神か、悪魔か、猫フィギュア

小高まあな

神か、悪魔か、猫フィギュア

「先輩のその猫、いなくなっちゃうの、寂しいなー」

 隣の席の先輩が退職する。婚約者が転勤になるから、それに着いていくらしい。仕事が出来る先輩だから勿体ないけど、二年前に結婚直前で婚約破棄になっているし、慎重になってるのだろう。

「これ?」

  先輩は机の上に飾っていた、猫のフィギュアを手に取る。ガチャガチャでありそうな、眠っている猫のフィギュア。

「そうですぅ、可愛いから見るの好きだつたのにー」

 先輩は手に取ったそれを眺めてしばらく何か考えていたが、

「じゃあ、あげる」

 ことん、と私の机の上に置いた。

「えー、いいんですか!」

「納会のビンゴで当たっただけだし、この先私が持ってても仕方ないし」

「やったー、ありがとうございますー」

 こうして猫のフィギュアは、私の机に住処を移した。別に、いらんけど。


 先輩が辞めたせいで大変だ。これまで先輩がやっていた細々とした仕事まで私がやらなきゃいけない。たかだか三ヶ月の引き継ぎで、全部引き継げるなんて思わないで欲しい。マニュアルなんて見てもよくわかんないし。

「おい、今日締切のはどうした!」

 課長に声をかけられて、うげってなった。すっかり忘れてた。

「すみませーん、今メールしますー!」

 どうしようかな、ファイル壊れたことにしてマッハで作り直そうかな。今日間に合うかな。そう思いながらフォルダを開いて、

「あれ?」

 問題のファイルが完成していた。やだー、私ったら、いつの間に?

 さくっと送って危機を脱する。偉いな、昔の私。

 そんなことが、何回か続いた。私がやり忘れたつもりでいた、細かな仕事が気づいたら出来ている。

 私がやったことを忘れたわけではないだろう。だって、タイムスタンプが深夜になっている。 誰かがやってくれている。

 多分、この猫。机の上に置いた、フィギュア。バカバカしいけど、そうとしか思えない。だって朝来たら眠ってる姿が変わってる時あるし。

 小人が靴を作る絵本、あれみたいな感じなのだろう。きっとこれは頑張ってる私への、神様からの贈り物なのだろう。ラッキー!

 優秀な先輩はこんなずるをしてたなんてなー。悪い人。でも、みんなには言わないんで安心してください。私も利用させてもらいます。

 心配しないでくださいね。先輩の最初の婚約者、つまり私の旦那の時と同じように、仕事でも先輩の地位も、しっかり引き継ぎますね!

 

    ※※


 罪悪感がないと言ったら、嘘になる。引越し先に向かう車の中で、軽くため息をつく。

「どうかした?」

「後輩、大丈夫かなーって」

 運転する彼になんでもないように笑ってみせる。

「ああ、噂の……」

 散々、後輩の話を聞いてくれていた彼は苦笑し、

「まあ、三ヶ月も引き継ぎに使って、マニュアルも置いてきたんでしょ? 平気だよ」

「そうだよね」

 あの猫のフィギュア。あれは、仕事を代わりにやってくれる、悪魔のフィギュアだ。気づいた時にはぞっとした。これに頼っていたら、私はダメになってしまう。だから、それに仕事をさせる隙を与えないぐらいに頑張った。捨てるのも、怖かったし。

 でも多分、あの後輩はあれの力に甘えるだろう。堕落していくはずだ。それを狙った仕返しとはいえ、やはり多少は気が引ける。

 私の持ち物をなんでも真似する後輩。婚約者を寝取っても堂々と出勤出来るふてぶてしさ。まあ、そんな彼女なら、悪魔とも上手く付き合えるかもしれない。

 忘れよう。この気持ちは新居には持ち込まないようにしよう。

「まあ済んだことは気にしないようにしよう!」

「そうそう」

「新しい生活、楽しみだなー」

「新婚生活な!」

 明るい声を出して、彼と笑った。

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神か、悪魔か、猫フィギュア 小高まあな @kmaana

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