ランダマイザーのある日常

ちびまるフォイ

有料版ランダマイザーの深淵

「おはよーー」

「おはよ」


教室では機能と同じような毎日が続けられている。

こいつらは俺とは違う。

ダラダラと毎日を過ごしているbotのような人種だ。


俺は違う。

俺はその中でも毎日に変化を求め常に向上心を持っている。


しかし、いくら変化を求めたところで環境がそれを許さない。


「フッ……まったく、生きづらい世界だぜ」


「あいつ何いってんだ」

「関わらないほうがいいって」


「ほら座れーー。ホームルーム終わってるぞ」


先生は全員が静かになってから重い口を開く。


「えーー、このクラスの〇〇さんはしばらくお休みすることになった。

 ちょっと体に『暗黒心臓病』という

 重めの病気があるため治療に専念するとのことだ」


クラスメートの反応は冷めたもので、普段から休みがちだった女生徒を気遣う人は居なかった。

おそらくこれが昨日と異なる変化の最高潮だろう。


俺の予想通り、その日もいつもどおり平坦な日々が続いた。


「はぁ……毎日毎日同じようなことばかり。

 こんなんじゃインスピレーションも刺激されようがないよ」


俺は書きかけの小説を投げ出してスマホを眺めていた。

スマホの画面には見たことのないアプリが入っている。


『Randamaiser』


消そうと指を置くとアプリが開いてしまった。


「あ、やべっ。ウイルスじゃないよな?」


一瞬、開いたように見えたがすぐに閉じた。

何度押しても開いてすぐ閉じる。それだけだった。


「なんだったんだろ……」


変化は翌日に起きた。


「ちょっと、いつまで寝てるの。早く起きなさい」


「ん゛~~……もうすぐ起き……んん!?」


いつもはリアル脱出ゲーム「朝の布団からの脱出」で

多大なる攻略時間をかけていたが今日だけは即脱出できた。


まったく聞き覚えのない声がしたからだ。

慌てて階段を降りると、リビングには知らない母親。


そして、見に覚えのない家族がテーブルに座って朝食タイムの真っ最中だった。


「ご飯食べる前に顔洗ってきなさい」


「あ、ああ……」


母親らしき人に促されて洗面台に立つ。

鏡の前には見慣れた冴えない自分の顔が映る。

階段から落ちて誰かと体が入れ替わったわけではなさそうだ。


「まさか……あのアプリか……!?」


「お兄ちゃん邪魔」

「あ、ごめっ……お兄ちゃん!?」


一人っ子の俺に妹ができていた。

洗顔も朝食もすっ飛ばしてスマホの画面にくらいつく。

アプリの説明文を見て何が起きたかを理解した。


『このアプリは利用者を取り巻く環境をランダムに変化させます。

 もとに戻すときはアプリを5秒以上タッチして、リセット起動してください』


「ランダムに変化……!」


これこそ俺の求めていた変化のある毎日だった。

知らぬ間にデスゲームに参加させられるレベルの変化は求めていない。


「行ってきます!」


家も、通学路も、はては友達関係すらもランダムに変化していた。

それなのに不思議とどこに何があるのかわかる。


「おはよーー。昨日のバスケ見た?」


「見てないな」


「まじかよ。最後の3秒でスリーポイント決めたんだぜ。サイコーだったぁ」


自分と明らかにジャンルの違う話題。

友達になるためには河川敷で殴り合いの儀式が必要そうな友達。


なんて変化があって刺激的な毎日なんだろう。


「みんな座って。ホームルーム始めるわよ」


「担任の先生も変わってる……!」


「ちょっと、そこ私の席なんだけど」

「あ、ごめん」

「あんたあっちでしょ」


「おお、窓際!!」


クラスも席も担任もガラリとランダムに変化している。

おそらく元の生活だと一生涯関わらなそうな人とも友達ベースで話したり。


「脳筋バカ」とレッテルを貼っていたが、

話すことで人となりを知って偏見がなくなった。


「変化のある毎日って最高だ!!」


その日の夜にふたたびアプリを起動した。

