番外編
変態は今日も愛の言葉を囁く
「あーやーちゃーんっ!」
「……三十秒遅刻です」
「細かいっ!」
本日はなんと楓と二人きりのお出かけ、所謂デートというものをする。初(?)デート。
何故初のあとに(?)がつくかというと、実は何度かお出かけ自体はしているのだが、その度に楓の友人や自称元カノさんがやってきて時間いっぱいまで離れないせいだ。
今日も誰かいるのではないかと、ついつい周囲を見回してしまう。
「今日は、」
「だいっじょーぶ! 誰にも言わなかったから!」
「……そうですか」
正直、絢香はうんざりしていた。
楓の友人はそれでも好意的に絢香に話しかけてくれる。でも元カノ達は彼に見えないように睨みつけてくるし、なんなら「楓の彼女よりわたしの方が可愛いじゃん!? だから私とヨリ戻して!」となにが「だから」だよと言いたくなるようなことを平然と目の前で口にした人もいる。
ちなみにその人はその瞬間から楓に無視され続けるも、結局最後まで後をついてくるという楓以上に強いメンタルの持ち主だった。でもそれ以降接触がないところをみると、彼がなにかしらしたのだと思う。
そんなこんなで邪魔をされ続け、ついにもし次も誰かがついてきたら二度と出掛ける約束はしないと断言した。
楓に対して冷たい言動も多いが彼氏彼女の関係であることに間違いはなく、彼氏の女遍歴なんて少なくとも絢香は知りたくない。
「さ、行こっ!」
知り合いが誰も近くにいないことを二人で確認して、とくに楓はホッとした顔をする。二人で出掛けられないなんて、彼にとっては最も避けたい事態だ。
歩き始めるのを合図に自然に繋がれる手にもだいぶ慣れ、自分よりも大きな手を絢香も軽く握り返す。
楓の顔が気持ち悪いくらいに緩んだのは、見なかったことにした。
「どこへ?」
「んー、とりあえず歩こう?」
楓は軽そうな見た目や言動に反して、のんびりとした時間を過ごしたがる。遊園地とか好きそうだけど、実際はあまり好きではないらしい。
「絢ちゃんと学校以外で二人きりって久々な感じがすごい!」
「女癖が悪かった誰かさんのせいですけど」
「アハハー」
眉を寄せて楓を見上げるも、彼の視線は左右に泳いで絢香の視線とは合わない。
「ほらほらっ、あっちのショッピングモール行こ!?」
「……そうですね」
ぐいぐいと手を引かれるがまま歩く。絢香だって進んでしたい話ではないので、仕方なく誤魔化されてあげることにした。
ショッピングモールは、休日なのもあってそれなりに人が多い。今の時期はもう夏に向けて半袖の洋服があちこちに並び、特設会場では水着なんかも扱っていた。
通りがかったアクセサリーショップはセール中で、店内は女性客で賑わっている。
それを外から眺めながら、とくに足を止めることもなく通り過ぎた。
「絢ちゃんってあんまアクセつけないよね」
「まあ……たくさんは持っていないので」
今日の絢香はノーカラーの白いブラウスに淡いベージュのプリーツスカートを合わせている。つけているアクセサリーは髪を留めている小さなパールが並んだバレッタくらいだ。
「化粧とかも興味ない?」
「そう、ですね」
興味があるかないかで問われれば、ない。なかった、けれど。
同じ年の女の子達はよくそう言った話で盛り上がっているのを知っている。今まで邪魔しにきた元カノ達もみんな化粧をして髪を巻き、とても綺麗にしていた。
うっかり元カノ達の顔ぶれを思い出して顔が険しくなる。
気分を害してしまったと慌てたのはその話題を振った楓だ。
「俺は化粧しててもしてなくても、絢ちゃんが好きだからね!」
フォローのつもりだろうが、少し声が大きかった。周囲にいた人たちが二人を振り返る。
照れと恥ずかしさとで、絢香の頰がほんのり赤くなった。
「かっわいーなぁー絢ちゃんってばっ!」
「……抱きついてこないでくださいね」
「またまた照れちゃってー!」
「もしも抱きついてきたら私は帰ります」
えー、と口を尖らせながらも笑みを深める楓から目を逸らす。そんな心底惚れてます、なんて顔、向けないでほしい。
――心臓が、おかしくなりそう。
「あーやちゃん!」
「なんですか」
繋いだ手にほんの少し力を込めて、腰を屈めた楓がそっと耳元に口を寄せてきた。
「好きだよ、絢香」
囁かれた言葉に、先ほどの比でないくらい熱が上がったのを自覚した。
繋いでいない方の手で耳を抑える彼女を見て、楓は満足気に笑う。
腹が立つやら悔しいやら。絢香は今日一番怖い顔で彼を睨みつけた。
「帰ります……!」
「抱きついてないのに!?」
「帰るったら帰ります!」
「えええぇぇ絢ちゃんっ!?」
私だって川本君のことが好きです、とは言わなかった。調子に乗るから、絶対に言わない。
愛が重い彼は今日も私につきまとう 楠木千佳 @fatesxxxx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます