじゃ? キリサバルまでは10日はかかるぞ?」
「えっとですね……キリサバルという所ですが、どんな所か俺にはわからないんです。とにかく人が住んでる所に行ければと思いながら歩いていたので。」
「おまえさん本当にこの地には初めて来たみたいじゃのぅ。キリサバルはこの国の王都なんじゃがな。まぁよい。もし行くあてが決まってないならわしの町に来るか? 王都に比べたら小さな町だがなかなか賑やかな所じゃぞ。」
うぉぉぉぉ! これはなにやらテンプレ通りな感じで話が進んでるぞ! これで野宿は避けられそうだ。あとはこれだ! これがないとマジで死んでしまう!
「いいのですか!? ぜひお願いします! あと……俺、お金ないのですが、町に行ったら日払いで稼げる仕事とかってありますか? ものすっごい少額な仕事でも構いません!」
「ふ~む。仕事ならば選り好みしなければいくらでもあるじゃろう。町中で仕事を探すもよし。ギルドに登録してクエストから報酬を得るのもよし。すべてはおまえさん次第じゃ。」
「やった……ありがとうございます!これで……これでなんとか生きていけそうです。」
そう言うと俺の頬を涙が静かにつたう。ああ、人の優しさが染みるなあ。仕事では感謝はされるも、優しくされるって事はなかったからなあ。
「ふぉふぉ大袈裟じゃのぅ。いい大人が泣くのではないぞ。せっかくの男前が台無しじゃ。ほれ、町まで行くぞい。早くせんと日が暮れてしまうからのぃ。」
そう言いながら老人は俺に背を向けて歩き出しながら話を続ける。
「そうじゃ。自己紹介がすんでなかったのぅ。わしの名はエルシュじゃ。おまえさんの名前を聞いてなかったのぅ。」
「俺の名前は紀……いや、キノと言います。」
「ん?そうかキノと言うのか……よい名じゃな。本当によい名じゃ……。」
そう呟くとエルシュさんはさっきよりも少し足早に歩を進め始めた。
それからどのくらい歩いただろうか。そろそろ足の疲れも限界に近づいてきている。エルシュさんの後を追い草原の中の一本道を歩いていると、やがてこの世界での初めての町が見えてきた。
今まで歩いてきた見晴らしのよい景色のなかに構えられている要塞? 城壁? これって町なの?
「なかなか立派な砦じゃろぅ? このくらいの設備がないと西のルーシキみたいに魔獣どもに半壊滅にされてしまうからのぅ。」
知りたいような知りたくないような恐れていた事実を知ってしまったじゃないか……
今このじ~ちゃん魔獣って言ったよな?
やっぱりいるんかいぃぃ……
俺、チート的能力は何もないぞ!
あれだよ! タブレットをポチっとしてお金をちゃりちゃり~んと入れて買い物するだけの能力しかないんだぞ!
しかも現在所持金0で、ほんとに買った物が届くかどうかも分からないんだぞ!
「あははは……そうなんですね……結構この町には魔獣とか来ちゃったりするんですか?」
冷や汗をだらだら流しながらエルシュさんに訪ねると予想通りの答えが返ってきた。
「まぁ10日に一度くらいは町の外をうろついてるのを守衛が報告しとるかのぅ。」
はい! これで決定です!
俺は死ぬまで町中のしょ~もない仕事をして生きていくんだ。異世界きゃっほ―とかありえんよ。新しい人生? 新しい墓場への道標への間違いだろうが!
そうか……そういうことだったんだな……この世界に転移するのを決めるとき、神さんらがニヤついてたのはそういうことだったんだな……
やっぱり俺最強モードになっとかないと、異世界には足を踏み入れたらあかんかったんだな……
俺は涙目になり、まるで収容所に護送される囚人のごとく足を引きずりながら町の入口である大きな門に近づいていく。
そのときである。
俺の背後から生暖かい風が漂ってきたような気がした。
いやそんな気がしたのではない、生暖かい風が背中を押すかのごとく強く吹きつけてきたのだ。
「何だ? この風は? はわぁぁぁぁ!」
俺が振り返ると俺を見下ろす物凄く鼻息の荒い豚がいた。
二本足で立ちあがり、その手には鉄の塊のようなハンマーを振り上げている。そしてそのハンマーが俺を獲物としてとらえたようだ。
これって……魔獣? オークっていうやつ? あ。ハンマー来るね。うん。流れ的に俺はぐちゃっとなるのかな?
俺は怖さや死にたくない気持ちに心が支配されるよりも先に、はっきりとこの後の結末が見えた。地球とはやっぱり違うな異世界は。
――――シュン!
そんな俺の心を振り払うかのように空気を切る音が耳元で囁いた。
次の瞬間、先程のオークの鼻息よりももっと生暖かいものが、首から上を切断されたオークの血が俺の顔に飛び散る。
「えっ? ええっ? えぇぇぇ――――っ??」
何がなにやらわからない。
そんな俺に、いつの間にか隣にいるエルシュさんが鎌についた血を払いながら柔らかい笑顔でこう言った。
「ぼ~っとしとったらいかんぞ。まぁ、オークごときに殺されるようであってはこの町では生きてゆけぬだろうがな。まぁとりあえず歓迎しよう。ようこそここがわしの町『オルーツア』じゃ!」
俺はその瞬間意識が飛んだ。
異世界転移は日々サバイバル おるる @oruru
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