悪意
「魔族の王って……まさか魔王かい?」
クローサさんの爆弾発言により、俺たちに衝撃が走った。魔族の実態は詳しく判明しておらず不確かな情報ではあるが、南の山々を越えた先に小さな集落は点々と存在するものの大規模な組織は発見されていなかったはずだ。
しかし、城の禁書庫で見たとある伝承を思い出した。
それによると、魔族が窮地に追い込まれたとき、魔族の中から凄まじい力を持った『魔王』が誕生すると。
伝承なので詳細に書かれておらず、凄まじい力も具体的には記されていなかったので話半分の感覚で流していたが、魔王が誕生しているとなると話は別だ。
元々俺がこの世界に飛ばされた時、人間の間では魔王という存在は現れていなかった。それこそ何百年も前に渡り人に倒されたという記録が残っている程度でおとぎ話の一つでしかない。そういった認識。
魔王が誕生し、その子どもが生まれていると言うことは魔族の危機はとっくに始まっていたのだろうか?
だか俺の考えはクローサさんの言葉によって吹き飛ばされた。
「いえ、皆さんの考えている魔王とは違うと思いますよ」
「え?」
「皆さんのいう魔王は、知識を有する魔族の王だと思います。しかし、本当の魔王と魔族の王は全く違うものです」
力強く否定する彼女。今までに同じ出来事を経験したのだろうか?
「魔王とは強大な魔力を持つ者が悪意に触れ、世界を滅ぼそうとする存在のことです。確かに父は強大ですが、それだけだと魔王ではありません」
「強大な力ではなく、悪意に触れることが問題と言うことかい?」
「端的に言えばそうなります」
つまり……クローサさんのお父さんは魔王ではないってことでいいんだよな?良かった。
魔王といえば基本的に人間と敵対しているし、元の世界に帰るための手段として渡り人に狙われているかもしれない。
「ちょっと待ってください。クローサさんの仰っしゃりたいことは理解しました。ですが一つ確認させてください」
アリシアもクローサさんの伝えたいことは分かったようだ。だが確認したい事ってなんだろう?
「クローサさんのお話ですと魔族、魔物だけでなく、人……強大な魔力を持つ者なら誰でも魔王になる可能性がある、と言う風に聞こえたのですが…」
「はい、その認識で間違い無いです。実際、過去には人から魔王になった記録も残されていますよ」
「……」
ま、マジすか。
そんな話、禁書庫の本には一切書かれていなかった。魔王は魔族から誕生する。それはどのおとぎ話、伝承にも共通して言えることだった。
彼女を言う事を鵜呑みにするわけではないが、何故魔族のみから魔王が誕生するのか、それは疑問に思っていた。それが今回の話によると、魔力の強い者、魔族だけでなくアリシアや俺……渡り人も例外ではない可能性が浮上してしまった。
人からも魔王になれる……。だとするなら禁書庫に存在していた伝承が魔族の魔王についてしか書かれていなかったのは故意的なのか?王様にも確認してみる必要があるな。
「強力な魔力の持ち主は悪意を受けることで魔王になる事がある。それなら弱い魔力の持ち主は悪意を受けた場合どうなるのだい?」
「わかりません…。そもそも私達の中でも『悪意』という抽象的なものが詳しく分かっていないのです」
『悪意』にも色々あるからな。人類抹殺、破滅願望とか、恨み妬みとかな。
どちらかと言うと魔王的には前者の様な気もするけど。世界の破滅を望んでそうだし。
それにしてもクローサさんがここまで情報を提供してくれるなんて驚きだ。信憑性はともかく、人間の伝承に偏りがあることが分かっだけでも得られたものは大きい。
そもそもこの世界では魔王という存在が一般的な恐怖の対象となっていない為、情報が少ないこともある。敵といえば魔物か盗賊等の悪い人間と答える者が多い筈だ。
「盛り上がっているところ悪いのですが、そろそろ時間が迫ってきていますよ?」
アリシアに歓迎会の時間が近づいてきていると指摘され気が付いたが、先程まで周りで食事をしていた人たちがいなくなっていた。
「長く話し込んでしまったようだね。遅れてはいけないし、移動するべきかな?」
「そうだな……」
最後の方については彼女の話ではなくなってしまったが、元々は彼女の素性、延いては魔族について情報が欲しかったのだ。彼女が友好的且つ協力的な態度を示してくれたおかげで円滑に事が運べそうだ。
後のことは宮仕えの人たちに丸投げすればいいだろう。そんなことより、
「クローサさん、これからよろしくね」
俺たちは学生なんだから学園生活を楽しむことにしよう。
「はい!よろしくお願いします!」
城の人たちは彼女を招き入れることで魔族との溝を埋めることが出来るかもしれないと考えているだろう。だが俺たちは彼女のクラスメイトとして、友達として接していこうと決めた。まだ始まっていないに等しい学園生活もこの後にある歓迎会から仕切り直しだ!