翌朝はパンの焼けるにおいですぐに目がさめた。


「今度はパン屋さん!?」


ランダマイザーで俺を取り巻く環境は変化する。

今まで絵に書いたような一般家庭だったのが実家兼パン屋の境遇に早変わり。


「焼きたてのパンが食べられるなんて最高だなぁ」


「お前、昨日は日本人の朝はご飯だとか言ってなかったか?」


「パパ上、"男子、3日会わざれば刮目して見よ"という言葉を知らないの?」


「3日も経ってねぇよ。1日で主張変化したらそりゃ記憶喪失だ」

「行ってきます!」


ランダマイザーで今日も知らない道を通って学校へ行く。

見慣れない景色と、見慣れない人々。


取り巻く環境をランダムに変化させることで

俺は何人分もの人生をたったひとりで得られているんだろうな。


間違いなくこれは自分の人生経験を豊かにするだろう。



ランダマイザーはほぼ毎日使った。


毎日毎日さまざまシチュエーションから再出発した。

最初こそ新鮮で刺激的だったが、回数を重ねるほどに味は薄れていった。


「あ、このパターンか」


回数を重ねたことでランダムとはいえカブる環境が出るようになり、

毎日ランダムだからこそ対応できるように自分の行動もワンパターン化する。


ランダムであることすら慣れてしまっていた。


「はぁ……これじゃ前と一緒じゃないか……。

 これじゃインスピレーションは刺激されないから続きの書きようがないよ」


俺はふたたび書きかけの小説を投げ出した。


中身がランダムとはいえ、毎回同じ宝箱を開けるとなれば飽きてしまう。

最初こそ何が出るかワクワクしたものだが今じゃ作業。


もっと心がドキドキするような変化のある毎日はないものか。


体験したことがない環境を引き当てようとランダマイザーを押したとき、

実行される前にウィンドウが開いた。


『このアプリを楽しんでいただけていますか?

 今なら1200円で、有料版ランダマイザーOTHERS にできます!』


「有料版?」


『無料版では自分の周囲の環境のみをランダムに変化させていました!

 有料版ではさらに"深い"ところまで、ランダムに変化させます!』


深い部分までランダムに変化させる。

それがどういう意味なのかわからなかったが、新しい冒険をするように課金をした。


「起動!」


有料版にアップグレードしてアプリを起動した。

世界がランダムに再構築されていくのがわかる。


「……さて、どう変わったんだ?」


真っ先に気づいたのはスマホに表示されていた時間だった。

過去の日付になっている。


「すっげぇ! 有料版になると時間すらもランダムになるのか!」


これまで以上に取り巻く環境はランダムに変化していた。


変化の幅はせいぜいクラスメートの環境程度だったが、

有料版になるともっと広い幅で環境がランダムになっている。


今のランダム環境では俺はどういうわけか大金持ちの御曹司という環境を引き当てた。

こんなのクラスメートに一人も居ない。


「オハヨウゴザイマス。ホオンジツノゴヨウテイハ、シンタイケンサガアリマス」


「家に家事ロボットがいるなんて想像もできなかったなぁ」


有料版にして本当に良かった。

俺の深い部分までランダムに変化しているんだろう。


学校にいくと、休みがちだった女生徒が復帰していた。

これもランダムの恩恵か。


「オラオラオラーー! 全員席につけーー!! 身体検査の時間だオラァー!」


先生はこれまで見たこともないようなタイプになっている。

これほど刺激的な毎日になるなんて。


「やっぱり有料版でランダムにしてよかった!」


身体検査のため保健室に列が出来る。

先生は俺の心臓に聴診器を当てると顔を青ざめさせた。



「あ、あなた……暗黒心臓病を患ってますよ……!?

 その内臓でいったいどうして生きていられるんですか!?」

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