朝食を終え、俺たちは急いで会場へ向かうと既にクラスメイトたちは集まっていた。特に整列している様子もなく、各々立ち話をしながら時間をつぶしている様子だった。
アリシアさんとクラーがいることで遅れた訳ではないが少し注目を浴びることとなった。
同じクラスなんだから慣れろよ、と思ったがよく見てみると知らない顔が多い。どうやらS2のクラスや上級生が混ざっているみたいだ。
確かに王女様と公爵家の長男が一緒にいたら目が行ってしまうのも無理ないのかもしれない。寧ろ俺やクローサさんが邪魔者扱いだ。
そんな視線は無視しつつ時計に目をやると、歓迎会の時間までまだ余裕があるようだった。その為、他に倣い、雑談をすることにした。
「そういえば、ダンジョンで他の皆が眠ってる中クローサさんだけ起きてたけど、何か魔術を防御とかしたの?」
「いえ、私・達・は元々補助系統の魔法が利きにくい体質ですので立ち眩み程度で済んだだけです」
そうなのか…魔族は補助系統が利きにくい、と……って違う!俺はそんな事を聞こうと思った訳じゃなく、単純に疑問に思ったから聞いただけだ!
「…クローサさん、メディ君はまだ君を疑っているとかではなく純粋な質問をしただけだと思うよ」
「そ、そうだったんですね。てっきり疑いの話が続いているのかと……」
「ふふ、メディくんはそんなにあなたを疑っていませんよ?」
アリシア!そんな風に思っていたなんて…!
「さりげない気遣いがとても分かりやすい人ですから」
アリシア…そんな風に思っていたなんて…
軽い冗談も交えながらまだ少し壁のある会話を続ける。そんなすぐに打ち解けられるとも思っていないので気長に待つとしよう。友達なんて何かがきっかけでしゃべるようになるだろうし。
共通の話題でもあればいいんだろうけど。
「僕からも聞いていいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
クラーも何か気になっていることがあるらしい。そういえばダンジョンから先生を呼びに行く時、クラーと彼女は行動を共にしていたな。
俺よりも知っていることは多そうだが。
「家族構成を聞いてもいいかな。それと好きな食べ物とかも教えてくれるとありがたいんだが…」
……え?それここで聞くこと?ただの立ち話にしては随分と踏み入った話題だ。それも、好きな相手と話していて会話に困った時に思わず聞いてしまったような……。
しかしクラーの表情は至って真面目だ。
「あぁ、すまない。答え辛いなら他に…どんな魔術が使えるのかな?」
返事を待たずに早口で訂正するクラー。有無を言わさないその姿勢に俺たちは唖然とした。
「私は魔術というより精霊術ですね。精霊の力を借りて魔法を使用しています」
そして答えるのかクローサさん。人は見かけによらないと言うがクラーの印象は初期の頃と全然違ってきている。
よくよく観察してみるとクローサさんを見る彼は、表情においてはいつも通りのほほんとしているが眼の奥に何か、鋭いものを宿しているように思えた。
まさかクラーこそクローサさんを疑っているのか?
親しげに話しているように思えたが、彼には彼なりの考えがあるのだろうか。
そうだ、クラーは聖剣を強く欲しがっていた。それと何か関係が…?
「皆さん、今日はよく集まってくれました。そしてようこそ、国立カルスニア学園Sクラスへ!」
どうやら歓迎会が始まったようで壇上の上に現れた人影に注目が集まった。
クラーのことはまぁ放っておいても大丈夫だろう。流石に突然襲い掛かるようなことはしない、筈だ。そんなことより今は歓迎会だ。壇上にいる人は上級生か。
んん?あの壇上端っこにいる人は……何処かで見覚えがあるぞ。
気まま渡り人の軌跡〜金髪美少女と異世界生活〜 メディポ @medexipo
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